1028:緩やかな眠り
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1796年8月18日
ごきげんよう、マリーアントワネットですわ。
ジョゼフとの別れも終わり、今は気持ちの整理を行っています。
自慢の息子でしたが……病には勝てず、静かに息を引き取りました。
あの子が成人して妃を貰う事を夢見ていましたが、それもかないません。
弟のシャルルに関しては、ジョゼフの遺品であるノートを大切に保管して、読み返しているそうです。
いつまでも自慢の子供であったことを誇りに思いますわ。
あの子も、病気がなければ外で遊んだり自由にしていたと思いますが……それが唯一の心残りですね。
「王妃様、どうかなさいましたか?」
「いえ、大丈夫よ……ちょっと、まだ引きずっているだけよ。あの子の事を……紅茶を用意してくれるかしら?」
「はい、只今……」
いけませんわ。
やはりジョゼフの事を考えると胸が痛みます。
あの子に出来るだけのことはしたつもりでしたが……もっと早く妃を貰うようにオーギュスト様に進言するべきでした。
オーギュスト様はジョゼフの体調不良を理由に、病弱の王太子という烙印を押されてジョゼフが外交的に白眼視される事を心配していたのと、病気が寛解するまでは結婚は見送りたいとジョゼフ本人が申していたことから、結婚はしませんでした。
結果として、ジョゼフは独身のまま生涯を終えてしまったのです。
妻がいれば寄り添って色々と出来たかもしれませんが、誰もが献身的な妻とは限りません。
アマーリア姉さんのように、夫よりも他の男との浮気や乱痴気騒ぎに夢中になって、結果としてお母様から勘当を言い渡された人もいます。
王族関係者の中には、そうした不貞を働いたことで冷遇されたり、場合によっては病気や事故になってこの世を去るケースも多く見られます。
スペインの元王妃も、大貴族との間に不倫関係を持っていて、王宮を私物化しようとしていた疑いで王妃は幽閉され、大貴族は公開処刑されたそうです。
スペインの国王陛下は女性に対してどう接すればいいのか分からず、王妃となった女性の言うがままになっていたそうで、結果としてスペイン王妃による王宮権力の私物化が問題視され、宰相によって王妃の目論見は阻止されて、今現在ではフランスと同じく改革派が権力を掌握したとのことです。
(あの子が結婚していたとしても……その妻が病弱なジョゼフの事を愛することなく、他の男を現を抜かすようなことがあれば、私が叱っているか……もしくは国に返すような事態になっていたかもしれません。そうなれば反ってジョゼフの心身を疲弊させてしまう原因に繋がってしまうでしょう……)
元々身体が弱かったのもそうですが、病弱であったことで風邪を引きやすく、薬の処方なども医師を通じて行わせておりました。それまでは良かったのですが、流感に感染した時に肺炎も併発したことをきっかけに、身体の調子が悪くなり次第に症状が悪化していったことを鑑みれば、流感を皮切りにジョゼフの身体が消耗していったのではないでしょうか。
サンソン氏に聞いたところによれば、こうした流感による合併症で命を落とす人は珍しくないそうです。私の母であるテレジア女大公も、流感からの臓器不全を起こして最後は兄や姉たちに看取られて亡くなったと語っておりました。
流感に対する予防薬は今のところまだ発明はされておりません、手洗いとうがいを徹底するしか防ぐ手段がなく、かつ冬場に流行する場合にはマスクなども必要不可欠になってくるそうです。
ジョゼフはマスクも手洗いもしておりましたが、やはりどこかで流感が持ち込まれて感染してしまったのではないかと言われておりました……ただ、もし誰かが流感を持ち込んでいたとしても、流感は感染しても発症までに数日程度のタイムラグがあると聞いております。
感染した本人が発症しても単なる風邪として放置していたり、症状が軽い咳やクシャミが出ていた場合は無自覚に流感の毒を撒いている状態になってしまうのだそうです。
ですが、誰のせいでもありません。
流感は誰もが罹患する可能性のある病です。
ジョゼフは肺炎をこじらせてしまう程の重症を負い、そして病と戦ったのです。
決してあの子は弱い子ではなかったのです。
最後は安らかな顔で天に召されていきました……きっと、神様がジョゼフを天国に導いて下さったのでしょう。私にとって、あの子がいてくれたからこそ……私は王位継承者を産み育てた王妃としての箔も付きましたし、何よりもあの聡明な子は天からの贈り物だったのです。
(思えば、あの子は聡明な子でした……シャルルの面倒も見てくれた上に、兄として模範となるべく努力をしておりました……本当に、頑張り屋さんでしたね……)
ジョゼフは良い子です。
きっと、天国に行っても優しく誰とでも友達になれる性格です。今頃、お母さまたちと談話をしているのかもしれません。
あの子の最期が苦痛ではなく、安らかな顔で旅立ったのがせめてもの救いです
(ジョゼフは頑張ったわ……あの子がいてくれたからこそ、フランスも社会福祉に熱心に取り組むようになったわ……)
ジョゼフは社会福祉を通じてフランス国内だけでなく、ネーデルラントやプロイセン王国などにも支援を行っておりました。主に貧困層を中心に戦争で手足を失ったり、動かなくなってしまった人への社会復帰支援や、身寄りのない戦争孤児を集めて生活が出来る施設を作ったり……そして、病気で身体を悪くした人達への生活支援を行う団体も設立し、これまでに私費を通じて多くの人たちを救っていました。
自身の身体が病弱だったことも相俟って支援活動は表向きには、フランス政府の支援という事でしたが、実際にはジョゼフが代表となってこれらの支援事業に関して指示を出して、具体的な内容などの策定を行っていたそうです。
(オーギュスト様も、ジョゼフが活動を行っていた事を知っていたそうですが、ジョゼフが公開しないでほしいと頼んでいたそうですね……王族が関わっているとなると、そのプロジェクトに利権目的で参入しようとする人達がいるためだと伺っていましたが……)
ジョゼフが亡くなる直前まで、こうした支援団体のスポンサーであることを伏せられておりました。
理由としては本人からの話として、王族が支援を行っているとなると、それに目を付けて王族とのコネクションを構築するために第三者が参入をし、支援活動の実績がないにも拘らず無計画で杜撰な支援とは言い難いやり方をする傾向があった為だとオーギュスト様に説明したそうです。
確かに、カリブ海戦争の時にもサン=ドマング地域の復興支援の際に、悪徳業者が支援者の人数を騙して復興支援金を横領したり、避難民の収容施設において生活費と称して彼らに手渡したお金をピンハネを行うといった問題行為などが挙げられておりました。
ジョゼフはそういったことがないように、悪徳業者を寄せ付けない為に活動をしていたのです。
(あの子の功績を、後世に遺しておきましょう……それが親に課せられた使命です)
いずれ、ジョゼフの名を冠した政府の公的機関を設置し、戦災被災者や貧困層を助ける目的で活動する組織を作るつもりです。
ジョゼフ、貴方の名前が後世に語り継がれるためにも、私たちは貴方の事を忘れませんわ……。




