1063:ストックホルム
そして、スウェーデン側が入手した情報を見せてもらったが、スウェーデンはストックホルムで北米複合産業共同体が隠れ蓑として活動していたスコットランドやプロイセン王国系の住民らで構成されたスパイ組織の摘発を実施したという。それぞれの国が内戦と戦争で敗れた後、複数の人間が欧州各国に避難や亡命を図った際に、スウェーデンも避難や亡命先の一つとして選定されていたのだ。
そのストックホルムにおいても、北米複合産業共同体のスパイ網と組織が形成されていたらしく、ストックホルムにおいて大規模な摘発が行われていた際には、貧困層を中心にこの問題が社会問題の一環として根深く入り込んでいる事態になっていたと語っていた。
「ストックホルムにおいても、北米複合産業共同体の拠点が摘発されました。これらの摘発拠点には人材派遣事業と称して不法移民や難民の人々の人身売買などを行っており、難民などを低賃金で働かせて違法な薬物であったり、少年少女らに対して風営法に違反するサービスを提供する店に斡旋する事業を隠れ蓑にして行っていたことが判明しております。これらの少年少女たちを保護しましたが、複数名が酷使されて働いた影響で重度の性病に罹患しており、うち数名は保護をして数日後に死亡しております」
「なんとひどい……」
人材派遣事業を手掛けていただけに、行き場の無い人々を言葉巧みに騙して低賃金なブラック企業であったり性産業などに仲介を行い、その際に稼いだ金額の2割から3割を紹介料として懐に納めていたようである。
仲介事業者という扱いになる上に、こうした人々から多額の現金を巻き上げていたようである。
また、北米複合産業共同体のスパイたちが賢かったのは、これらの産業を買収した際に現地のスウェーデン人を表向きの代表者としたことで、スウェーデン側の合法企業が行っていたこともあり、人材斡旋などが役所などから見逃されていたという点である。
「人材派遣事業を隠れ蓑にしていた事もあり、ストックホルムの中でも人目に付きにくい貧困街を中心に、そういった事業を展開していたのも彼らにとって都合のいい状態だったのでしょう。我々の捜査でも密告者からの報告が無かったために、これらの事態を把握するまでに時間が掛かってしましました……貧困街故に、人身売買なども暗黙の了解として黙認されていた場所を選んで2年間に渡って最低でも50万リーブル相当の資金を荒稼ぎしていたそうです」
「50万リーブル……だが、それはまだ把握できた数だろう?」
「仰る通りです。人材派遣事業故に人の繋がりが深い海運業界や輸送業界にもこれらの難民や亡命者の労働力を斡旋している業種でもあったのです。判明しているだけでも違法な会社に斡旋された人物だけで9千人規模に膨れ上がっており、グスタフ陛下はこの問題に対して勅令を以って対処することを命じております」
問題が発覚した時点で、これらの人材派遣業で多額の資金を獲得しており、それに加えて違法産業などにも手を出していたことで彼らは力をつけることが出来てしまっていたようだ。
スウェーデンのストックホルムにある移民居住区に割り振られた事務所の中で、北米複合産業共同体の息が掛かっているとされる拠点を発見し、強制捜査としてスウェーデンの王立警察が突入してその場にいた者達を確保。
事務所の中から税務署に申請がされていない複数の金塊や多額の現金が押収され、隠れ蓑として運営していた人材派遣事業だけでなく、密貿易品として所持や使用が制限されている阿片などの輸出入を繰り返し、彼らの活動資金となっていたようだ。
薔薇十字団の残党の一部も難民に紛れてこのストックホルムに入り込んでスパイ網を通じて活動をしていたらしく、人材派遣という職業上表向きの顔も立つために活動に不審な点が見られなかったことで彼らは活動を実に4年に渡って行っていたという。
プロイセン王国が敗北して以降、王国支配地域に潜伏したグループと、スウェーデン側に密入国として渡ったグループがあり、両者は第三国を通じて連絡を取り合っており、その第三国こそメキシコであったとされている。
故に、メキシコ経由で植民地政府の高官を買収して身分証などの公文書を作成し、公文書上ではスペイン系移民として堂々と活動をしていたという。
また4年前に赤字経営が続いていた人材派遣会社を買収、この経営陣らを刷新した上で、スウェーデンの現地協力者を雇い入れた上で表向きは様々な企業に人材をリクルートする会社として会社経営を続けていた。
特にプロイセン王国出身者の難民に対して人身売買に最適な人物などを率先して良い仕事に付けると称して売買したり、言葉巧みに誘い出して違法な産業に仕事を斡旋したりして稼いでいた。
また、裏社会との繋がりも兼ねて北米複合産業共同体のスパイたちにとっても貴重な外貨獲得の資金源となり、この資金源を元本にして人材派遣事業から系列の企業を作り、着々と配下の現地住民を社員として教育し協力関係を構築していったという。
そして何よりも、メキシコへの政治介入と体制転換、これに加えて制海権側が欧州協定機構軍によって航路が取られてしまった事で、北米複合産業共同体に戻る手段と連絡がなくなってしまったために、第三者に成りすまして行動を行い、彼らは独自に行動を開始。
特に人材派遣などを扱う業種の中でもそこそこ規模の大きい会社を買収して斡旋を行っていたことで、裏社会への人材を派遣して経営者としての関係を構築していたのも大きい。
ストックホルムに拠点を置いていた北米複合産業共同体のスパイたちの目的は、終戦後における北米複合産業共同体が解体された後にも活動ができるように帰還できる場所を構築することが目的だったようだ。
戦争が終わって新体制が発足したとしても、北米複合産業共同体において経営の上層部……国家で言う所の局長クラスの人間などは極刑を免れない。
故に、彼らをスウェーデン側の中でも色仕掛けで内通関係を持たせた佐官クラスの海軍軍人と協力して秘密裏にこれらの人物を脱出できるように手筈を整えていたという。
この事が露呈した切っ掛けが密告であったとされているのも、色仕掛けで嵌められた高級軍人が自責の念に駆られて、海軍本部の信頼できる将校に相談として悩みを打ち明けたことが切っ掛けで判明したという。
高級軍人は降格と左遷処分になったそうだが、それでも全面的に捜査に協力したこともあって処刑や軍籍剥奪などの処分に至らなかっただけ幸運だろう。
主にスウェーデン側の場合はケルン側との連絡手段を残していたらしく、ケルンからの小包などが摘発された居酒屋と宿屋が合わさった宿泊施設から送られてきたものと一致したようだ。
これらの事案を含めて、ケルン・メキシコ・スウェーデン・スペインで行われていた北米複合産業共同体のスパイや薔薇十字団の残党による行動が露見される事となったのである。




