128:余裕の音だ、馬力が違いますよ
一番気に行っているのは値段なので初投稿です
ジョゼフ・キュニョー大尉。
決してきょにゅー大尉ではないのでそこのところを間違えないように。
ここ歴史のテストで出るかもしれないぜ(主に世界史あたりで)。
彼は世界で初めて外燃機関を使った自動車を発明、それを実際に運用した事で俺のいた世界では知られていた。
……が、どんな車だったのかはおぼろげな記憶でしかなかったので、この目で直接完成したての世界初の自動車をアントワネットと共に目の当たりにすることになる。
そのシルエットは現代人の思考を持った俺からしてみればかなり奇抜なデザインのようにも見えた。
この時代における女性の平均的な身長ぐらいの高さがあるボイラー。
そのボイラーの後ろに括りつけられている二つの筒みたいなのが蒸気エンジンだ。
大きさも中々デカい。
中型トラックぐらいの全長と全幅だ……これを運転するには中型免許が必須になるだろう。
下手をしたらアメ車よりも長そうだ。
そして、この蒸気の力で進む乗り物こそ、世界初のエンジンが搭載された自動車「キュニョーの砲車」だ。
これは原寸大で完成させた2号車であり、この半分ほどの大きさで1769年頃に完成させた1号車のほうが世界初の自動車という扱いらしいよ。
愛知県の大手自動車メーカー主催の博物館で解説を聞いた内容だったけど、多分それで合っているハズ。
そして何より驚いたのが、このキュニョーの砲車は三輪車なんだよね。
「うぉっ?!こいつは三輪か?」
「すごい!車体も大きいですけど……それよりもとっても大きなモノが前についていますねぇ……」
「あれはボイラーだよアントワネット、それにしても大きいなぁ……これ、馬車を二台置いてもまだ足りそうなぐらい大きいよ」
四輪車かと思ったら三輪車だった件について。
現代の基準からしても、割と三輪自動車というのはあまり街中では見かけない。
戦後直後の日本の復興期には三輪トラック車が多く生産されて日本の復興を支えたというけど、三輪車は安定性がないとか免許取得する際に普通免許か二輪免許かで手続きがめんどくさい等の理由で少数しか出回っていない。
俺の知らないだけで、意外と採用されているかもしれないがね。
それにしても、この時代に自動車を発明するなんて大したものだと俺は感銘を受けていた。
アントワネットと一緒に眺めていると、ジョセフ・キュニョー大尉が大慌てでやってきた。
あ、これ研究に夢中で訪問忘れていたパターンだな。
すごく額に汗かいているし。
息を切らしながら、申し訳なさそうに頭を下げてキュニョ-大尉は挨拶をした。
「陛下、大変お待たせ致しました!ジョセフ・キュニョー大尉であります!この度はお越しくださってありがとうございます!誠に申し訳ございません!先程まで研究をしていたものですから」
「大丈夫だキュニョー大尉、君の熱心な働きぶりには感謝している。ちゃんと資金をこうして次世代に役立つ発明品へと有効に活用しているのだからね。早速だが、この乗り物について説明をしてもらえるかい?」
「はい!こちらが陛下の御支援によって製作された蒸気機関を搭載した乗り物です。蒸気機関搭載の運搬砲車という名称でプロジェクトが進んでおります。今は速度はあまり出ませんが、重さ1トンの砲を牽引できるようにはなりました」
「そうか……これで1トン程の物を運搬できるのは凄い事だ。人を運ぶのにも持ってこいかもしれないな……一つ聞きたいのだが、この車両はなぜ三輪車なのだ?」
そう、なぜ四輪車ではなく三輪車にしたのか聞きたかった。
俺個人としてどうしても聞きたいからね。
四輪車のほうが安定性があると思ったんだが、どうやらこれには技術力の問題で四輪車で動かそうとすると複雑な舵取り装置の取付が必須になり、今のところ成功したのはこの三輪自動車だけであるという説明がなされたのだ。
「はい、これと合わせて半分の大きさのスケールで作った四輪車の開発も行ったのですが……残念ながら四輪車のほうは試験運転中にハンドルが思った以上に明後日の方向に向いてしまい、サスペンションが根元から壊れてしまったのです。現在修復をしているのですが作業は難航している状態です」
「そんなにひどいのか?」
「ええ、サスペンションが思っていたよりも細く、そして三輪車に比べて固く補強しなければ耐久力が落ちてしまうのです。三輪車ではそうした問題は出てこなかったので、恐らく四輪車の構造に欠陥があるのかもしれません。操作性と耐久性の問題を解決することが出来れば四輪車の開発にも取り組めます」
四輪車も試作中らしいが、現在は修理中でありその原因がサスペンションの不具合ときたか。
成程、まぁ前方に車輪が一つ、後方に二つの車輪がある状態だと四輪車よりもハンドル操作はし易いだろうし、サスペンションの辺りも構造は四輪車よりも簡単で整備がし易いのかもしれない。
ただ三輪車ってスピードが出てハンドル操作をミスると横転しやすいけど、まだそこまでスピードがでるような乗り物が開発されていない今は大丈夫かな?うん、大丈夫だろう、恐らく問題ない。
「蒸気機関を使用して稼働すると一回でどれだけ走るんだ?」
「一回水を入れて沸かしてエンジンを始動させると約15分間ほど走り続けます。水が無くなってしまうと暫く補給してまた沸かし返す必要があります」
「速度はどのくらいでるのかい?」
「何もつけていない状態では時速は約9キロです。砲台を載せた状態だと4キロ程度です」
「ふむ……というと何もつけていない状態では給水を含めて1時間で3キロ前後走れるのかな?」
「その通りです陛下」
「1時間で3キロか……うむ、水の補給も戦場ではそう確保できるものではないからな。それに沼地では恐らくバランスを崩してしまうだろう。この運搬車は整備された道での運搬を前提として行うもので良いかな?」
「はい、おっしゃる通りでございます」
まぁ、現時点ではこうした車両こそが始祖にあたるようなものだ。
初めから何から何まで出来たら苦労しない。
テレビゲームだって最初からインターネット回線を使って世界中の人間とFPSゲームで対戦するゲームから始まった訳じゃない。
ダイアル式のコントローラーで棒と玉を投げ合うゲームから始まって40年以上の歳月を掛けて3Dだけでなく、物理エンジンを積んでリアルな動きを取得できるようになったんだ。
むしろ、1トンの砲台を牽引できるように改良が施されている事に驚いている。
「それにしても、この巨大な乗り物が動いている所を見てみたいですわ」
「確かに……キュニョー大尉、これは今は動かせるのか?」
「はい、少々お時間を頂ければ学士院の広場まで動かせることが出来ます!」
「うむ、どうするアントワネット?ここにいるか?」
「あっ、いえ、私はオーギュスト様のお傍にいますわ」
「そうか、俺はこの砲車が広場まで走る姿を見たいからねぇ、暫くこの場に留まるつもりだが……一緒に見ているかい?」
「ええ!是非ともご一緒いたします!」
俺もそうだが、アントワネットが凄く車に興味深々だ!
リアクションといい、蒸気機関よりも食いつきが良かった。
不思議に思った俺は、アントワネットに尋ねたが、やはり初めて見る物に凄く興味津々な眼差しで車輪の辺りを見つめていた。
アントワネットは新しいものが好きなようだ。
蒸気機関だと少々漠然とした感じになってしまうが、こうした運搬車であれば見慣れた馬車の発展型のように感じ取ったのかもしれない。
やはり好奇心旺盛な人だからなぁアントワネットは、けっこう気に入った物があれば追求したり、物に嵌る性格なのよね。
アントワネットと過ごす時間を大事にしよう。
そう、心に決めたからにはアントワネットがどんな気持ちで考えているのか、しっかりと男ながら考えて行動しなければならない。
さっきも車輪をジッと見つめていたので、きっとこの砲車について見ていきたいのだろう。
だから俺は彼女と一緒に砲車を眺める。
こうしてアントワネットを間近で見てみると、色々と興味を持ったことには何でも取り掛かる人だと感じている。
確か史実ではドレス集めとか競馬場などでギャンブルをするのも好きだったと言われているね。
けど、お子さんを産んでからは子供と接する時間を増やしてギャンブルから足を洗うなど、母親としての責務をしっかりと果たそうとする志を持っていたのよね。
処刑される寸前まで自分の子供の安否を心配していたとも言われているし、美人で……優しくて……お転婆ながらも一旦集中力ブーストが入ると、その集中力がすさまじい。
そんなアントワネットが興味津々そうに車を見つめている。
まだボイラーで沸かしている途中なので動きだすには暫く時間が掛かる。
周りにいる研究員の人々は、砲車が動くように調整をしている最中だ。
周りは時間が過ぎていくのに、どうしてかアントワネットと一緒にいる時は彼女を見ているだけで時が止まったような感覚がやってくる。
まるで、ゲームをしていて一時停止ボタンを押したかのように、周りがスローモーションに動いているような感覚さえある。
こうしてアントワネットと二人で世界初の自動車……キュニョー大尉製作の砲車を見ているだけで俺たち以外の時が止まっているように感じる。
例えるならあまりクラシック音楽には精通はしていないから当たっているという確信はないものの、クラシック音楽のジュピターという曲が耳元でバックコーラスのように流れているようだ。
どこか壮大で、それでいて歴史を感じるような音楽と共に、アントワネットと砲車を見ている。
この砲車が動き、そして史実ではこれ以上の発展はなされなかった自動車が、今、世界史を大きく動かそうとしている。
未来への道のりを歩むように、ゆっくりとエンジンが動き始める。
「それでは砲車を動かしますよー!危ないですので皆様は車の前には飛び出ないで下さい!」
キュニョー大尉がそう叫んで砲車を動かし始める。
取り付けられたエンジンから水蒸気が拭き上がる。
プシューっと蒸気がモクモクと立ち込めると、その蒸気を切り裂いて砲車がゆっくりと、動いていく。
周囲からは歓声や拍手が沸き起こる。
「おおお!動いたぞ!」
「やはりこれ程大きいものを機械の力で動かすとはな」
「これが新しい時代の乗り物になるかもしれませんな」
気がつけば、俺もアントワネットも砲車を見て口をポカーンと開けながら砲車が動くのを見ていた。
思っていたよりも動く速度が速く、またサスペンションや操作を行うハンドルの技術も既に存在している事、それでいて予想以上に三輪車でも曲がるという事に驚いた。
ちなみこの砲車はバック走行も可能にしているので、色々と現代の自動車の基礎となる部分もしっかりと出来上がっているのだから、これ程までにギミックなどを含めて作り込まれている事に驚愕し、それでいて感動もしたのだ。
(こんなにスゴイ乗り物を開発するとはな……あと5年か10年すれば初歩的な農機具用の乗り物も作れるかもしれない……)
もし、この砲車を軍用目的ではなく農業用として活用できるようになれば、史実よりもうんと早く機械化農業が可能になる。
色々と未来が見えてくる有意義な時間だ。
なお、アントワネットは相変わらず口を開けたままポカーンとしていたので、大丈夫かと俺は尋ねたのであった。
次回投稿は水曜日です