1038:低糖
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1796年10月9日
フランス ヴェルサイユ宮殿
肌寒い日も増えてきた今日この頃、オーギュスト様は北米複合産業共同体との戦争について戦況報告を聞いておりました。戦線は欧州協定機構軍が有利に進めているそうで、このままの調子でいけば今年の末までには南部地域の制圧が完了するとのことです。
戦況報告を聞き終えたオーギュスト様は、椅子に深々と腰掛けて大きく息を吐いておりました。
「はぁー……戦争も好き好んでやるものではないし、このまま相手が停戦に持ち込んでくれれば大の字なんだけどなぁ……」
「お疲れ様ですわ……北米複合産業共同体の件はどうです?」
「良くも悪くも順調……といったところだな……南部地域では虐げられていた有色人種の人達も解放できたし、多くの地域でフランスやスウェーデンの軍隊からの支援物資を受け取って人々が仕事に戻ってくれているよ。過剰なまでにノルマを課していたのも終わりにして、生産量なども受注する代わりに出来る範囲かつ無理な残業をさせないように労働基準を設けたからね……あの国は企業国家だけに残業という概念が無かったんだよ」
「それは……夜遅くまで仕事をしている事が”普通”だったのですか?」
「そうだよ、しかも大勢の人達が朝7時から夜10時以降まで働かされていたんだ……それでいて休みは日曜日のみ、場合によってはその休日すら無くて常に仕事に振り回されるような日々を過ごしていたようだね……彼らは辛い想いをしていたに違いないよ……」
オーギュスト様は彼らの境遇を親身になって聞いており、それを聞いて嘆かわしい事だとぼやいておりました。曰く、二等市民であっても長時間労働を強いられており、不労所得のように報告だけを聞いて過ごしていればいいような人達は、全体の僅か1割にも満たない特権階級の人達のために多くの国民が重労働と長時間労働を強いられていたという点です。
特に、有色人種の方々は二等市民になることは出来ずに、必要最低限の生活を強いられる生活を余儀なくされていたそうです。
おまけに、これらの地域では監督官や地主、それに有色人種を虐げていた白人兵士などが相次いで襲撃されて死亡する事案が発生していることから、彼らを守るために軍施設に収監をしているそうです。
「何と言っても、労働環境が劣悪な場所が多いからね……占領地の南部に関しては重労働を強いていた監督官と呼ばれている人達に対しての裁判も行われているんだよ」
「監督官に……ですか?」
「うん、彼らは上層部に良い決算報告書を持ってくるために労働者に対して過剰なノルマを強いて身体を壊すようなやり方で働かせていたんだ。そして、ノルマを達成できないと判断すれば責任者を三等市民から選抜して全ての責任を押し付けて自分は責任逃れを起こす……そういった悪い人達が大勢いたんだよ。だから占領地において監督官に対する暴行事件なども起きているからね……だから、彼らを守ると同時に犯罪行為によって多くの有色人種が酷使されたことも鑑みて、彼らに対する裁判を行うために身柄を保護しているんだよ。じゃないと暴走した市民によって集団で暴行されて死亡する事案が起きているからね……」
「そんなに……でも、そうでもしないと守れないという事でもあるんですね……」
「ああ、悲しいことではあるが監督官の多くは既に軍施設で収監状態だよ。そうでもしないと飢えたライオンに肉を投げるような状況になり兼ねないからね……」
オーギュスト様曰く、有色人種が受けてきた差別や迫害などを踏まえてその反動がやってきていると語っておりました。監督官や地主の家に押し入った有色人種の人達が軒並み暴徒と化して彼らを吊るし首にしていたり、高層の建物から突き飛ばして殺害する事案がこれまでに8回も確認されているそうです。
多くの人々がこの暴徒に対して口を閉ざしており、彼らは暴徒に対して酷く恐怖をしているとのことです。
「今まで散々イジメをしても殴り返して来ない相手だったから、それが一気に立場が変わったことで恐れているんだろう……フランスやスウェーデン軍が街に入城した際には、有色人種の市民が蜂起を起こして市長などを倒して迎え入れた街もあったと聞いている。それぐらいに、彼らはやり過ぎていたんだよ」
「ですが、流石に裁判を受けずにそのまま集団でリンチや殺害をするのはよろしくないですよね……」
「ああ、その通りだ。問題を起こした責任者は処罰を受けるべきなんだけど、彼らが自首をした際にもフランスやスウェーデン軍で匿ってくれと泣きついてきたぐらいだからね……自らの罪を認める代わりに暴徒から襲われないようにしないと、彼らに集団暴行されて死亡してしまう……自分達の立場が変わってからようやく気づいたというべきかな……彼らも上層部からのノルマを達成させるために起こしていた面も考えれば、北米複合産業共同体による被害者でもあるんだ。必ずトップの責任は取らせるべきだよ」
北米複合産業共同体のトップ……彼らは毎日ニューヨークにて贅沢三昧の生活をしており、聞いた話によれば北米で採掘された宝石などをこれでもかと言う程に身に着けて、縁者や気に入った友人などを誘って毎日のようにパーティーを開いているとのことです。
ニューヨークの一角にある特別居住区という場所において、一歩も出ずに何不自由なく暮らしている事も相まって、北米複合産業共同体の格差の象徴とも言われているほどです。
二等市民や三等市民の多くが強制労働を強いられており、まさに雲泥の差ともいえる状況なのです。政治権力を有している者達の多くが、このような状況下においても優雅な生活を満喫しており、彼らが豪華な食事が食べられるように食材などを生産している業者などに高級フルーツや品質の高いワインなどを生産してもってくるように命令を出しているのだそうです。
その一方で、市民の大部分は配給制になった食糧体制下で生活しており、南部の穀倉地帯や阿片を生産していた地域が抑えられたことで、小麦や野菜などが不足するようになってきているのだそうです。
元々南部地域は穀倉や綿花、それに阿片などを栽培して生計を立てている集団農業が多い地域でもありました。この地域を欧州協定機構軍が占領したことで、東海岸地域の中でも穀倉地帯として重宝されていた農業地域の20%近くが失われたことになり、ここの食糧を主に三等市民向けに生産されていた物が多く、これらの食糧生産の代用が見つからない状況となっている現状では、北米複合産業共同体も火の車といった状態なのです。
「いずれにしても、北米複合産業共同体はやり過ぎた。そのツケを返してもらう……それが終われば、欧州に平和と秩序が戻るんだ……」
オーギュスト様はそう語ってこの戦争が終結できるように、政治家としても活動を行っていくことを確認しておりました。私にも出来る事があれば……オーギュスト様を支えるのです……。




