1012:フロリダ防衛線(下)
クリントン司令官の発した命令によって、130名規模の決死隊が編成されることになった。
彼らは皆背中に爆弾を抱えており、爆弾を一か所に集めて起爆してフランス軍の補給路を破壊することを主任務としているのだ。
この時代の主流な火薬である黒色火薬と硫黄を混ぜ合わせた爆弾を起爆させるのには時間もかかるが、それでも現状では一番効果的な攻撃方法でもあった。
爆弾を抱えた兵士達は複数の分隊に分かれて行動しており、多くの兵士達には事前に酒や菓子などが振る舞われていたため、この作戦が危険であることは重々承知をしていたのである。
「なぁ……この戦法って20年前にもやったんだろ?」
「ああ、グレートブリテン王国からの独立を行った際に、反乱軍側が主体的に補給路を遮断する時にやっていた戦法らしいぞ?クリントン司令官もそれを真似てやるって言っていたからな」
「しかし……まだあいつらが上陸して二週間足らずだろ?もうここまで占領してくるなんていえば、かなりの進軍速度じゃないか?仮にここで補給拠点を破壊できたとしても、後続部隊が補給路を復活させてくるはずだよ」
「それでも、何もやらないよりはマシだろう。少なくとも、相手にリソースを取らせて消耗させることが主任務なんだ。奇襲をして補給を遮断させるだけでも時間稼ぎにはなる」
クリントン司令官が命じた補給路の遮断は、20年前の新大陸動乱時に彼の部隊が実行していた破壊作戦でもあった。補給拠点の地域を迂回しながら奇襲し、混乱に陥っている隙を見計らって数名の兵士が爆弾を投擲して野砲などの集積物資が置かれている場所を破壊、グレートブリテン王国軍の後方を攪乱するという作戦である。
この作戦はかなりの効果を発揮しており、新大陸動乱時に北米での治安維持を行っていたグレートブリテン王国軍はかなりの損害を被ることになった。
何故なら補給拠点の多くが都市部と都市部を結ぶ間に位置しており、すぐに補給ができる拠点から数十キロも離れていたからだ。
ヨーロッパ諸国とは違い、村と村の間には数十キロも離れている場所が多く、既に開発・整備が進められていた都市部を除いて農村部を繋ぐ道路が補給路の生命線でもあったのだ。
多くの拠点でグレートブリテン王国軍が当時の反乱軍による奇襲攻撃を受けて敗走し、敗走したグレートブリテン王国軍の兵士達が民家や農家から物資を徴収したりした結果、強引なやり方で食糧を持って行った事例が多発し、反って反乱軍への支持が拡大してグレートブリテン王国は史実よりも大きく負けてカナダ領まで取られたため、結果として北米大陸を中心に企業国家が誕生する要因を作ったのである。
言うなれば、補給路を潰すことを主体とした戦術が得意であったこともあり、反乱軍は北米連合軍となった際にはカリブ海諸島の戦いにおいて補給拠点を守るように守備を固める配置を取っていたのだ。
だが、北米連合軍はカリブ海戦争においては海上戦力の確保の失敗と、戦術不足によって団結した欧州協定機構軍によって降伏しており、その時の戦争の教訓を生かして海ではなく陸を重視した軍隊を編成するようになったのだ。
企業国家として北米連合から北米複合産業共同体に国家体制が移行した際にも、軍備増強を推し進める反面……補給路の強化として目標のメキシコに向かう陸路を整備した代わりに、阿片などを栽培している南部地域の道路事情や補給内容が改善されることは無かった。
北米複合産業共同体にとって、ノルマこそが全てであり……このノルマを重視するために多くの労働者が文字通り血の滲む思いをしながら働いているのだ。
そのノルマの中に、道路などのインフラ整備の項目はニューヨークなどの大都市圏が中心であって、南部地域は含まれていないのだ。
「この道は……通行止めか……」
「放棄された馬車がそのままになっているんだ。この道は歩かないほうがいい……道の状態が劣悪だ。獣道を突っ切ったほうが速いぞ」
「この辺りは整備が追い付いていないんだよ。迂回して森を突っ切っていかないと無理だ」
「ったく……だから予算を増やしておけば迂回も用意だったんだ……」
「仕方ないだろ。都市部を最優先に開発せよとのご命令だからな……上層部の意に反すれば即刻降格処分と左遷されるとなれば、誰だって口を塞ぐだろう?」
「それもそうか……余程の災害が起きた時じゃないと整備もままならないのが現状だもんなぁ……」
「お陰で野盗も出るし、経済も停滞するわでろくなことが無い」
洪水などで地面が抉られている場合に限り、補修工事などを行う程度だ。
それ以外ではインフラの整備は追い付いておらず、多くの地域で比例するように道路などはでこぼこしており、補修工事などが行われていないのだ。
予算の都合で軍事費と大都市圏の開発に費用が回された結果、南部地域の多くの場所で道路の陥没などが目立ち、さらには多くの農園から逃げ出した三等市民や有色人種の奴隷などが廃村などに逃げ込み、道路を移動する商人や田舎町などを襲って野盗などを結成する有様であった。
これらの討伐を行ったのが地方の軍隊や自警団であり、彼らも無料で動くわけにはいかずに殆どが地域住民がお金を出し合って結成するか、裕福な地主などが私設軍隊を作って警備をしているに過ぎない。
道路も整備されている場所があるにはあるが、それは富農などが都市部に農作物を運ぶ際に自分達が使う道などを整備するために自費で行っており、それ以外の場所では馬車などが通れない程の劣化した道が点在している状況なのである。
「都市部では富裕層が贅沢な暮らしをする一方で、尻拭いをさせられるのは俺たち末端の連中だなぁ……」
「そうだよな……元々北米連合が瓦解してから産まれた企業国家だけど、結局は元の北米連合やグレートブリテン王国よりもガチガチの階級社会になっただけだからな……」
「ははは……まぁ、これをやって成果が出れば評価してもらえるんだ。そうすれば二等市民になって労働もある程度免除されるさ」
「ああ……三等市民から二等市民になるには相当な成果を出すか、金を納めないといけないからなぁ……」
「俺たち三等市民が二等市民になれる唯一の方法さ……」
三等市民に分類された兵士の多くは、農民や有色人種、降格処分を受けた元二等市民によって構成されている。彼らが二等市民になるには5年以上の兵役を行うか、年収を丸ごと上納するしかない。
当然、そのようなことが出来る者は前者の兵役を選んで危険な任務などをこなして、満身創痍になりながらも兵役を終えて二等市民になる希望を見出すしかない。
もし、傷痍軍人になったとしたら一日一食分の食事が食べられる程度の食券しか渡されず、保護をしてもらうことすらできない。
そうなれば路上生活を余儀なくされた末に餓死するか、家族がいれば一生涯に渡って家族に世話をしてもらうしかない。
背中に爆弾を抱えている彼らの多くが、前線において使い捨ての兵士として機能し、文句を言いながらも命令に忠実でなければならないのだ。
北米複合産業共同体の兵士達は皆、僅かな希望を元に道を歩むのであった……。




