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129:2万リーブルの投資

「アントワネット?砲車は広場に向かっているから歩いて向かうけど大丈夫?」

「あっ、は、はい……申し訳ございません。つい砲車に夢中になって見ていました。こうした乗り物が動くのを見ていると……あっという間に時間が過ぎてしまいますの」


ああ、確かアントワネットはこうした新しい乗り物を間近で見るのは初めてだった。

俺には転生前の事前情報というか、こうした自動車の発展形式を見てきたこともあって驚きこそすれど、ああ……これは自動車の仲間なんだと認識したのでスッと理解できたのだが、初めて目の当たりにする蒸気を発しながら動いていく乗り物を見て、どうして動いているのかアントワネットは気になっているようだ。


アントワネットだけではない。

周囲にいる人々もスゴイ乗り物があると聞きつけたのか、続々と人だかりが出来ている。

学士院の広場は学生向けに開放もされているので、そこにいた人々は鳩が豆鉄砲を食らったかのように、アントワネット同様口をポカーンと開けて砲車を見ていた。


「すげぇ!これは一体なんなんだ!」

「馬を使わずに動かすとは……こりゃ、新しい機械を使った乗り物じゃないか?」

「白い息を吐いているぞ!まるで生きているみたいだ……」


人々は驚き、指を差したりしながら砲車を見ている。

反応は様々だが、どちらかといえば好意的に捉えているようだ。

馬を使わずに動く乗り物。

それでいて、動力源は蒸気に伴う熱エネルギーだ。

蒸気機関がまだ普及していない現在では、そうした新しい乗り物は注目の的だ。

あっという間に出来た人だかりを研究員達が離れるように促す。


「危ないですからあまり近づかないで下さい!」

「下がって!下がって!」


群がっていた人々も、研究員達の促しに従って砲車から離れ始める。

プシューと音を立ててエンジンから白い蒸気がモクモクと湧き始める。

蒸気を見た人々は再び大きな歓声をあげた。

フランスは凄い乗り物を開発した。

その事を人々の前で証明したのだ。

今日以降、キュニョー大尉の名前はフランス各地に知れ渡ることになるだろう。


アントワネットとキュニョー大尉の砲車を見ている人々の反応は、まるで子供のように興味を輝かせている希望に満ちている目であった。

研究員達に様々な質問を投げかけている。

キュニョー大尉にも人が群がって質問をしているようで、彼らはフランス王立大学に通っている学生らしい。


「これはすごい発明品ですねぇ!どのような原理で動かしているのですか!」

「蒸気機関を応用して動かしているんだよ、まだ詳しい事は機密で言えないけど、実用化に向けて調整をしているよ」

「あのっ!この乗り物の正式名称は決まっているのですか?」

「いえ、まだ仮称しか定められておりませんが……それはまた後ほどご報告いたします」


俺だけでなく、国民にもこうした発明品について広く知ってもらうことが産業革命を迎え入れる上で必要な事だ。

何も知らないまま受け入れてしまっては国民が不安に駆られたりしてしまうだろう。

だから、こうして一般にも蒸気機関を中心とした発明品の数々を触れたり、体験したりすることこそが科学力を促進させるうえで欠かせない要素となる。

何事も経験や体験が重要だって昔教育テレビに出ていた先生が言ってたもんな。

まさに今、人々がこれから訪れるであろう産業革命の波を肌で感じ取っている瞬間でもあるんだ。


「それにしてもスゴイ人だかりになってしまったなぁ。俺たちよりも砲車に興味が沸くとは……」

「やはり、皆さん初めて見る乗り物ですから……その、大変興味がそそられるのだと思います。こうして機械を使って動かしているのは極めて斬新ですし、何よりも驚くべき事ですよ」

「そうだねぇ……やはり衝撃的なのかもしれないね」


蒸気機関も一般向けに公開はされているけど、何故だか理系の人以外はイマイチ反応がよろしくなかったんだよね。

その原因を考えていたんだが、砲車を見て群がる人々を見るにインパクトの違いだと思う。

まず蒸気機関は興味のある人からしてみれば革新的かつ最先端の機械なのだが、何も知らない人からしてみれば意味不明なモノとして見ていたのだろう。

よくわからないけど、なんかすごそうという感じだったのかもしれない。


一方、この砲車は馬などの力を借りずに蒸気機関を使ったエンジンで動いている。

今まで見慣れてきた馬や人などを使わずに、生命の力を利用せずに走りだしている乗り物である上に、この時代では見慣れた「馬車」を使用していない事で大変驚いているのだ。

アントワネットがワット氏の蒸気機関よりも、キュニョー大尉が作った馬を使わずに走る乗り物こそが衝撃的で、口を開けてポカーンとしていた要因なのだ。


こうしてキュニョー大尉が活躍できる場を設けることが出来て何よりだ。

彼は史実では評価をされるのが遅すぎた。

キュニョーの砲車も、製作されてから暫くは倉庫に眠りっぱなしでナポレオンが資料を見つけて偶々発見して年老いたキュニョーをスカウトして晩年間際になって評価された人物でもある。

きっと俺の知っている歴史のキュニョーも、発明品が出来上がったこの瞬間に人々から祝福を受けたかったに違いない。

その願いをここで叶えることが出来たのは良かった。

2万リーブルの投資は無駄ではなかった。


「見てごらんアントワネット、キュニョー大尉のイキイキとした姿を……彼の研究は以前あまり評価されていなかったんだ。だけど、こうして彼は人々に認められるんだ。俺たちはこれから実用化に向けて研究が進んでいく瞬間を目の当たりにしているんだ」

「そう言われてみると神秘的にも見えますね。まるで劇を見ているかのようです。こうして人々が希望に満ちあふれている瞬間が、私は好きです!」

「そうだね……俺も、この瞬間を見ていると嬉しく感じるね」


アントワネットは嬉しそうにキュニョー大尉や、彼の周りに集まって熱心に聞いている人々を幸せそうな目で見つめている。

キュニョー大尉が俺の前で行った走行実験は大成功の分類に入るだろう。

蒸気機関を搭載した新しい乗り物……砲車は軍用目的という事を世間には大々的に言うべきかはまた別問題ではあるが、今は砲台を積んで走行をしていないのであくまでも実験車両という扱いになる。

そしてこれをフランス科学アカデミー公認の世界初の蒸気機関を利用した自動車として取り扱う。


フランスの科学力を周辺国に示す機会でもあるが、やはり蒸気機関を積極的に政府や国民が理解し普及していけば外燃機関だけでなく、ガソリンなどを使用した内燃機関の開発に取り組むことが出来るだろう。

そうした次世代への歩みというものが、このフランスで芽生えてくれれば良い。

傍にいたコンドルセ侯爵も、国民にこうした新しい物を実物で見せて、それから触れさせる事も重要だと語っていた。


「この蒸気機関が普及するためには、まず国民に知ってもらうことが一番です。新しい技術や科学というのは、中々理解することが難しい場合が多いのです。陛下は幻燈げんとう機をご存知でしょうか?」

「幻燈機……ガラスに映ったイラストを幕に投影させる機械の事かい?」

「はい、その機械でございます。幻燈機は今から300年ほど前のグレゴリオ暦1400年頃に発明され、一度は廃れましたが130年前に太陽王ルイ14世陛下の時代にクリスティアーン・ホイヘンスらによって再発明されたものです。今でこそ仕組みが分かるものですが、当時としてはかなり真新しい技術で作られた幻燈機を目の当たりにしたルイ14世陛下は映し出された舞踏会や自然の絵を見て大いに驚き、そしてこれを大変気に入って定期的に上映をなさっていたそうです」

「つまり、この蒸気機関も幻燈機と同じように人々に見せて理解させることが重要というわけだね」

「その通りです。人々が幻燈機と同じように蒸気機関に理解を示し、興味を持ってくれれば関心も集まるでしょう。将来、蒸気機関が普及する時代になった際に、フランスで研究が進んでいればその分、科学分野において周辺国をリードする事ができるでしょう」


コンドルセ侯爵が語っていた幻燈機……今日でいう所のプロジェクターに近い原理でイラストなどを投影させる機械の名称だ。

当時の人々にはどういった原理で幕にイラストなどを投射しているのか分からなかったので、人々曰く「魔術を使っている!」と思っている人が凄く多かったそうだ。

幻燈機がそれなりに見世物として普及しているこの時代でも、農村部では幻燈機を見たことがない人も多く、今だにこうした機械を「魔術による行い」と信じる人がいるようだ。


進化した科学技術は魔法と見分けが付かないという言葉がある。

かの有名なSF作家が遺した有名な言葉だ。

実際に、俺が体験していた21世紀の暮らしをこの時代の人々が見れば魔法を使っているようにも見える。


薄い板のようなもので全世界の情報を瞬時に把握し、火起こしをせずにボタン一つで鍋や照明、果ては風呂場の水温まで調整できる。

地球の裏側は空を飛ぶ乗り物を使って1日で到着し、時速300キロの鉄で出来た乗り物が都市部の間を走り抜ける光景。


全て現代日本で生活していた俺が見慣れていた光景。

以前の俺がそれが当たり前だと思っていた光景でも、この時代、蒸気機関ですらつい最近になって発明された人々に向けて事実を語ったとしても、それは「魔法や魔術を使える人間」が沢山いる夢物語の世界だと認識するだろう。


だけど、こうして機械について触れていくだけでも人々は新しい世界の波を知る事になる。

これから訪れる産業革命に乗り遅れないようにプロセスを踏むにあたって、歴史的な一歩でもあるんだ。

実用化をする為には、改良や工夫……そして時間が必要だが、その為にも国が蒸気機関の研究・開発を後押しする。

全面的なバックサポート、いまフランスで必要な国力の底上げを行うにはこうした研究者の人々への支援が大事だ。


その後、フランス学士院で他の研究内容を一通り見終わり、学士院の一室に研究者たちを集めて彼らを励ました。

実に有意義な時間を過ごせたし、改革派の研究者にも現在の研究が数年以内に実用化が出来る見込みである事の報告を受けて、これからの見通しも見えてきた。


「蒸気機関の研究、及び新しい発明品や開発が進んでいるようで何よりだ。何か困った事があれば遠慮なく私に言うように、それから医学・農業方面も後日見る予定だから、その際にはよろしく頼む」

「こちらこそ、陛下御自らこちらに足を運んでいただき、誠にありがとうございます。次に実用化に向けた物が出来次第、ご連絡させていただきます」

「うむ、皆焦らずに……そして失敗を恐れずに研究・開発に励んでくれ……私からは以上だ。今日はありがとう」


研究者総出で拍手を受けて俺とアントワネットは学士院を後にした。

とりあえずフランス学士院に関する事はこのぐらいだろう。

それでは研究内容も約束通りアントワネットが以前から行きたいと言っていたパリでも評判の高いお菓子のお店に立ち寄る事にしよう。

参考文献

(改訂新版)パリ職業づくし 中世~近世の庶民生活誌誌(2015)

著者:F.クライン=ルーブル

訳者:北澤真木

発行所:論創社


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[一言] 幻灯機で『来るべき世界』的な作品を、全国で公演するのが良いのでは。 そのまま科学技術を発展させて、シネマトグラフまで行っちゃうのはどうでしょう。
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