123:歯車
全300ページに及ぶ大判の文書は、具体的な捕縛ないし暗殺対象者などを記した計画書である。
現地の国土管理局職員や、アンソニーとジャンヌの調査によって絞り込まれた暗殺対象者。
この混乱を早期終結に導くために、北部の奴隷制継続派の上層部を一掃する計画である。
同時に反乱軍に接触してこれ以上の破壊活動を止める見返りとして、反乱軍の主犯格たる人物の身柄引き渡しなど反乱軍についても対応しなければならない。
国王、もしくは国家に対して危害が加えられる恐れがある場合、事前に国王や国土管理局の上層部の承認を得てから発動が許可される計画書である。
こうした計画の内容をこの場で確認するのは恐らく今回が初めてだろう。
金塊公爵事件の際に行ったのは、あくまでも勢力を削り取るための政治色が強く、非常時を除いてむやみな殺生を禁じる工作活動だった。
……が、この計画では国土管理局の諜報員による複数人への暗殺や拠点の破壊工作を認めるという内容であり、物理的な解決方法であるが一歩間違えれば戦争になる危険性がある。
故に、海軍の到着を待たずに行う必要性が生じたのだ。
「次の連絡便が到着するのが恐らく3日後……恐らく陛下から指示を受けた管理局の連絡員がやってくるはずだ。その時にフランス本土の情勢を判断してから行うかどうか決めよう」
「期限は3日間……それまでに計画の支度を済ませるというわけね」
「そういう事だ。これは俺たちにとっても正念場だぞ」
万が一紛失や盗難にあった際に、計画が漏洩しないように細工が施されている。
計画書は細部に至るまで暗号やアナグラム方式によって形成されており、内容は分かる人物が限られているのだ。
プロファイリングデータには奴隷制継続派として悪名高い3名の代表者たちの名が記されている。
「みんな集まってくれ。第一目標は北部のプランテーション農園やカプ=フランセの港湾施設の利権を保有している旧首都在住のヴィクトル・へーデルナント男爵、次に奴隷制継続派の筆頭と呼ばれているサン=ドマング植民地政府補佐官エミール・フェリーレ……そして商人として表向きは香辛料などを取り扱っているが、裏では奴隷制継続派と反乱軍の両方に武器を売り渡しているイギリス人商人ジェームズ・バーバリー……この3名の暗殺ないし捕縛をほぼ同時に行わないといけない。一人でも取り逃したら計画は破綻する」
3名はサン=ドマングでも発言力のある人物であり、特にヴィクトル・へーデルナント男爵は男爵という地位ながらも、サン=ドマングで発言力を持っている人物として有名であった。
無論、悪い意味でだが。
「エミール・フェリーレ補佐官に悪知恵を吹き込み、武器商人のジェームズ・バーバリーを入港させているのも男爵だ……奴が貴族階級であるだけでなく、本土の政界で勢力を伸ばしている新派閥の後援で力を得ているとの情報もある」
「新派閥……中立派の事でしょうか?」
「ああ、宮殿内で国王陛下と対立していた派閥の貴族・聖職者は一掃されたが、何処にも属さずに残っていた連中がいる。そいつらが立ち上げたのが投資案件などで富を増やしている中立派だ。なんでも、トップに立っているのが20代前半の伯爵夫人らしい。その夫人がメインスポンサーとなって男爵が保有している農園事業に資金を投資しているそうだ」
記されている資料には、ポリニャック伯爵夫人の名前があった。
ヴィクトル・へーデルナント男爵は元々アデライード派だったが、アデライードによる赤い雨事件の際に彼女に関わっていた貴族・聖職者は公職などから追放されている。
……が、ヴィクトル・へーデルナント男爵はその追放リストには載っていなかった。
関わっていたとはいえ、事件当時はサン=ドマングにいた事と、アデライード派でもそこまで発言力のある人間ではなかったからだ。
追放こそ免れたものの、ヴィクトル・へーデルナント男爵にとって面白いことではなかった。
もっと権力がほしい、もっと金がほしい……。
人間の欲にくらんだ彼は、プランテーション農園の投資事業を本土に広く募集してポリニャック伯爵夫人がそれに目を付けたのである。
安定的な収入と本土の新興派閥のバックアップを受けてヴィクトル・へーデルナント男爵はここ半年の間にジェレミー・ディナール氏を超える程の莫大な利益を確保したのだ。
しかし、その代償として奴隷を常に大量に雇い入れて身体をダメにするまで働かせるというものであり、結果的に反乱軍が発生した要因を作ったのだ。
さらに投資契約では利益の20パーセントを中立派に還元しなければならないので、常に働き続けなければ利益が出ない仕組みになっていた。
「それで……3名のうち誰を生きたまま捕らえるの?」
「可能であればヴィクトル・へーデルナント男爵とジェームズ・バーバリーだ。男爵がいなくなれば奴隷制継続派にはまとめ上げる人物はいない……ジェームズ・バーバリーを捕まえればイギリスの介入を把握できるし、重大な外交上の交渉に役立つだろう。後は烏合の衆だ。増援としてやってくる海軍だけでも十分に鎮圧が可能だ……それにエミール・フェリーレはこの地を混乱に陥れた責任を負わねば……」
「男爵と商人は捕縛、補佐官は暗殺という手段でいいわね?」
「ああ、みんなもこの手筈で調整をしてくれ、時間がない……早めに片付けるぞ」
奴隷をより働かせるために補佐官などを買収してへーデルナント男爵側の味方となり、植民地政府には多くの利益のおこぼれを巣食らう人間で溢れている。
そうした人間たちが奴隷解放に反対しており、サン=ドマングでの混乱が広がっているのだ。
アンソニーとジャンヌは、3日後の連絡員が来た頃を見計らって行動を開始する。
そのタイミングはすぐそこまで迫っていたのであった。




