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1001:サウザンド(下)

「こいつ銃を持っているぞ!」


学生たちは目の前で起きた発砲音に驚き、多くの学生が逃げ出した。

突然現れた学生は、ひとしきりの革命論を唱えたがそれを受け入れる土壌ではなかったのだ。

しかも、その学生の語っていた革命思想は過激であり、国民から慕われていたルイ16世のことを侮辱したために、周りにいた学生たちは最初こそナァナァで聞いていたが、流石に腹に据えかねて注意をしたのだ。それでも反抗的な対応をしたために周囲が取り押さえようとした結果、学生は隠し持っていた拳銃を使って目の前の学生を牽制目的で足元を撃ってしまったのである。


銃を撃った側としては、自衛の為の手段であると強弁することができる事情があった。

もっとも、それはイデオロギー的な思考などではなく、彼女がやってくる前のフランスの情勢に理由があるのだ。元々、彼女の銃は個人所有の銃ではなく、党がフランス警察に届出を出して所持をすることが認められていたものなのだ。


これは革命フランスの党の幹部候補から護身用に渡されたものであり、彼女のいた時代にはフランスの政治的な混乱と対立は1930年代よりも悪化しており、流入してくる不法移民による強盗事件などが増加傾向にあり、それに伴って経済も低迷状態に入っていた。おまけに政治的な対立も激化の一途を辿っており、極右政党と極左政党支持者による乱闘騒ぎなども各地で起き始めていたのだ。

ワイマール共和国のドイツのような状況になっており、これはEU加盟国でも同じような情勢不安に伴う混乱期が起こっていた。

こうした情勢下におけるフランスでは異なる政党支持者からの襲撃に備えて党員は拳銃を護身用として所持することが認められていたのである。


これが認められるキッカケとなったのは極右政党として移民に排他的かつ暴力的な手法で排除運動を行う悪名高い『山頂国民党』の幹部やその演説を聞いていた支持者6名が極左思想の移民に銃撃を受けて死亡した事件を巡り、警察が排斥的な極右政党関係者には護身用の拳銃所持を認めなかったために発生したことが批判された結果、なし崩し的に各政党が所持責任を負う義務を条件に武装化が進んでしまったのである。


まさにワイマール共和国末期にナチス党が突撃隊などを結成して武装組織として頭角を現していた頃の様に、党が武装化することが是とされるような世の中になってきてしまったのである。

そうした情勢下においては、警察と精神科医の審査によって銃の所持が認められると判断された場合には、使用者責任と所持の責任を党が受け持つことを条件に、フルオートを除く銃火器の所持が許されていたのだ。


彼女の持っていた銃は党が予算で購入したドイツ製のMARK23という名前の銃であり、この時代には存在してはいけない代物であった。

ルイ16世は中の人間が現代からのタイムスリップしてきた精神的転生者なのに対して、こちらは中身のまま過去のフランスにタイムスリップしてきた人間なのである。

それも党公認の銃の所持と携帯が認められた人間であり、大学で執り行われる予定だった革命フランスの党幹部による演説会で学生部の部長として警備を任せられていた立場であった為に、銃を持っていたのだ。


当然ながら、彼女のいた時代では緊急時の退避行動として認められていたものの、この時代では問答無用でいきなり銃を抜いて撃った扱いになってしまう。

いきなりの銃声に人々は悲鳴を上げて蜘蛛の子を散らすように逃げ惑っている。

一部の勇敢な学生は銃声に怯まずに、銃を撃った学生に対して叫んだ。


「おい!銃を降ろせ!」

「わかった!お前の気持ちは分かった!だけど落ち着け!とりあえずその武器を降ろすんだ」

「な?一発だけ撃ったらもう終わりなんだよ。諦めて投降しろって……」


だが、ここで彼らの誤算があった。

学生は精神的に昂っている状態であり、さらに学生の足元目掛けて発砲したのである。

これには思わず彼らは成すすべなく逃げ出すしかなかった。


「おい!あいつ連射式の火薬銃を持っているぞ!」

「軍でしか連射式の火薬銃を持っていないはずなのに……」

「一体あいつは何者なんだよ……色々おかしいだろ……」


そう、この時代の火薬式銃というのはマスケット銃もそうだが、フランス軍の一部にのみ導入されている紙薬きょう方式のものを除いて単発式が主流であった。

連射性の武器は空気銃だけであり、蒸気機関を内蔵して稼働させることができる蒸気機関銃を実用化したプロイセン王国軍ですら、この銃の稼働時間は短く難点が多かった。


それでも火薬式の武器というのは利点がいくつかあり、フランスでは紙薬きょうがすでに試験採用されていた関係で一部部隊には実戦投入を行って北米複合産業共同体との戦争にも参加している。

そうした中で、この火薬式で連射ができる銃を持っている学生が現れた事は、より恐ろしい結果を生みかねない事態が起こっていることを暗示していた。


「警察だ!そこで何をやっているんだ!」

「すぐに銃を降ろせ!」

「お巡りさん!そいつ妙な銃を持っています!」

「連射してくるんですよ!どこかの部隊から横流しされた最新鋭の銃かもしれないんです!」

「何だと?!」


駆けつけた警察官は、学生を見つけて剣を抜こうとするも、銃を向けてきたために距離を置いて離れることになる。

銃を向けたが学生は、何故このような事態になったのか把握できずに半ばパニック状態に近いものの、辛うじて理性を保って呼吸を荒くしながら銃を構えることで自分自身の正当性を考えていたのだ。


そしてその警察官たちに、学生が連射式の火薬銃を持っているという旨を伝えると、警察だけでは対処が難しいと判断して憲兵隊も出動する騒ぎとなったのである。

憲兵隊が駆けつけるまでに、大学構内にいた学生たちは大急ぎで構外に避難する運びとなった。大勢の学生は、最新鋭の武器を持った学生がおかしくなって銃を発砲しているという情報が伝わり、一部では退役した傷痍軍人が通っており、その退役軍人の指示で身体の不自由な学生が身を守れるように教室の一室に簡易的なバリケードを設置して立てこもる一幕もあった。


銃を撃った学生は警察官から距離を置くように構内に入るが、彼女がいた時代と同じように通路なども面影を残していたが、外の景色は全て違っていた。

悪いサプライズかと感じていたが、そうではなく本当に未来から過去にタイムスリップしてきた事実に驚愕し、屋上に上がってパリ市内全体を見渡すこととなった。


エッフェル塔もなければ、ラ・デファンス地区で筍のように生えていた高層ビル群もない。

そして、自分を知る者は誰一人としていないことを認識した上で、この過去がかつて自分が習ってきた歴史と尊敬していた革命家たちとは無縁であり、志をしていたフランス革命が否定されていた世界だった事が何よりも悔しかったのだ。

革命を否定するような政治活動を行ったルイ16世に対する恨みも虎視眈々と増えていく。


一人だけではどうすることもできない。

ならばこの世界で混乱を産み出すために死んでインパクトを残そうとしたのである。

だが、その試みは直前で警察官と憲兵隊が突入したことで水泡に帰した。

この事件が公に報じられるものの、過激な平等思想家による単独犯であるという()()()が話題となるが、その話題は時間と共に消えていく。


……だが、政府上層部にとって、彼女の出現が多大な影響を与えていたことを一般人が知る事になるのは、機密指定が解除された20世紀初頭になるまで分からなかったのである。

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