1009:コンソール
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1796年5月8日
御機嫌よう。
王妃のアントワネットですわ。
今日はオーギュスト様と一緒にパリ市内を散策している所ですの!
北米複合産業共同体との戦況も有利に進んでいることもあってか、南部への上陸に成功して街ではフランス軍の公式発表からもたらされた戦況見取り図を見て、戦争に興味を持っている大勢の市民が集まって様子を伺っているのです。
蒸気機関車広場などでは、ライデン瓶通信から更に発展させた蓄電式電池を応用した通信装置が開発されており、蒸気の動きと蓄電池の連携によってライデン瓶通信よりも安定し、尚且つ高速で発信が出来る装置として試験運用がされているのだとか……。
オーギュスト様もその蓄電池設備に関する見学がしたいという事で、パリの一角に構えている『パリ通信総局』にお邪魔しているのです。
「ここがパリ通信総局に設置されている蓄電池式の発信装置か……ライデン瓶通信よりも大掛かりな設備が施されているのだな……」
「蓄電池……万博でも展示されていた装置ですね」
「そうだ。ライデン瓶通信は静電気の力を利用して簡単な信号を送る装置でもあったんだが、静電気を使うということもあって、充電方法も時間が掛かっていたんだ。故に時間制限なども設けられていたんだが……この蓄電池式の通信装置であれば、一定期間安定した出力を出してライデン瓶通信よりも安定して遠方にも電波送信が出来るようになっているんだ。ライデン瓶通信の開発者にも伺ったんだが、これがあればパリ全土のニュースを知るのも、今までのライデン瓶通信より15から20%近く早くなるそうだ」
「2割近くも早くなるのですか……?!」
「うむ……余も原理はある程度説明を受けたのでそれを知ることは出来たのだが、やはりこうして実際に見てみると、複雑な装置に繋がれた上で、電流を使った電波発信機として人の声や旗振り信号よりも早く対象に連絡が行届くことができるというのは便利なものだな……」
ライデン瓶通信に代わって、蓄電池式通信装置が実用化されるや否や、その性能はメキメキと進化を遂げているそうです。
私が見た時には、人の腕ほどの大きさの電池でしたが、今ここに置かれている蓄電池式通信装置はタンスに入り切れないほどの大きさになっているのです。
これだけ大きい装置であっても、最低一か月に一回は交換しなければならず、それ故に蓄電式電池の長持ちをどうやって行うかが課題になっているそうです。
「今は蓄電式を使っているけど、いずれ巨大な電流装置が発明されたなら、常時電気が送電される仕組みになっていくだろうね……電気を産み出す施設が産まれれば、その施設から多くの電気が産み出されて工場や家庭に届く……大きな文明の発展に繋がるのは確実だ」
文明の発展……。
オーギュスト様が唱えている文明の加速というやつでしょうか?
蒸気機関車も十分に早いのですが、オーギュスト様曰くもっと早い車両も作れるはずだと仰っておりました。
内燃機関や電気の力で動く乗り物は、莫大な燃料を消費する代わりに性能も格段に上がるという事は、フランス科学アカデミーでも論文として出されているはずです。
その論文に倣って、蓄電池式通信などもライデン瓶通信などに比べて安定した電力を一定水準で発信できるようにしているというのです。
そして、オーギュスト様はこういった今後発展していく分野に関しては国庫を通じて支援をしているのです。多くが研究者などをフランス科学アカデミーなどから輩出しておりますが、いずれも国営企業の下で開発・研究を続けており、特許などによって得られた資金なども開発者や研究者に還元される仕組みを作ったのもオーギュスト様です。
特に、特許技術に関しては国が管理と保管を行っており、蒸気機関などでも数多くの特許案件をフランスが保有することができるようになったのです。
このお陰で、フランスでは蒸気機関やライデン瓶通信などの新しい分野において獲得した莫大な収入源を元に、さらに科学分野に投資を行って発展させる方式を採用しているのです。
「これで科学分野も著しい発展が見込めますね……!」
「そうだね。これでもまだまだ伸びしろがあるわけだし、いずれにしても国営企業としてやっていくのであれば、通信産業の基盤となる所を深堀していきたいものだよ」
「通信産業の基盤……これからもっと発展していくのでしょうか?」
「ああ、大いに発展していくのは間違いないだろう……今はまだ発展段階ではあるが、これがいずれ個人が遠方の人間とやり取りできるような通信装置を持てる時代になる日もくるだろうな……パリに居ながらウィーンやサンクトペテルブルグに連絡を取り合うこともできるようになるだろうし、何よりも、この分野の発展は日々進歩してきている。ライデン瓶通信から蓄電池式通信、これがもっと広がれば、そう遠くない時期により高性能な通信装置が発明される日もやってくるだろう……」
通信分野において、オーギュスト様は国を挙げて支援を行っておりますが、その理由というのが将来国民などが享受できるようになる分野であり、その分野に先行投資をしておくと、将来通信分野の技術発展が起こった際に、大きな国益に繋がると仰っておりました。
蒸気機関の時もそうでしたが、オーギュスト様の先行投資は間違いなく上手くいくはずです。
「国益に繋がるため、国有企業として発電機などを開発していらっしゃるのですか?」
「それもあるが、やはり狙いとしては特許権をフランスが保有した上で、同盟国に技術供与をして大いに発展させていく事を想定しているんだ。今はまだ実現は出来ないかもしれないが……あと50年……いや、30年ぐらい時間が経過すれば、人々は電気の力で動く装置を使って情報を得られることが出来るようになるかもしれない。新聞紙などもその装置を使って最新の情報を発信していくだろう。ライデン瓶通信でも執り行っているわけだが、これを広げていけば……多くの人々の目に触れるようになるだろうし、情報収集能力が進化したとしても、その技術の根本に関わるのは人であることに変わりないのだ。その技術に関わる人々の育成はいつの時代も必要になってくるからね……通信分野の学校や教育分野にも力を入れていけば……21世紀になっても必須になっていくだろう」
オーギュスト様は蒸気機関や通信分野への投資は、未来への投資とも語っております。
未来でも蒸気機関や通信分野の技術革新が進んでいけば、そのうちパリからウィーンまで10時間程度で行ける列車も誕生するかもしれません。
まだまだ遠い未来の話になるかもしれませんが、今のオーギュスト様にとってはいずれ私達の子孫が、便利で豊かな生活を送れるようにするための碇石を打ち込んでいるのでしょう。
戦争が終われば、そうした分野への投資も加速していくはずです。
妻として、オーギュスト様の目が輝いている分野への投資を支援していきたいですわ。