1027:風貌
メリッサとの会談も終わり、彼女の世話係をしている国土管理局の職員たちにも順番に挨拶を行った。
未来人の世話をしているということもあってか、色々と苦労しているのではないかと話を聞きにいったのだが、彼女たちは割とメリッサとは友好的な関係性を作っていると伺っている。
「メリッサとは上手くやっているかね?何か理不尽なことを言われたりしていないか?」
「とんでもございません。メリッサさんとお話する機会がありますが、とても良くしてもらっていますよ。これまでにも潜入捜査として監視対象となっていた人物の世話係をしたことがありましたが……それはもう酷い人のほうが多かったですよ。暴言は日常茶飯事でしたし、何よりも男性の場合は身体を触ってきたりする人もいましたし……メリッサさんとは良い関係を作っている状況ですね」
「それに、気さくで話をしていて楽しい方ですから、我々としても扱いやすいですね」
「それは良かった。何かあればすぐに報告をしてもらいたい」
関係は悪くない……それはいい事ではある。
ただ、メリッサが有利になったりこの屋敷から逃亡したいと申し出た場合には、すぐにその場で確保して拘禁するように指示を出した。メリッサがこの屋敷、ひいてはフランスから逃亡を図った場合、彼女の知識が悪用されて科学技術が飛躍的な発展を遂げることは言うまでもないが、フランスが独占できるであろう建築技術などが他国に流出するだろうし、何よりも思想が赤いので世界中で共産革命が起こってもおかしくはない。
そこまで極端ともいえるぐらいに嫌っているようではないのはいい事なのかもしれないが、友人としての関係になって屋敷からの脱走などを企てないように、デオンを通じて監視役にもお互いに裏切り行為をしていないか調査報告書を作るように命じている。
何と言っても、これが監視役を少数ではなく二人一組かつローテーション表を作って常に監視する体制を整えたかというと、一人になった場合に密談を交わされるリスクがあるからだ。
逃亡する意図が本人になくても、脱出できるタイミングがあれば逃げてしまう恐れがある。
「彼女の世話係をしている女性たちと面談したが、今のところ問題なくやれているようだな」
「はい、お互いに下手な行動をすれば危うい事になるというのを理解していると思われます。それに、あのメリッサは世話係として任命にした職員に対してもフレンドリーに接しているそうです。政治的な話はしていないそうですが、気軽に話しかけて雑談などを良くするようになっているそうで……」
「そうか……まぁ、今のところ問題なくやれているようで何よりだが……」
「監視役の中でも逃亡を手助けする恐れがある場合には、速やかに処置を行えるように別の監視役も置いております。無論、彼女たちには知らせていません」
「それでいい。監視されていると分かってしまうと隠してしまう恐れがあるからね」
考えすぎと思われるかもしれないが、相手に同情して協力してしまう事例は過去にも例がある。
それは軍隊や司法においても見られるものだ。
軍隊においては介抱した相手に一目惚れして脱走や逃亡を手助けしたり、逆に捕虜として捕まった兵士が助けてくれた温情に報いるために軍機を話すという事例は稀に起こることだ。
司法においては、本来なら正しく公正に裁くべき裁判においてもやむを得ずに凶悪犯罪を起こした被告人の過去の境遇を読んだ上で温情判決を下すという事が起こりやすい。
所謂世間体での同情を買って温情判決を下すという事例は稀に起こり得ることだが、それと同様に相手の境遇などを知って親近感を抱いて接触し、それが原因で相手との関係が構築されていった結果、不利な裁判であっても証拠などを揃えていても公正な判決を下せなくなるという現象だ。
(相手の境遇や過去に同情して温情判決を下す理屈と同じだ。同情というのは相手を理解する上で美徳かもしれないが、それは同時に相手の心に付け入る隙を生ませてしまう原因になる。心に閉ざされた鍵穴に一つずつピッキング作業で鍵穴を開けていくようなものだ……相手に付け入る隙を見せたら、それこそ入り込んでいき……気がついたら相手を利するように加担してしまう)
犯罪を悪と見なしても罪恨んで人恨まずの精神を体現しているのかもしれないが、基本として犯罪の有無を温情によって覆るという事をしても、結果として犯罪を助長するケースがよく起こるものだ。結果として未成年者が起こした凶悪犯罪に甘い判決を下した結果、その犯罪者が再び事件などを起こせば少年法などを含めて温情判決が無意味かつ、更生の機会を与えても無意味だという事が良く分かる。
故に、このフランスでは例え凶悪犯罪を犯した者が未成年者であったとしても、成人と同じように裁判を行う決まりを作った。その中でも婦女暴行や殺人などの罪が重たいものについては、取り調べや証拠などを調べた上で、公正に判決が出るように指示を出している。
それも踏まえた上でメリッサへの監視強化と、彼女が今後行うであろう行動などを見極めて対応していく必要がある。
(相手への同情心などに付け込んで情報などを聞き出して、スパイ行為などを行う事例は幾つも例があるし、それなりに上の立場だった人に対しても行って重要な情報が漏洩するというケースも少なくない……メリッサから聞きだした未来の技術で取得した情報などは厳重に管理・運営することを目的として、それこそ科学者や技術者たちも監視対象であることを踏まえれば、彼女が持ち込んだ情報はこの世界をさらに加速させていく技術であることも忘れてはいけないな……)
メリッサの持ち込んだ教材の中には、エンジンに関する詳細な記載が書かれていたものも存在している。
エンジンも技術分野に関する記載の中で含まれているものであり、彼女が持ち込んだのは自動車用のエンジンに関する記述だ。
主に40年代から2010年代までの普通乗用車に搭載するエンジンに解説した記述のようだが、それでもタービンに関する技術であったり、エンジン内部の構造などを詳しく記載している部分も多くあるため、技術者の多くがこのエンジン技術について『設計図通りに作れば恐らく稼働することは出来る』と話しており、この時代の原始的な蒸気自動車であるキュニョーの砲車に比べたらそれこそ雲泥の差となるだろう。
蒸気自動車も開発・研究そのものは進められているが、実際に蒸気機関車にそのメカニズムが組み込まれた関係で、自動車に関してはまだまだ開発中だ。
自動車を動かす燃料に関しても、今はまだ水と石炭であるが……これが精製したガソリンを使って動かすということになれば、次第にガソリンを使った技術が飛躍的な速度で発展していくことは間違いない。
俺が60歳になる事までに19世紀末の技術水準まで持っていくことができるようになれば、この世界はどのくらい史実よりも変化した世界になるだろうか……。




