1069:極東見聞録(下)
1797年4月3日
中国 白蓮教支配地域 雲南 大理
雲南には多くの中国系イスラム教徒が暮らしており、彼らは主に回族としてその地位を守っていた。
ただ、回族いえど仏教を主体とする清王朝政権下においては弾圧の対象であり、彼らの教えであるイスラームの考え方などを制約下に抑えられたり、漢民族の中でも過激な思想を持った者達が回族の者を襲撃する事例が後を絶たず、そういった襲撃で死傷者が出ても中央政府からは御咎めなしという有様であった。
そして、悲運な事にそれは白蓮教になっても変わらなかった。
それは回族の主な教えを行う場である清真寺ですら、その被害を免れない。
清真寺の代表者であるアホンと呼ばれている宗教指導者は、新しく出された御触れに戸惑っていたのである。
「そんな……清真寺を取壊しですか?!つい先月に白蓮教の方には正式に許可の御触れを貰っておりますぞ!」
「事情が変わったのです。白蓮教の教えをしていないという報告が部下から寄せられているのです。今すぐに清真寺にある聖典を白蓮教のものに取り換えなければ、我々は無慈悲にもこの寺を破壊するだろう」
「これまでの教えを捨てろと仰るのですか……」
「……有り難くも秩序の破局から身を救うために、こうして我々が警告と忠告をしているではないか。あなた方の教本を白蓮教のものにすればいいのだ。これは仏様の慈悲でもあり、かつての清王朝のような暴虐な振る舞いをしないだけ高徳である証でもあるのです」
白蓮教の教徒がアホンに突き出したのは、回族が代々大切に受け継いできたイスラム教徒の教えである大切な聖典を放棄し、白蓮教の教えを忠実に履行せよという命令であった。
これを拒否すれば白蓮教に対する離反の意思ありと見なされて、即座に清真寺の取り壊しと財産没収、また指導者であるアホンの逮捕と身内の拘束を地域の白蓮教の指導部管轄の下で認めるというものであった。
当然ながらこれに反発こそしたかったが、アホンにはそれが出来なかった。
何故なら、すでに目の前に来ている者達の多くが武装していたからだ。
白蓮教徒の白い衣を身に纏い、斧や鍬、さらには槌を握りしめた者達が今か今かと待ち構えているのである。当然ながら、彼らを抑える役割をしているのは目の前に通告を出してきた者であり、彼が『破壊』を指示すれば、後ろに構えている者達は我先にと襲い掛かってくるのは目に見えている。
アホンは泣く泣く、寺に置かれていた聖典を差し出すしかなかった。
無論、全ての教本を差し出したわけではなく、火災などに備えて地下に締まっていた複数の聖典は無事であったが、差し出された回族が大切にしていた聖典は、目の前で焚書される運命となった。
焚書に遭い、聖典が燃やされていく光景は見るに堪えないものであった。
白蓮教の教徒たちは燃え盛る聖典を見ながら歓喜しており、待ってましたと言わんばかりに白蓮教の教えを説いた本を押し付けたのであった。
「この教本を回教の者達に読ませて熟読できるように努力しなさい」
「我々のように徳を積んで弥勒菩薩様の救いがある人生を歩むために必要な行為でもあります」
「分かりましたか?」
「は……はい……」
白蓮教の指導者と教徒たちは満足そうに笑いながら帰っていく。
それをアホンはただ呆然と見つめるしかなかった。
無論、全ての回教の宗教指導者がこの事態に対して指をくわえて見ていたわけではない。
いくつかのアホンは宗派を超えて地下組織を作りあげて、どの清真寺に白蓮教の教徒たちが押し寄せて焚書を迫ったのかを逐一報告しており、この日も行われた焚書に対してもその報告が行われたのである。
「今日だけでも3件の清真寺で焚書と改宗を迫る行為が行われております。中には信者の持っていた聖典を奪って火の中に投げ込んだ事例もあります」
「恐ろしい……何故そのような事を平然とやってのけるのだ……あの清王朝ですら聖典の保持は認めていたのに……」
「我々の教えと白蓮教の教えが根本的に異なっている事が原因なのでしょう……白蓮教は元々がマニ教から分派した宗派だと伺っております。仏教の教えと二元論を主軸にした教えを融合させたために、終末論を以って神……弥勒菩薩からの救済を願っているとのことです」
「救済か……それが出来れば我々だって苦労はせんよ。焚書を行っている以上、漢民族の中でも白蓮教にのめり込んでいる者が更に過激になって我々を迫害する行為を行ってくるかもしれん……いざという時に備えて武器の準備だけでも進めていくべきではないかね?」
回族の中でも宗教指導者の多くが漢民族との宗教的対立が今後さらに激化することを予想する意見が多かった。これは、彼らの宗派が少数派である事と、白蓮教に入信した漢民族の多くがそれ相応の地位を獲得してこれまでに虐げられてきた立場から一転して虐げる立場に成り代わってしまったことが挙げられる。
これらの漢民族の間では、仏教徒というよりも漢民族という大多数の割合を占める民族の多くが少数民族によって支配・統治される傾向が強かったのである。
元はモンゴル、清は満州人によって支配、統治されており、清王朝時代において重要な役職などは全て満州系の人物が権力を掌握するようになっていた。
それが数百年ぶりに漢民族の権力が復興したことで、彼らは漢民族としての大多数派としての姿勢を貫くようになり、これに加えて白蓮教の教えも混じり合った終末思想論と、その終末論に溶け込むように『この地獄のような世の中から救い出せるのは白蓮教の教えを信じる教徒のみが救われる』という認識を強く持つようになった。
その認識からズレている宗教団体に対する圧力を強めており、同じ仏教徒の真言宗などの宗派であっても、白蓮教の教えを守っていない事が判明すれば、その寺の取り潰しを行って仏典を燃やす行為を起こすことが多かったのである。
これは歴史ある寺であっても例外ではなく、彼らの拠り所を邪魔する宗派は一切受け付けず、改宗か死を選ばされることもあったとされている。
特に、そのやり玉に挙がったのがイスラム教を信仰している回族の人達であり、元々彼らは差別される立場であったことから、これらの宗教弾圧に対しても清王朝政権下より激しく弾圧するようになったのである。
「我々の教えを白蓮教に変えなければならないだと……清王朝よりも最悪ではないか」
「おまけに回族における聖典の焚書なども過激化しつつあるという報告が挙がっております。少なくとも、表向きは白蓮教の教えを守っているように見せないといけませんね……」
「ならば我々は隠れて信仰できるように地下に祈りを捧げる場を設けておくしかないな。無理に反発すれば回族弾圧を正当化する材料になりかねん」
こうして、回族の多くの寺院でイスラム教の教えである聖典の保管と、表向きは白蓮教の教えを守っているように見せるために信者たちに対して白蓮教の教えを読ませた上で、希望者のみを地下の礼拝で祈りを捧げるようになったのである。
彼らは教えを守りながら、自分達のアイデンティティを護るために下した決断であり、これによって回族への弾圧は少しだけ緩むのであった。




