105:Dance&Electronics
☆ ☆ ☆
社交ダンス会の時間がやって来た。
中庭だけでなく鏡の間からアポロンの泉水あたりまで大勢の人だかりが出来ている。
招待客が宮殿への来場招待券を手にやって来ている頃合いでもあるからね。
国王たるものダンスも嗜みの一つだ。
ダンスの振り付けもおおよそ覚えてきたって感じだ。
今日の服装は動きやすいものをチョイスしたんだ。
青紫色をベースにした礼服だ。
この時代、紫色といえば中々天然素材で採れるのが難しかったので、染料としてもかなり高いという。
この礼服を作る予算があれば別の礼服5着ができるぐらいには高い。
そこまで高い衣装はいらないよと思ったのだが、この礼服は国土管理局のメンバーや俺を慕ってくれている人々からプレゼントされたものなので、いらないといって無碍にしてしまうのはどうかと思い、せっかくなので着ている所である。
着心地は悪くはない。
夏ではあるけど、夏のムシムシとした暑さとは無縁のような風通しの良い衣装だ。
この礼服はカラーリングなどを含めても王族関係者に許された特権のようだ。
よく見たらブルボン家の紋章が刺繍されているし、かなり豪勢な作りとなっている。
現代の価値で換算したら億単位の値段がつきそうだ。
「国王陛下が入場されます!!!」
召使い長が大きな声で鏡の間に通じる扉を開けてくれた。
するとどうだろうか。
その声と同時に大勢の人達が俺の方に視線を突き付けてきたではないか!
「「「ルイ16世陛下万歳!国王陛下お誕生日おめでとうございます!」」」
転生前はいつもログインしているスマホゲームのキャラクターぐらいしか「誕生日おめでとう!」と言われなかった俺だが、やはり国王という国のトップということもあってか、数百人以上から祝福されるのは初めてだ。
こんなに大勢の人達からお誕生日おめでとうコールを受けたのは初めてだな。
嬉しくて涙が出そうだ。
で、早速顔見知りの女性が先陣を切って俺に会いにきてくれたのだ。
やってきたのは香水屋メルヴュー・ソ・レロンを主人と切り盛りしている貴婦人ドミニク・コレットこと、マダム・ドミニクであった。
「国王陛下!お誕生日おめでとうございます!これ、皆さんで摘んできた花です!受け取ってください!」
「ああ、ありがとう。マダム・ドミニク……これはアイリスかい?」
「はい!フランスがもっと繁栄するようにとの願いを込めて持ってきました」
「ありがとう。では早速部屋に飾るとしよう……召使い長、この花を部屋に置いてきてくれ」
「畏まりました」
召使い長がマダム・ドミニクから受け取ったアイリスを部屋に置いてきている間。
俺はマダム・ドミニクを含めた改革派の人達と無難な会話に勤しむことにした。
するとマダム・ドミニクからかなり耳寄りな情報が入ってきたのだ。
「ところで、パリの様子はどんな感じですか?最近はパリではカフェの新規開店が相次いでいると聞いたけど……」
「ええ、私が知っているだけでも近所に3軒もカフェが出来ました。カフェに通う人達が増えて新規開店をしても何処も直ぐに満員になってしまうそうですよ」
「直ぐに満員に?それは何故だい?」
「陛下が御進めなさっているブルボンの改革について討論を行う場所として最適なのだそうです。パリ大学や専門学校……最近ではオーストリアからの留学生もカフェに通い詰めてコーヒーや食事を取りながら、大勢の人達と討論する事が流行っているのだそうです」
「成程、若い世代が討論に勤しむのはいい事だな」
「いえ、若い世代だけではなく大学教授や年配の方も討論に参加しているそうですよ」
「……それはスゴイな」
カフェで討論をするというのは史実フランスでも行われていたことだ。
特にフランス革命前後にはカフェというのは情報交換をするのにうってつけの場所でもあったし、何よりも固定客が常にいてくれたのでカフェ側としても利益になるので大目に見ていたそうだ。
ブルボンの改革に関する討論は連日連夜パリ中で行われているらしく、改革派だけではない普通の市民も参加して改革だけでなく社会問題についても討論を行うという。
「討論が盛り上がっているとなれば、いつか私も行った方がいいかな?」
「もし国王陛下が街のカフェに突然現れたら皆さんきっと驚きますよ」
「そうだね、でも気になるな……いつか機会があれば行くとしよう。その時にはマダム・ドミニクのお店にも寄るよ」
「ありがとうございます!」
マダム・ドミニクへの配慮も忘れずに。
続いて他の人達にも挨拶やお世辞なども済ませておく。
国王という事も相まってか、すぐに改革派の人達が取り囲んできて挨拶をしてきたのだ。
改革派の新参者ではあるが、彼らは悪気があってやっているのではない。
むしろこうして身分階級の違いなく人々と接する機会というのが大事なんだ。
この時代には特にね。
改革を行うにあたって必要なことは階級など関係なく、世の中をより良く変えていこうとする心構えを持った人々を大勢持つことだ。
それが今、こうして芽生え始めているのは実に良い事であった。
「王妃様がお入りになります!」
いよいよアントワネットも衣装を整えてやって来たようだ。
さて、先ずは彼女と一緒にダンスをしようじゃないか。
嫁さんのダンスをエスコートするのも旦那である俺の務めだ。
大勢の人達が見守る中、アントワネットは意気揚々とランバル公妃とルイーズ・マリー夫人の三人と共に鏡の間にやって来たのであった。