1008:悪魔か天使か
メリッサとの会談を終えて馬車に乗り込んでヴェルサイユ宮殿までの帰路に就く際に、デオンは神妙な顔つきで俺を見ていた。
俺はずっとこの世界にきてから未来人であることを伏せていたが、いよいよバレたかという感じだな。
何か言いたそうな感じだったので、俺は遠慮なくデオンに言った。
「先ほどの件だが……やはり気になるかい?」
「はい……正直に申し上げますと、その……陛下の発言があまりにも衝撃的でしたので……あの気難しいメリッサとの会談に望み、見事成功させましたから……色々と話を聞いておりましたが、陛下は最初から未来の事を知っていたのですか?」
「……いや、最初からではない。アントワネットとの結婚式の数か月前……正確に言えば1770年の4月に意識を失って倒れてしまったことがあったのだ。……その時に余には別の人間の魂が入り込んだ……その者があのメリッサと同じぐらいの時代に生きていた者だったのだ」
「魂が入り込む……ですか……」
「そうだ。信じてもらえないかもしれんが、今の余はその未来で生きていた人間の魂で動いている。本来の歴史……正確に言えば叔母上たちやオルレアン派などに振り回されて身動きが出来ずに、政情不安からフランスで革命が起きてしまった世界の歴史を知識として知っている世代……その一個体の人間に過ぎないのだ……」
未来人だと言っても、一括りにはできない。
俺みたいにルイ16世の肉体に憑依……というか、託されて魂が移った奴と、メリッサのように戦国時代を題材にした小説や漫画でよくある丸ごと肉体や文明の利器を持った状態でタイムスリップを起こすタイプがいる。
俺は前者、メリッサは後者だ。
後者であったが故に、メリッサはこの時代では本来存在してはいけないPCやスマホ……それに20世紀末に作られた銃まで持ち込んでしまった……。
ハッキリ言えば、時代を一世紀以上早送りさせるような代物だ。
PCやスマホは多少電池は持つかもしれないが……長くても1ヶ月で内部の電池が切れるだろう。
それまでに情報を引き出せるように交渉するようにはするが、応じるかは不透明だ。
それに、俺は生まれた時から転生者だったわけじゃない。
その旨もデオンに伝えた。
「無論、余はこの肉体を簒奪したわけではない。余からしてみれば……過去のルイ16世から託されたのだ。アントワネットやフランスの民を幸せにして欲しいと……そして民とアントワネットたちを託されたのだ」
「それから……御一人で尽力為さったというわけですか……」
「いや、余一人だけでここまで発展させることはできない。みんなの協力があってからこそ、ここまで頑張ってこれたんだ。デオンの力も大いにある。本当にありがとう……」
俺としては、この世界にやってきてから未来についての事を語る機会なんて一切なかった。
そんなことを言えば、たちまち精神的におかしくなった人間扱いされて座敷牢行きになることは確実だったからだ。
もし、未来から転生してきたあの日に、自分は未来人ですと堂々と言えば周囲からも白眼視されていただろうし、何よりも叔母上たちは容赦なく俺を切り捨てる公算を立てて、弟を次期国王に即位させるために工作を仕掛けてこようとしただろう。
「もし……余が叔母上たちのご機嫌取りなどをして、これまでの交渉などが台無しになっていたら……恐らく末路は悲惨なものになっていただろう。余が未来を知っていたからこそ、彼女たちがアントワネットを使ってルイ15世の愛妾との醜い政争の道具にしようとしていたから、それを止めたのだ……だが、止めた結果、愛妾は死に……ルイ15世もその時に出来た怪我で死んでしまったのだ。余の行動によって本来であればあの人たちは数年は長生きしたはずだ。それを無碍にしてしまったのではないかと悔やんでもいるのだ……」
つまりは、俺はあの形で過ごすほかなかった。
もしかしたら……ルイ15世の延命は出来たかもしれないが、すでに対立関係になりつつあった状況下において、叔母上たちが俺とルイ15世を排除し、実権を簒奪することに集中していたら……きっと今の俺は存在し無かっただろう。
「陛下、我々がこうして西欧の超大国として君臨できているのも、ひとえに陛下のご手腕によってここまでフランスを導いて下さってくれたお陰です。アントワネット様やご身内の方にもお伝えはしていなかったのですか?」
「ハハハ……それは出来ないな。もし余が突然西暦2020年代の未来かたやってきた日本人だと語ったら、デオンはどう思う?」
「それは……」
「そう言う事だ。相手とて困惑するだろうし精神的におかしくなってしまったのだと錯覚してしまうだろう。余としても過去に二度程、アントワネットに未来人であることを打ち解けようとした時期はあったが……いざ言おうとした際に、もし言ったことが原因で彼女との関係が壊れてしまうのが恐ろしくなってしまったのだ……最低でも今は言うべき時期ではないのだよ」
未来人であることを今言うのは伏せた方がいいだろう。
今は北米複合産業共同体との戦争中だし、何よりももし未来人であることをずっと黙っていた事に対して指摘をして怒るかもしれない。
あの子は隠し事などをしているのが嫌いなタイプの人間だ。
もし、話をするとしたら北米複合産業共同体との戦争が終結してシャルルの容態が落ち着いてから……家族と世話になっている国土管理局、それから閣僚の中でも信頼できるサンソンなど限られた面々を集めた上で、先のメリッサと一緒に紹介するべき話だろう。
彼女の持ってきた電子機器を使いこなす様子などを見せた上で、未来に関する知識があったからこそ、ここまでフランスを発展させることができた旨も伝えるべきだ。
パリでそれまでほったらかしであった糞尿処理なども行うように勅命を下したのも、フランス科学アカデミーに大規模な国費を投じて発展を促進させたのも、今日において当たり前になったが貴族や聖職者に対して納税義務を押し通したのも、フランスを発展させるために必要な場所に、必要な額を投資して没落したり革命によってその科学資産や都市の魅力などを損なわせないようにするためでもある。
これを全て、未来人だったから予知……ないし起こり得ることを予測してピンポイントで投資や支援をしてきたことを大々的に知られてしまうと、殆どの場合は問題ないと思われるかもしれないが、国営企業として運営している多くの企業は、近代に入る上で重要な役割を持っている企業であり、生活に欠かせないものである。
未来人として、これより先の時代に必須ともいえるインフラ基盤を抑えたのだ。
鉄道に通信、発電関係は国営企業のシェアを独占しており、国が運営を指揮している。
つまるところ……近代へと時代が移るにつれて必須といえる企業に投資と運営権を握っているので、そこを指摘されたら素直に認めるしかないのだ。
いずれにしても、デオンは未来人であることを話すときがくるまで黙っていてくれることに同意してくれた。それだけでもありがたい事だ……。
馬車の中で、今後メリッサを国土管理局の監視下の元で管理し、職員を常駐させる旨も伝えたのであった。