137:女大公陛下
☆ ☆ ☆
1772年7月11日
うーん、海外の大手掲示板発祥のポーランドボールネタを分かる人間はあまりいないかもしれないと思っているルイ16世だ。
元はインターネットミームみたいなもんだし、海外の反応まとめサイトを見ている人なら反応するネタみたいなもんだ。
国旗がシンガポールやモナコ公国と似ているからよく間違われるかもしれないが、ポーランドはこれでも欧州でもれっきとした大国の一つだったんだよね。
ではなぜ今ポーランド関係の話をしているのか?
この時代にインターネット無いから、脳内でネット百科事典の項目を思い出すように確認をしている所だ。
『ポーランド こわれる』
いやいや、こんな検索結果じゃだめだ。
HOBFでも有名なイベントだったはずだ。
ポーランド国内で反乱発生率と諸外国との関係悪化率(ランダムで周辺国との全面戦争が勃発する)が激増する代わりに領土を失わないで済むか、領土を失っても諸外国の顔色を窺うかの二択を迫られるイベントでもある。
そのイベントがついに発生しようとしているんだ。
『第一次ポーランド分割』
これは歴史的にも重大でオーストリアの転換点ともなったイベントなので俺はアントワネットと地図を見ながら現在オーストリアが領土分割を求めている地域を報告書から確認している。
諜報機関である国土管理局やオーストリア側から渡された情報などを精査して、どんな形になっているか確かめている。
「えーっと……”オーストリア公国が主張する領土地域はオシフィエンチム(ポーランド南部の都市)にガリツィア地域(現ウクライナ南西部地域)など総人口約250万人以上、分割地域の中では最大の人口である”……ヨーゼフ2世陛下はよく説得したよね」
「最近はお兄様も母上とよく話し合いをするようになったそうですからね。その結果、最終的に領土の分割に賛同したのだと思います」
「そうか、オーストリアでも改革は始まっているからなぁ……その余波かもしれないね」
史実では、テレジア女大公陛下とヨーゼフ2世は啓蒙主義的な傾向があったものの、ヨーゼフ2世の急進的ともいえる改革姿勢で対立の末にポーランド分割を強行したとされているが、どうやら今現在フランスで行われているブルボンの改革を参考に【オーストリア改革】という名称が与えられた改革を実行に移しているらしい。
その改革にあたってオーストリアでは啓蒙主義を含めた改革思想を実行しているが、テレジア女大公陛下とヨーゼフ2世は互いに意見を修正したりして合意的で実効性のあるものに変えているようだ。
巡り巡って世界というのは面白い。
このままだと史実通りにポーランドは分裂の道を歩んでしまうだろう。
ただ、改革の上でポーランドを必要としているのであればテレジア女大公陛下もポーランドの一部地域併合に賛成しているのかもしれない。
(ポーランドの一部地域併合に賛成か……テレジア女大公陛下が反対していた史実とは違ってこちらでは賛成となった理由が知りたいな)
現在オーストリアで皇帝として政治の権力を握っているヨーゼフ2世だが、実際の所はテレジア女大公陛下と合同統治によって政治運営がなされている。
当然ながらテレジア女大公陛下やヨーゼフ2世は啓蒙主義派や改革を支持して実行に移しているものの、いう事を聞かない貴族や聖職者連中に困っているらしい。
フランスだけではなく、オーストリアでも古典的というかガチガチの貴族・聖職者階級の保守派ともいえる傲慢と偏見にまみれた人物が少なからずいるようだ。
なのに、これほどまでに順調に進んでいる事に俺は驚いている。
恐らく以前ヨーゼフ2世に話していた対貴族・聖職者向けの工作をしているのだろう。
表向きは協調しつつも、裏では改革を拒んでいる貴族や聖職者を一網打尽にして粛清するというメディア工作……通称:海豚の刃を俺が伝授したのだが、どうやらそれに準じた国内向けの工作を着々と進めているのではないだろうか。
……でなければ説明が付かないよね。
女大公陛下にもアントワネットを通じてフランスの動向を伝えてはいるけど、あくまでも改革を中心とした内容だし、この時代の政略結婚というのはある意味では同盟国や国内の有力者に関する内情を探るために嫁さんを送る事が通例みたいなものだ。
所謂政略結婚というやつだ。
だから、俺の戦略であるフランスの改革はオーストリアにもアントワネットやフランスに駐在しているオーストリア公国の大使を通じて伝わっているわけだ。
現代の女性たちからしてみれば、そんな扱い方酷いじゃない!という意見が多く上がるかもしれない。
しかし、この時代では政略結婚というのは政治的に重大な使命を任される事でもあるわけだ。
例えば同盟国の君主の妃になった際に、その君主が不穏な動きをしていればスパイなどを使って知らせることも可能なのだ。
そういった例は少ないが、いずれにしてもアントワネットをフランスに嫁がせたテレジア女大公陛下も、俺の事を注視するようにアントワネットに度々報告しているらしい。
「最近オーギュスト様の体調が良くなっている事を母上も喜んでおられましたよ」
「それは良かった、おかあさ……ゲフンゲフン、女大公陛下が身を案じてくれたからね。ちゃんと言う事は聞かないとね」
「その、オーギュスト様は母上の事が気になるのですか?」
「気になるねぇ、だって女大公陛下は好きになったお方と恋愛した上でご結婚をなさった人だよ。女大公陛下の愛にまつわる話は聴いていて感動してさ……正直に言って俺、泣いちゃったんだ。愛している人と結ばれるっていいなぁって……思ってね」
「そうですね、確かに母上は父上との愛は本物でしたね……」
テレジア女大公陛下に関して有名なエピソードといえば、この時代ではかなり珍しい恋愛結婚をした人物で有名だ。
特にこの時代では王族だと政略結婚や嫁ぐ事が当たり前であり、自由な恋愛なんて認められない時代でもあった。
もし恋愛で身分が隔たりでもしたら、王族から抜けたりでもしない限りは無理だった。
そんな時代の時に初恋相手の旦那さんのハートをヘッドハンティングしてお持ち帰りしたテレジア女大公陛下の行動は、本当にスゴイ。
どうしてスゴイのか?
それは女大公陛下が6歳ぐらいの時に初恋相手のフランツ・シュテファンという男性と親しくなり、その親しさはやがて愛に代わって結婚する13年間ずーっとフランツ一筋だったんだ。
13年間ずっと想い続けた人と結婚ですよ結婚。
周辺国や身内からの猛反発を押しのけて結婚した上に、フランツは祖国であるロレーヌ公国をフランスに割譲させたほどだ。
それで結婚しちゃったもんだから当時としては恋愛結婚なんて奇跡に等しいとまでされていた運命的な出会いを果たした。
その時の思い出話をアントワネットは子供の頃に女大公陛下から聞かされていたようで、女大公陛下の事を想う際にベッドでその話を語るものだから、俺は独自に調べたというわけだ。
流石に女大公陛下に手紙で聞くのもアレなので、ちょいと国土管理局を使ってね。
便利屋じゃないけど諜報機関だからそうした情報は割とすぐに見つかった。
いやもうこれ恋愛映画できちゃうでしょと言いたくなるほどの純愛ラブストーリーなわけだよ。
夫婦の仲は恋愛結婚で結ばれただけあってか、凄く恵まれていた。
子供を沢山授かった上に、オーストリアの経済を立て直した凄腕夫婦なんだ。
女大公陛下は政治的・軍事的主導が上手く、旦那であるフランツは財政家として有能だったためにオーストリアの近代化を進める上でとってもベストな選択肢を常に取っていた。
ただ、フランツは婿入りして周囲からはあまり優遇もされず皇帝にはなったが実権は女大公陛下が握っていた。
お飾りの皇帝ではあったが有能で妻、そして子供想いだった家族の鑑ともいえるフランツだが……残念ながら1765年にこの世を去ってしまっているので対面することはできない。
で、そんな女大公陛下が今現在息子であるヨーゼフ2世とどんな関係なんだろうかと気になってくるんだ。
アントワネットだったらもしかしたら知っているかもしれない。
ちょっと聞いてみようかな。
俺はアントワネットに尋ねてみた。
「アントワネット、女大公陛下は最近手紙とかで何か言ってきているかい?」
「母上ですか?いえ、これまで通りにオーギュスト様を支えてしっかりと王妃としての務めを果たすようにと言われております。それと、最近はお兄様と改革のお話をする事が多くなったそうです」
「ほう……ヨーゼフ2世陛下と?」
「はい、お兄様と母上は時折対立していましたが、最近では改革を進める上で互いに妥協案などを提示しているそうです」
おお、妥協案ときたか。
それだと確かにヨーゼフ2世の独断専行ではなく、女大公陛下との相談を通した上で改革や今回のポーランド分割に賛成しているんだろう。
それでも史実通りにポーランド分割に参加しようとしているから驚きなんだ。
オーストリアだけじゃない、プロイセン王国やポーランドに影響力を強く持っているロシア帝国の干渉によって引き起こされたものなんだ。
ちなみにこの分割は一度だけではない……ロシア帝国による内政干渉に晒されたポーランドには国をまとめ上げる有能な指導者が残念ながら存在しなかった。
いや、いるにはいるんだが既に国の基盤が綻びを見せ始めていたんだ。
現在ポーランドにはロシア帝国の息が掛かった大貴族達によって国が乗っ取りを受けている。
いや、それだけじゃなく経済はフランス以上に悪化して国内では反乱や農作物の凶作が続出、おまけに七年戦争などの度重なる欧州での戦争によって荒廃している隙をついて、ロシア帝国やプロイセン王国の同盟である露普同盟によってポーランドは国の両側面を突かれる形で、さらにポーランド南部地域をオーストリア公国が併合しようとしている状況である。
ポーランドは既に瀕死寸前の国家でもある。
辛うじて国力や軍事力はあるものの、それを支えている人々は安定の為に列強国への併合を望む声すらあるんだ。
今後のポーランド分割にあたって女大公陛下とヨーゼフ2世がどのような対応を取るのか、注目しながら暫くの間動向を注視していくのであった。