1037:特別自治区
会議も北米複合産業共同体への戦争継続で一致した後に、東ヨーロッパ地域にいるユダヤ人についての議題が上がったのだ。
これは内戦を続けていたロシア帝国と救世ロシア神国、さらにベラルーシ方面のミンスクに籠っていた旧ロシア帝国との間で繰り広げられていた戦争の結果、東方地域に居住していた大勢のユダヤ人が難民となって中央ヨーロッパ諸国に退避をして、その事が社会問題になりつつあるというものであった。
難民問題はシビアでデリケートな問題ではあるが、これを放置していれば欧州協定機構加盟国内で軋轢が産まれてしまう。議題に挙げたのは東ヨーロッパ諸国に面しているポーランドやクラクフ、オーストリアなどが共同で議題に挙げたのだ。
「ポーランドやクラクフ共和国、それにオーストリアにも大勢のユダヤ人やユダヤ系の人達が難民として入ってきております。欧州協定機構加盟国全体で合わせると約60万人以上……既に現地民との間で対立や差別運動なども起こっており、これらの事案に対処するべく憲兵隊が出動する騒ぎにもなっております」
「祖国に帰った者も少なからずおりますが……多くのユダヤ系住民は現地にて迫害されて虐殺されたと述べておりました。救世ロシア神国軍の占領地域ではそれが顕著に現れており、多くのユダヤ系住民が富を不当に蓄えているという救世ロシア神国側の大義名分によって金品を略奪されただけでなく、暴行などを受けて望まない妊娠をさせられたり行方不明になった事案も多く発生しております」
「向こうでは、悪い事は全てユダヤ人が起こしたという考え方が強い地域もあるからな……その虐殺から逃れるために逃げてきた人達が大勢いるということだ」
「故に、新ロシア帝国による治安安定化を行っても、これらの事案が発生したことを受けて帰国を拒んでいる者が多いのです」
「60万人もの人々が難民化しているのはマズいことだな……フランスでもプロイセン王国との戦いでユダヤ系住民を数万人受け入れはしているが、こちらでは最大でも7~10万人程度が限界だな……」
「集団虐殺が各地で行われたこともあり、旧ロシア帝国領などにいたユダヤ人やユダヤ系住民の多くが安住の地を求めて西に移動しているのです……」
ユダヤ人やユダヤ系住民に対するジェノサイドはナチスの特権ではなく、これは16世紀頃から反ユダヤ主義的な思想がヨーロッパでも広がっており、かの宗教改革を敢行したルターですら反ユダヤ主義をアクセル全開で書いた書籍が発行されているぐらいだ。
どのくらいの内容かと言えば、ユダヤ系住民の持っている家を強制接収して、ユダヤ教の教本を没収し、彼らの金を没収して農奴階級に落とせというものだ。
差別全開であったが、これが当時は「許されていた」ことも考えれば、反ユダヤ主義的な思想が古くからあるのも事実なのだ。その事実から目を背けてはならないのである。
反ユダヤ主義の代表的な書籍である「シオン賢者の議定書」に影響を受けたヒトラーやナチス党、それに追随していた者達が反ユダヤ主義を正当化する内容であったように、今の時代から百年前の書籍でも反ユダヤ主義を堂々と謳い、それが公然と認められているような状態であったことを考えれば、迫害や差別、それに伴う集団虐殺なども許容されていた時代でもある。
「ユダヤ人やユダヤ系住民の避難先などもポーランドやクラクフなどが負担しておりますが、住民の中には反ユダヤ主義的言動や行動を行おうとする者達が後を絶たない状況なのです。フランスでも受け入れなどを行っておりますが……」
「既にフランスでもロシアから避難してきたユダヤ人やユダヤ系住民の保護を行っておりますが、それでも基礎言語が異なっていることもあって、集団に馴染めずに引きこもってしまう人もいらっしゃいます。こうした事態を受けて、現在フランスでは在仏ユダヤ協会の者達が支援を行っておりますが、常に人手不足です。段階的な受け入れは可能かもしれないですが、それでもこのままでは30万人以上のユダヤ人やユダヤ系住民の多くが集団隔離地域への居住を余儀なくされます」
「隔離地域……あれはもう欧州協定機構加盟国においてペストなどの感染症が流行した場合のみに設定するものであり、人種によって隔離をすることは禁じているはずでは?」
「それが、ユダヤ人やユダヤ系住民への反発を主張している貴族や商人が少なくないのです。フランスを主軸に作られた人種平等法を批准していても、都市部以外では厳守されていない地域もあるのです……」
ロシア地域においてはポグロムという名称で近世時代から行われていた集団虐殺であり、貴族や皇帝にたてつくことが出来ない代わりにサンドバッグとなってくれる人種としてユダヤ人やユダヤ系をルーツに持つ人達が虐殺の標的にされていたのだ。
そして、それはロシアだけではなく、こういった反ユダヤ主義的な思想を古くから影響を受けている人達が、難民となっているユダヤ人に対して心許ない事を発言したり、暴力的な行動を起こしてしまう輩が一定数居るのだ。
ヨーロッパ諸国でも、反ユダヤ主義的な考え方が根深い地域もあり、これらの地域には難民などを移住させないように配慮しなければならず、結果として受け入れに寛容であるユダヤ人街などに移してもらっているが、それでも土地の問題も鑑みればいずれピークに達してしまうだろう。
そこで、北米複合産業共同体を降伏ないし北部地域まで追いやった際にユダヤ人やユダヤ系住民のアメリカ南部地域への集団移住を手助けし、干渉国家として建設する案が浮上しているのである。
「現在我々が占領下に置いているフロリダやミシシッピですが、これらの土地に集団移住を行う案も浮上しております。幸い、これらの地域に干渉国家として誕生できるのであれば、建設や土地の所有を巡って争うことはほぼないかと思います」
「これらの地域は多くの人々がいるはずだが……それは都市郊外に移住を促すという事かね?」
「はい、現地の占領民の扱いですが徹底した市民間での階級がありましたので、これを廃止し平等にします。多くのユダヤ系住民が移住を行う場所などは港湾を整備し、沿岸都市や内陸部の中継拠点として活動できるように整備計画を行う予定でもあります」
「整備計画か……欧州協定機構加盟国が支援を出して街を作る……そこに住んでもらうという事か……」
「計画には数年かかる予定ですが、いずれにしても北米複合産業共同体を倒しきれなかった場合には、かの南部地域に国家を誕生させ、その地域において防衛を担う最前線の国家となります。5年……いや、10年近く掛かるかもしれませんが、将来北米大陸との間で交易が盛んになれば重要な拠点となる事でしょう」
北米複合産業共同体を倒しきれずに占領した南部地域を干渉国家として独立させる。
その際に、ユダヤ系住民を移住させて国家を作る……か……。
それも悪くはないかもしれないが、既に移民としてやってきている人達も南部地域には住んでいる。
彼らとの軋轢を生まないためにも、各国と連携して対策を講じる必要がある。
こうして会議は夜8時まで行われて、欧州協定機構加盟国での調整が進められることとになった。




