135:ザ・ファッション
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ルイ16世とサンソン氏の間で会談が行われていた頃、アントワネットはランバル公妃とルイーズ・マリー夫人と一緒に新しいドレスの選定をしていた。
いつの時代でもファッションというのは最先端の服が流行るもの、アントワネットもたまにはそうしたファッションを楽しみたい。
ランバル公妃がよく利用しているファッション店のお店から取り揃えた衣装の数々に、アントワネットはうっとりとした表情で見つめていた。
「どれも素敵ねぇ!全部着るのに1カ月以上は掛かってしまいそうよ」
「ええ、これらはパリの大手老舗店から王妃様宛に贈られてきたものですよ。宣伝になるならご自由にお使いくださいと……」
「まぁ、わざわざ私の為に素敵な衣装を贈って下さったの?!後でお礼をしておかなくちゃ!」
アントワネット王妃宛にパリの有名なドレス専門店から贈られてきたドレスの総数はなんと35着!
一日一着ずつ着こんでも一か月以上は掛かる計算だ。
元々アントワネットはそうしたドレスを含めた衣装を着るのが好きなだけに、今回贈られてきたドレスを着るのをどうしようかと迷っていたところだ。
贈られてきたというのにも理由はある。
それは、ドレス専門店を始めとするパリ中心部の店では改革によって街の経済状況が良くなってきているからだ。
債務不履行を何度も起こしていたルイ15世とは違い、国民に利益を与えて尚且つ発展を促進させているルイ16世の政治姿勢が評価されており、サン=ドマングの反乱事件などもあったが国内では国王の支持はうなぎ登りであった。
そうしたこともあって国王や王妃の事を熱烈に支持する人々によって、国王や王妃宛に献上する人が多くいるのだ。
勿論、こうした献上品の中に毒物が仕掛けられていないかチェックを行い、出処が不明な衣類や食品などに関しては国土管理局によって処分が行われている。
現にルイ16世がルイ15世の後を次いで国王になって以来、衣類の裏側に毒物が塗られた針が仕込まれていたケースが2件あったのだ。
いずれもアデライード派とオルレアン派に属していた元貴族が贈っていた事が判明しており、いずれも国王や王妃に危害を加えようとした罪で処刑されている。
献上品へのチェックが済んで安全と確認されたものを王妃宛に贈られているのだが、流石ファッションには人一倍好奇心旺盛なだけあって、身につけている衣装も煌びやかなものを纏う事がある。
女性の美しさを醸し出すに必要なもので、最も大きいのは衣装だ。
化粧も大事だが、やはり身につけている服装で印象は大きく変わるだろう。
アントワネットもここ数日後で行われる改革派の懇談パーティーに参加する予定であり、そのパーティーで身につけるドレスをランバル公妃、ルイーズ・マリー夫人の三人で選んでいる所でもあった。
「んー……この色のドレスも素敵なのだけど、こんなに沢山貰ってしまうとどれを着ていこうか迷ってしまいますわ」
「王妃様、こちらの紅色のドレスはいかがでしょうか?着心地も他のドレスと比べて良いそうですよ」
「そうねぇ……このドレスはいいかもしれないけど……紅色だとかなり派手に目立ってしまうわ。一部だけ紅色とかならいいけど、紅一色は流石に派手過ぎるわ……これじゃあオーギュスト様が卒倒してしまうわ」
「それでしたら……こちらの紺色ベースのドレスはいかがでしょうか?」
「この色は素敵ね!デザインもいいし……これも候補としてあげておきましょう」
女子トークもさることながら、アントワネット達は大いにドレスの事で話を弾ませていた。
アントワネットも王妃であり、それでいて年頃の女の子でもある。
ランバル公妃も歳は数年離れてはいるが年齢を考えればファッションに興味津々な年頃でもある。
ルイーズ・マリー夫人も同様に、フィリップ2世との結婚を無効化されたので女性らしく生きることを公的に認められて以来、公の場で姿を見せることもしばしば。
そんな彼女達にとって、いかにファッションを整えて宮殿の儀式の場などで披露するのか一種の競争状態となっていた。
史実よりも少しばかり遅れたファッションブームが貴族だけではなく富裕層の庶民を中心に流行していたのだ。
今回違うのは、そうしたお金が掛かるファッションブームが富裕層だけではなく一般庶民にも広がっていった所だろう。
庶民にも少しばかり贅沢できる資金が回ってきて、財布の紐が緩くなっている。
男は高級酒や女遊びに、女性は化粧品やドレスなどの衣装にお金を使っているのだ。
貴族だけではなく一般庶民までもがお金を使っているので経済が循環して活性化を促進させている。
高級品として出回っているブランド物のファッションではなく、手作りで創意創作によって生み出された手先が器用な女性たちのオリジナルファッションドレスというのがパリだけではなく、ナントやリヨンなどの地方都市にも拡大しているのだ。
これだけ流行しているとなれば、当然庶民向けの高級感のあるドレスなども作られるわけだ。
手先の器用な女性はドレスの補強や修復だけではなく、オリジナルデザインのドレスなどを有名ブランドショップに売り込んで採用されるという。
オシャレを楽しむパリ市民にとっては、こうした自らを売り込む戦略がもてはやされているのだ。
さらにカフェやレストランの場でも流行しているファッションを着こなす事が嗜みとされており、女性が好むファッションを手掛けるお店なども大繁盛で、常に人手が足りないほどに服の生産が追いつかない程であった。
「最近ではカフェやレストランで働く女性の人達にエプロンやスカートを組み合わせたような新しい服が登場しているそうですよ。なんでも名だたる貴族の方が、働く女性たちにもイキイキとして美しく働けるようにとの配慮で作らせたとも噂されていて、今予約が殺到しているそうですよ」
「まぁ!本当なのランバル公妃?その服はこの中にあるのかしら?」
「申し訳ないのですが……流石にございませんわ。あくまでもここにあるのは外出用のドレスです。そうした服を予約をするにしても当分先ですわ」
「あら、それは残念ね……でもまた機会があれば購入しようかしら……その服の名前は何といいますの?」
「えっと……確か、エプロンドレスというものですわ。一部ではメイド服という名称でも呼ばれておりますの……」
史実では19世紀中頃に誕生したエプロンドレスが、衛生面や洗濯などをしやすいようにとこの時代に強引に誕生したのは一人の転生者の要因が大きく関わっている。
言わずもがな、ルイ16世の中の人が広めているのだ。
その理由に関しては、働く女性というのがこの当時は服が汚れているか、それとも煌びやかな衣装を身に纏って集会に参加しているかの二極化ともいえる状態だったのだ。
ブルボンの改革を進めるにあたって、働く女性の応援や促進というものがあまりスポットに当っていない事に気が付いたのだ。
売り子や看板娘のような活発な女性は人気が出たものの……それでも大抵の女性を取り巻く環境は厳しいものがあった。
この課題が改革派に属している市民階級の女性から言われた時にルイ16世に強い衝撃が走った。
働く事への楽しさと女性の社会進出を進める方法。
両立をするのには難しい難題を彼なりに手の空いた時間に考案をしていた。
去年の12月30日、大晦日の前日に一般庶民階級の女性でも楽しく働けるようにする工夫を考えていた時、歴史をぶち壊すほどの悪魔的ともいえる発想が頭をよぎったのだ。
『もっと女性が働きやすい環境作りを進めたいよなぁ……でもアントワネットとかに考案を見つかったらオシャレに先鋭化してしまいそうだし……この際、女性が働きやすいような服装の普及を進めてみようかな。何か無いかなぁ……こう、キュートとはいかないまでも男心に突き刺さって女性がイキイキと働きたいと思うような服は……そうじゃん、メイド服があった!女性を輝かせる方法の一つとして試験的にやってみる価値はありそうだ!改革派の女性陣の中に服屋を営んでいる人がいたな……その人に頼んでみるか!』
発想がよぎってからの実行スピードは速かった。
絵心はあまり無かったものの、こんな感じのメイド服が秋葉原にあったよねーと思い出したルイ16世は、年を越して1772年1月12日にパリのモントルイユに服屋を構えている改革派の女性、ロズニー夫人の協力を経て一か月間でエプロンドレス寄りのメイド服(試作)を完成させた。
そのメイド服をパリ市内の飯屋やカフェで働いている女性に試着させた所、これが見事なまでに女性陣を中心にヒットし、試作品で不具合があったところを改善して3月1日に販売されているのだ。
こうしたこともあってか、現在フランス王国では空前絶後のファッションブームが起こっているのだ。
政治の場では良き友であるランバル公妃やルイーズ・マリー夫人も、ファッションの場ではアントワネットの良きライバルでもあるわけだ。
特にランバル公妃やルイーズ・マリー夫人に対しては伴侶の夫が死亡している事も相まって、再婚相手を探す時期を考えなければならないのだ。
ポロッとランバル公妃がドレス選びの時に呟いたのだ。
「ドレスもそうだけど……もし将来付き合う人が出来るとしたら、互いに想いあってくれるような人とお付き合いしたいわね」
「ええ、そう思いますわ……正直に申し上げると王妃様が羨ましいと思います。この先そうした機会はあるとは思いますが、中々お相手が見つからないのが現状です故……」
「……で、でもお二人ならこれから素敵な人に出会えると思いますわ。今はまだかもしれませんが……いずれ法改正によって数年以内に結婚の自由も行われるようになるみたいですし」
「そ、そうですわね!申し訳ございません王妃様、出過ぎた真似を致してしまいまして……」
「いえ、誰だって呟きたい時はありますもの。それに、ここには私たちしかいないから大丈夫よ」
勿論、この時代背景を考えれば再婚せずに他の貴族や王族関係者の愛妾として過ごすという選択肢もあるが、まだまだシステム上の問題や本人達も結婚相手の夫があまり人格的に良い人物ではなかったこともあってか、再婚には非常に慎重だった。
ドレスを選んでいる時に、ランバル公妃やルイーズ・マリー夫人にはもう一度人生の伴侶となる男性が欲しいと願うささやかな呟きが、アントワネットの心に深く突き刺さったのであった。




