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1796年8月22日
欧州協定機構軍占領地域 フロリダ
フロリダ州に展開している欧州協定機構軍の多くが足止めを食らっていた。
このフロリダにおいて、流感と見られる症状が多く見られた上に、派遣されている一般将兵にも感染者や死亡者が出始めていたからだ。
多くの感染者が罹患をして3日から5日程度熱を出した後に寛解するのに対し、感染者の中でも肺炎などを引き起こして重篤症状を出した者は、治療に2週間以上を有することになった。
最も、重たい肺炎症状を引き起こした者はさらに臓器不全などを引き起こして死亡する事例も見られるようになった。
街を巡回する兵士達の口元には布マスクが充てられており、一定の距離を取って話すことが義務化されたため、銃や剣を構えた兵士達が巡回をしている。
現在フロリダの街では、外出許可証が発効された住民以外が外出することを禁じている。
主に金属製のプレートに何時から何時まで外出を許可する旨を掲げたプレートを身に着けなければならない上に、マスク着用必須であり、布マスクを身に着けていなければならない。
これは子供でも老人でも例外ない。
そのため、いつも賑わっている市場ですら人の気配はなく、一部感染が拡大している地域に至っては配給制となってからは補給部隊から選出された兵士が各家庭に対して、決められた分の食糧を配給しているが、この配給制についても人種間の差別が起きないように均一かつ例外的な事例が生じないように、住民調査を行って必要な分の配給を執り行っているのである。
配給を行っているのは主に補給部隊の面々であり、配給物資が盗まれないように護衛の兵士が同行し、荷車一杯に載せている。古参兵と今回予備役から招集された新人の兵士が荷車を押しながら会話を行う。
「こっちの地区の見回りは終わりそうですね……」
「そうだな……ここも異常なしだ。本来俺たち後方支援要員は比較的戦闘要員に比べたら暇だと言われているが……こんな感じで流感が流行っている状態ではどうしようもないな……」
「ええ、幸い俺たちは感染していないですけど、今朝は第4小隊で感染が確認されましたからね……その分の仕事も回されるのはキツイですよ……」
「仕方ないさ。第4小隊の分は医療物資も含まれているからな……何分、まだフランス軍はこれでもマシなほうだ。スペイン軍やポルトガル軍は一部が機能不全に陥っている状態になっていると聞いている。何分も流感によって感染が広がっている地域で活動していたからな……その分、罹患者が多く出て、その分のリソースを割かれている状態だ。まだフランス軍は自分達で何とか回るからマシだぞ?」
「そんなに酷い状態なのですか……?」
「部隊長から聞いた話によれば、スペイン軍やポルトガル軍の多くで現地で羽目を外して遊んでいた連中が多くいたらしくてな……フランス軍は基本的に自分達で用意した酒保や慰安所で事を済ませていたが、彼らは現地での外出に積極的に容認していたからな……結果として、遊んでいる事が多かった部隊の多くが流感に感染して、今じゃフロリダにいるスペイン軍やポルトガル軍で想定以上の感染者が出ているって話だ」
フロリダにおいては占領を行っていたフランス軍、スペイン軍、ポルトガル軍の3カ国の軍隊で感染が確認され、いずれも全軍に対してマスクの着用徹底と手洗いを重点的に行うように命令が出されたのである。
これらの軍隊内部での感染では主に罹患した者の多くが占領下に置いているバーなどで飲食を行い、大声で歌を歌うなどの行為が行っており、そこで飛沫感染を通じて感染が広がっていったのである。
最初こそ、遊びに行った兵士達の間で風邪が流行していると思われていたが、次第に肺炎などの症状を引き起こす症状に発展し、罹患者の中でも20人に1人の割合で劇症となって死に至る。
一人、また一人と病で倒れていくことによって危機感を募らせた時には、既にスペイン軍やポルトガル軍のリソースを上回るペースで軍内部で罹患者が出てしまっていたのである。
スペイン軍やポルトガル軍ではフランス軍よりもマスク着用が遅れた影響もあってか、すでに両軍の罹患者は3000名を超えており、重篤化によって肺呼吸が出来なくなって死亡した者などが150名を超える事態となっているのである。
天然痘やペストに比べたら致死率はそこまで高くはないが、依然として多くの兵士の間で免疫を持った者が少なく、罹患すれば最低3日は寝込む病が流行してしまったことで、軍のパフォーマンス能力は低下している。
この流感から回復した者であっても、以前に比べて体力が衰えて20kgの砂袋を持ち運べないほどに筋力が低下した例や、不眠などを訴える兵士も多くいるため、軍では罹患者が出ている宿舎を閉鎖するなどの対応に追われているのだ。
こうした状況ということもあってか、スペイン軍やポルトガル軍では警備のために回している哨戒任務を行う部隊の数を減らして感染対策のために回している程であった。
「噂によれば、天然痘やペストみたいに劇症症状が少ない分、感染する力の強い病ではないかと言われているからな……ちゃんと手洗いとマスクを徹底しておけよ?俺たちだっていつ罹患するか分からないからな……」
「そうですね……ただ、冬場ではなかったのは幸いでしたね。冬場ではどうしても乾燥した部屋に密集しがちになってしまうので……」
「ああ、だからこの流感が治まるまではしばらく娯楽も制限されるが、なるべく一人でも楽しめるような読書や飲食を薦めているからな。それに酒保も配給を配っている任務の俺たちには、一本無償でワインが飲める制度があるからな。新入り、これが終わったら酒が飲めるぞ」
「……!それはいいですね……俄然とやる気が出てきましたよ!」
「よし、それじゃあ次の配給場所までもうひと頑張りだ!気合い入れていくぞ!」
「はい!」
フランス軍が幸運だったのは、自軍内部での衛生管理を徹底させていた事もさることながら、ベルリンの戦いの際に、ペスト対策のために対応に当たっていた衛生部隊が偶然にもフロリダに駐留しており、感染初期の段階で感染者との接触があった者を隔離し、マスク着用と手洗いを徹底させたことがスペイン軍やポルトガル軍との命運を分けたのである。
フランス軍は本国に対して救援要請を行い、占領地域で不足気味となっているマスクや消毒用のアルコール溶液、そして流感への対応として服用されている麻黄湯の輸送を行い、フランス軍内やスペイン軍やポルトガル軍への配布、それから一般市民向けの医療物資なども大型帆船を使って持ち込んできたのである。
フロリダの地において、占領地の住民のことを考えた政策に対して、当事者である市民は大いに歓喜した。この地においてフランス軍が市民からの信頼を勝ち取る大きな要因の一つとなった。
それと同時に、免疫能力が衰えている老人や病人への治療が急務となっており、特に身寄りのない人が流感から肺炎などの劇症症状を引き起こして亡くなり、そのまま日数が経って異臭がして死亡していることが発覚する事例が増え始めたのである。




