130:ハリキリ王妃様
アントワネットに砲車を動かそうとプロットを組むも、アントワネットの性格上ハンドルを握ると興奮しすぎてドリフト走行する可能性があったのでその部分を没にした事で初投稿です。
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フランス学士院で素晴らしい蒸気機関に関する発明品の数々を目の当たりにした私は興奮を隠せておりません。
今まで見たこともない機械や乗り物が動く姿はまさに圧巻です。
特に、キュニョー大尉が研究・開発した砲車は、馬を使わずに1トンという重さの砲台を容易く運ぶことができ、それでいて大きさが馬車の倍以上ありました。
こんなに大きい乗り物が馬や人の力を使わずに動くことが信じられませんでした。
しかし、目の前で動きだして広場まで難なく移動した砲車を見て、私はオーギュスト様に声を掛けられるまでずっと見ていました。
『蒸気機関を利用し工業産業を主体とした産業文明時代に突入する。如何に早く蒸気機関を有して活用するかでこの国がヨーロッパで一番の大国になれるかが決まる』
そうオーギュスト様は私と最初に出会った夜の時に語ってくれました。
今思えば、こうした蒸気機関を使うプロセスを既に見抜いていたのです。
いいえ、そればかりではございません。
科学分野で大きくフランスが力を注いでいるのも、現在ではなく未来で確実にフランスを大国に導く為に投資をしているのです。
お金などの目先の利益だけでなく、将来の利益になるべき事を優先する。
オーギュスト様の基本的な方針です。
決してオーギュスト様ご本人の口からその様な事を言ったことはございません。
けれど、今こうして時代の変わり目に差し掛かっている時に様々な分野で力を入れている理由……恐らく将来フランスがイギリスやプロイセンに負けないぐらいに経済的にも軍事的にも強国になるために、オーギュスト様が策略を巡らせているのです。
本当にオーギュスト様は……一歩、二歩だけでなくその先を見通しているみたいです。
そして、妻である私の事を大切に思って下さっている御方でもあります。
食事の際や就寝の時も声を必ず掛けて下さいますし、一日あった出来事などを語り合い、良かった所や悪かった所などを見返すようにしてから自分の反省するべき所なども分かってきたのです。
直すべき所は一緒に直していこう。
そうオーギュスト様が語ったのが一年前になりますが……随分と時間が経ったかのように感じてしまいます。
あれ程嫌いで覚えるのが苦手だった勉強が分かるようになり、今ではコンドルセ侯爵をはじめ様々な人達を講師に招いてもらって勉強を受けております。
勉強を学べば学ぶほど、知識が蓄えられていきます。
なので、今日学士院を訪れた際にも蒸気機関や砲車が動くメカニズムを大まかに理解することが出来たのです。
それでも砲車の大きさが思っていた以上に大きくて、あれだけの大きさのものを動かすことに衝撃を受けましたの。
今もこうして二人の絆は確実に深く結んできている筈です。
妻として、そして夫であり最愛の御方の傍にずっといたい。
胸がときめくような時間を今、こうして馬車の中で移動している瞬間は寝室のベッドで寝るよりもドキドキしてしまいます。
私がオーギュスト様と一緒にいて良かった。
結婚したのがオーギュスト様で本当に良かった。
そう感じているのです。
そんなささやかな喜びと愛を感じつつも、表面上はぬか喜びは出来ません。
まだ大事なお仕事が残っているからです。
そう、オーギュスト様と一緒に美味しいお菓子屋さんにこれから向かうのですから!
これも王妃の務めです!
遊びや楽しみも含まれておりますが、決して職務放棄をしたわけではございませんので悪しからず。
学士院での見学を終えて、私とオーギュスト様は馬車に戻ってきました。
有意義な時間を過ごした後は、いよいよお楽しみの時間でもあります。
ここから10分程離れた場所に、美味しいお菓子を販売しているお店があるようで、今日は二人で食べにいきますの。
どんなお菓子屋さんなのでしょうか、今から楽しみで仕方ありませんの!
「オーギュスト様……本当によろしいのでしょうか?」
「勿論、前から約束していたからね。ちょうどこの辺に……美味しいスイーツを売っているお店があるみたいだからね。一緒に行こう」
「はい!」
二人で一緒にヴェルサイユ宮殿以外で、一般のお店に立ち入るのは2月頃のお忍びでパリ市内の高級料理店に行って以来ですわ。
「トゥル・ド・ステル」というお店でオーギュスト様は鹿肉を……私はグラス・シャンティー……そして付き添いのランバル公妃はグラタン・コンプレを頂きました。
オーギュスト様が連れていってくれるお店はどんな料理が出されるのか……私個人としてもずっと気になって夜もあまり眠れておりませんのよ!
「オーギュスト様、本日これから行くスイーツのお店ですが……どんな感じのお店なのですか?」
「フフフ……それは到着してからのお楽しみさ。きっとアントワネットも気に入って貰えるはずだよ」
「まぁ、それは楽しみですわ!」
オーギュスト様は自信満々の笑みでそうおっしゃいました。
どうやら、相当味に自信があるお店のようです。
オーギュスト様が太鼓判を押す程という事は……もしかしたら、ランバル公妃やルイーズ・マリー夫人に頼んでコッソリと下調べをしてもらったお店なのかもしれません。
オーギュスト様も私も甘いものが大好きです。
最近はショコラをいかに甘くして飲みやすくするべきか研究をしているそうです。
なんでも、ショコラに含まれているカカオは身体を暖めて風邪に引きにくいようにしてくれるのだとか。
オーギュスト様曰く、砂糖をショコラに入れるだけではなく、カカオの油脂を取り除くことが出来れば飲みやすいものになるそうですが……残念ながらまだそのような技術は確立されておりませんの。
オーギュスト様もショコラを召し上がる際には必ずミルクと砂糖を入れております。
馬車を走らせて10分程で目的地に到着しました。
シャン・ド・マルス公園の近くですが、この辺りは最も早くに下水道の工事が行われたようです。
その甲斐もあって今は泥のような鼻によろしくない臭いなどは漂って来ません。
幾つかのお店が立ち並んでおり、パリ市内でも人の往来がある場所で、そのうちの一角に東洋の甘菓子などを取り扱うお店の前で馬車を止めたのです。
「着いたよアントワネット、ここが今話題のお菓子屋さんだよ」
「ここですか?東洋風のお菓子屋とは珍しいですね」
「うん、何でもここにはヨーロッパから持ち込まれたお菓子を東洋人が作って、彼らが作った製法式を逆輸入して作らせているお店でね……以前献上品を食べてみたら凄く美味しいスイーツがあったから、ここにしようと思ったんだ……入ってみるかい?」
「ええ、入りましょう!」
オーギュスト様と私は一緒に来店しました。
外には見張りの人達が待機しておりますので、何かあった際には直ぐに駆けつけてくれますの。
なので安心してスイーツを堪能することが出来そうですわ。
お店に入ると、東洋風のお菓子を売り出しているお店という事もあってか、内装も中華を意識したインテリアになっておりました。
「いらっしゃいませ、ようそこ東風亭へ……」
「二名だが……席は空いているかな?」
「はい、丁度奥の席が空いておりますのでご案内いたします」
料金も安く、それでいて高級レストランのような高品質なサービスが有名らしく、私達より後から入ってきた人達は空いている席がないようで、丁度いいタイミングで入店したのです。
ランバル公妃と一緒に食事と取ったことはありますが、オーギュスト様とこうして宮殿の外で二人っきりでの食事は久しぶりの気がします。
テーブルに案内されてからメニューを取り出してみました。
メニューには日本風だったり清国風のお菓子の名前がずらりと並んでおりますが、果たしてどんなお菓子なのか想像も出来ません。
そんな中、オーギュスト様はメニューを開いて真っ先にこの料理が美味しいと指を指してくださいました。
”カステラ”
カステラ……?聞いたことがないお菓子ですが、オーギュスト様曰く日本で独自の発展を遂げたお菓子であり、このお菓子の製造方法を伝えたポルトガルではパン・デ・ローと呼ばれているようで、日本では長方形の形をしたお菓子に変貌を遂げたのだそうです。
「カステラ……と呼ばれるようになったのは諸説あるけど、日本でこのお菓子が伝わってから南蛮菓子として有名になっているそうだ。これは長崎という場所で作られたカステラの製造方法をオランダの商人が買い取り、それでフランスで再現したものだよ」
「そうなのですかパン・デ・ローは丸っこいお菓子だったような記憶があるのですが……なぜ長方形のような形に仕上がったのでしょうか?」
「うーん……それは俺にも分からん。それ故にミステリアスな一面を持っている菓子でもあるんだ……俺はこれを頼むつもりだが、他に食べたいものはあるかい?」
「そうですねぇ……では、私は喉ごしの良いお菓子を食べてみたいですわ」
「のどごし……では、これはどうかな?」
オーギュスト様がメニュー表をチラチラをめくりあげてから指を差した先に書かれていたのは清国で振る舞われているデザートの名前でした。
”キョウニンカン”
オーギュスト様曰く、これは日本などでは杏仁豆腐という名称で呼ばれているデザートであり、清国では薬として利用されていた杏子を使用し、寒天と呼ばれるゼリー状のツルツルした物体で固めて食べるものだそうです。
清国や日本では製造方法が全くと言っていい程異なる為、オーギュスト様は清国版の杏仁豆腐は食べた事も見たこともないそうですが、清国では皇帝が気に入る程の美味なデザートらしく、一風変わった味わいだと述べておりました。
「寒天を使用しているから、多分口に合うと思う。のどごしも良い筈だし、もっちりとした食感で美味しい筈だから、これを頼んでみるかい?」
「はい、そこまで太鼓判を押すのであればそれにいたしますわ!」
「分かった、では店員さんを呼んで注文しておくね」
オーギュスト様は店員さんを呼んでカステラと杏仁豆腐を注文致しました。
一風変わった東洋のお菓子やデザートを味わえるのは楽しみで仕方ありません!
私はこうして待っている間にもオーギュスト様との会話を弾ませて束の間の時間を楽しみました。
それから杏仁豆腐ですが……フフフ、宮殿にいる料理人さんに今度作ってほしいと思う程の美味しさでしたわ!