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無能法師と妖狐の僕

作者: yukke

 ここがどこなのかは分からない。自分が誰なのかも分からない。


 気が付いたら美少女の姿に妖狐の体で、ある場所に座り込んでいた。


 一つだけハッキリと覚えている事は、僕は確かに男だったはず。そう、思い込んでいたのか……いや、確かにおぼろげにある記憶の中では、確かに僕は男だったんだ。


 男性、男子……うん、男子だ。まだ成人はしていない、未成年の男子。中学生だったか高校生だったかは覚えていない。


 でも、そう、僕は男子だった。


「…………」


 小雨の降る中、何で僕がこんな姿になっているのかの見当も付かず、色々な混乱やショックから、女子の体を堪能なんて出来なかった。


 普通はするんだけれど、それどころじゃないんだ。


「尻尾……耳」


 水溜まりに若干映る自分の姿に、戸惑いを隠せない。

 肩までの茶色の髪の間から狐の耳。それと、薄汚れたズボンからは尻尾が伸びているなんて、どう見ても普通じゃない。僕の身に、とんでもない事が起きた……ということ。


 そもそも、元の僕の体はどうなったの?


 それに、ここはどこかの峠の途中なのか、山道みたいになっていて、人の通る気配もない。目の前が駐車場ではあるけれど、この先に何かあるのかな?


「どうでも良いや、誰か助けて……誰か、僕の身に何が起きたのか教えてよ」


 自分の事が何も思い出せない僕は、思わずそう呟いてふさぎ込む。


 するとその時、舗装された道路の先から声が聞こえてきた。


「♪♪~」


「……これ、この歌は――」


 雨が降ってる時、その雨が止んで欲しい時に歌う歌だった。そうだ、てるてる坊主の歌だ。それは覚えている、うん。基本的な事は覚えている。


「ん~? なんじゃぁ、こんな所に薄汚れた狐かいな」


「へっ?」


 すると、その声の主の人が僕の前を横切ろうとした時、その手前で声が止まり、なんと僕に話しかけてきた。


 思わず顔を上げると、そこにはお坊さんが立っていた。


 動きやすい感じだけど、確かお坊さんの着る……袈裟だったかな、それを着ていて、縁の広い編み笠を被っている。

 その笠から覗く目は、少しだけ鋭そうに見えるけれど、僕をちょっと心配していそうな目だ。


「…………」


「こんな所でなにしちょお?」


 こんな所って言われても。


「ここは便所やぞ」


 そう、おトイレなんだよ。

 今僕は、ボロボロのトイレの壁の横にもたれかかっているんだ。


「あなたこそ、こんな所で何を? あぁ、旅の途中ですか」


「そうやのぉ、旅の途中ではあるの~ただ、儂はちょいとそのトイレに用があるんや」


「御用ですか。別に、僕の事は気にせずどうぞ」


「んいや、用を足すんとちゃうんや。ちょいと、依頼をな」


「??」


 訛りのある喋り方。でも、チラチラと笠から見える顔は老けている。そこそこ年齢のいった男性だろう。


 それよりも、依頼ってなんだろう。

 こんな山の中での依頼なんて、ろくでもなさそうだ。関わらない方が良かったのかも。


「…………」


 といっても、ここから移動するにもどこに行ったら良いのか、そのあてすらない。結局僕は、その場で座り込んでいるしかなかった。


「……なんや、移動してくれた方がやりやすかったが」


「僕の事はお気になさらず」


「儂は良いが、あいつらがどうかやのぉ」


 すると、お坊さんが言った後に、目の前の駐車場にキャンピングカーがやって来た。

 結構大きめかもしれないそのキャンピングカーからは、誰かが鼻歌を歌っているのも聞こえてくる。


 そして駐車場に車を止めると、中から誰かが出て来てこっちのトイレに向かってきた。


「……あれ?」


 お坊さんは咄嗟にトイレの陰に隠れていた。


 僕は……なんだか移動するのも億劫だし。どうせ、僕のこの姿なんて見えないよ。普通は見えないはず。妖狐の姿なんてね……。


「フンフフンフンフン♪」


 鼻歌を謳っているのはあの人か。大男で、カウボーイハットを被っていて、斧を持っている。何だろう、木こりか何か?

 いや、今の時代こんな格好はおかしい。それに、鼻歌はミッ○ーマ○スのマーチだ。


 こんな大男がそんな鼻歌、逆に恐いよ。


 その後、その大男はトイレへと入っていく。

 案の定、僕の姿は見えていなかったようで、そのまま素通りされた。


「ふむ、やはりのぉ。都市伝説として話が広がっちょったが、本当に存在するとはのぉ」


「都市伝説?」


「あぁ、この辺りに都市伝説として話が広がっていた車があると、そう依頼が来てな。儂が調べとったんじゃ」


 あのキャンピングカーと大男がそうなのかな?

 でも、キャンピングカーにはまだ何人か人がいるし、なんならトイレから女性のすすり泣く声まで聞こえてきたんだけど、なんなのこれ? さっきまでそんなの――


「なぁ! あいつが悪いよな!」


「……ひっ」


 そんな時、突然大男が大声を上げはじめ、トイレの扉を叩くような音が聞こえた。誰かに怒鳴っているの、なんなのこれ……いったい何が起こっているの。


「確かにここだよ、ここ! なぁ、あいつが悪かったよなぁ!! 悔い改めてるよなぁ! ハレルヤァ!」


 その言葉が聞こえてから、僕はなんだか怖くなり、思わず両手で口を塞いだ。


 自分の事も分からないし、何でこんな所にいるのかも分からないのに、それなのにこんな事に巻き込まれるなんて……何か事件性があるのなら、警察に――


「なんちゅう怒りのオーラじゃ。しかしなぁ、儂が居る限り、お前さん等の好き勝手にはさせんぞ!」


 そう思っていたら、トイレの陰に隠れていたさっきのお坊さんが飛び出し、トイレの入り口で仁王立ちしてそんな事を叫んだ。

 ここはそんな無謀な事はせずに、様子を伺った方が良かった気がするけれど、あの人には何か策があるんだ。 


「フンフフンフンフンフンフフフン♪」


 だけど、さっきの大男はトイレで叫んでスッキリしたのか、そのまま出て来ました。


 しかも、お坊さんの目の前を通り過ぎていった。

 すり抜けたりせず避けた所を見ると、幽霊とかそんな類ではなさそう。ただ、さっきお坊さんがあんな事を叫んでいたのに、それを意に介さずにキャンピングカーへと戻っている。


「うぬ、無視か……? いや、儂の存在には気付いているだろうに……もしくは、儂が別の姿に見えているのか?」


 それを見たお坊さんはブツブツと何か呟いているけれど、僕は怖くてそれどころじゃない。


 何より、一番怖いのはあの大男じゃない。


「お坊さん。あの……あそこのキャンピングカーの方が怖いんだけど」


「あん? なんじゃと?」


 キャンピングカーの方にも誰か乗っているんだけれど、どっちも中年はいってそうな双子の兄弟が、ジッとこっちを見ていた。


「あ~ん? 儂には分からんが? ボロボロのキャンピングカーじゃぞ」


「えっ? でも、まだ結構綺麗なキャンピングカー……」


 僕もお坊さんとで、見えているものが違うっていうの? それならなおさら怖くなってきた。


 とにかく色々と普通じゃない。


 自分の身に起きた事や、こんな怪奇現象みたいな事やら、僕の頭はもうパンク寸前だ。


「いかん。キャンピングカーが何処かへ行ってしまう。このままではまた被害者が……やむを得ん!」


 すると、そのお坊さんが慌てだし、懐から何かを取り出すと、それをキャンピングカーへと投げつけ、お経のようなものを唱え始めた。

 良く見たら、何故つけたのは数珠のようで、それで何かをしようとするらしい……けれど、キャンピングカーの上にも乗らず、そのまま数珠は地面にずり落ち、キャンピングカーはそのまま走り去ってしまった。


「…………」


「…………うむ、中々強力な悪霊――」


「いや、明らかに失敗してませんでした?」


「うぐっ!」


 どうなったら成功なのかは分からないけれど、目が泳いでいたから失敗したのには違いない。それなのにそんなことを言うなんて、いったい誰に意地を張っているんだろう。


「ま、まぁ……とにかく連絡じゃ。対象が逃げた事を連絡せんとな」


 そう言うと、そのお坊さんはスマートフォンを取り出し、どこかに電話をし始めた――が、いの一番にスピーカー部分から怒号が聞こえてきた。


「…………!! いえ、その、決して怠ったったちゅ~わけでは――いえいえ! とんでもござぁせん! はい、はい! 儂は手出ししませんので、えぇ、また山の方へ――はい、はい!」


 ぺこぺこ謝ってる。なんだこの人、そんなに偉い人じゃないのか。あと方言もぐちゃぐちゃになっていて、喋り方がおかしいよ。慣れてない方言を、無理やり使っているような感じがする。


 そしてスマートフォンを切ったお坊さんは、額の汗を拭うとポツリと呟いた。


「全く……大変な上司を持つと、下は大変じゃぁ。さて――なんじゃ?」


「何でそんなに偉そうなんでしょうね」


「うるさいのぉ。それより、お前さんはどうするんじゃ?」


「……僕? 僕は、まぁ……記憶が戻るまでここで――」


「そうじゃ、お前さんさっき儂と違う事言っとったな? 何か儂とは違うものが見えてそうじゃ。よし、手伝え」


「あの、話聞いてます?」


 勝手に決めていくよ、この人……もう。

 僕なんか、自分の変化してしまったこの体に慣れないのに、いきなりそんな手伝いとか言われても、困るんだよね。


「よし行こう、そうしよう。ほれ行くぞ!」


「ギャン!! 尻尾掴まないで、引っ張らないで~!!」


 この人めちゃくちゃだよ。会ったばかりの怪しい僕を連れて行こうだなんて、とんだ人攫いだ。いや、今の僕は妖狐なんだから、狐攫い? いや、どっちでも良い! 逃げないと!


 ◇


 尻尾を確保されてしまった僕は、逃げようにも逃げられず、そのまま山の方まで連れて来られてしまった。


「ふむふむ、この辺か……」


「うん、相当強力な念を感じるから、多分あのキャンピングカーだよ」


 この人はそこまでの事が分からないのか、僕を頼りにしていた。ただ多少は分かるみたいだし、完全に無能ではなさそう。ただ――


「よし、結界を張るための香を――と、うむ。この匂いは相変わらず……」


「それ、蚊取り線香じゃ……」


 山で使うには持って来いだけど、別に今は必要ないはず。まさか、本来持ってくるべきものと間違えたのかな。


「……良いんじゃい! このぐるぐる回ってるのが、上手く結界を――」


「あっ、火が消えた」


「ぬわぁああ!! 蚊が寄ってくる!」


「蚊の結界?!」


「いや、違うわい! 霊の――」


「めちゃくちゃ蚊って言ったよね!」


「えぇい! 可愛い妖狐のくせに口が悪いのぉ!」


 可愛い妖狐……とりあえずこのお坊さんに鏡を借りて、今の僕の姿を見たけれど、完全に美少女の妖狐だった。

 目はパッチリ二重で、髪は狐色で肩まで。胸はそんなに無いけれど、でも主張はしている。


 あるものが無くて、無いものがあるこの感覚は慣れないよ。


「…………う~ん」


「しっかし、お前さんが男だって言った時は驚いたぞ。まぁ、思春期には良くある――」


「嘘じゃないのに」


 自分の体を確かめてみたら、またその事を言ってきたよ。

 ここに来るまでに僕の事を話したけれど、全く信じてくれなかった。だから、あんまり他の人には頼らずに、自分で記憶を取り戻すしかない。誰も信じてくれそうにないからね。


「しっかし、このプリケツで男だ男だと言われても、誰も信じんぞ」


「うぎゃぁ!! 何するんですか!!」


 僕がぼうっと考え事をしていたら、思いっ切りお坊さんにお尻を撫でられた。セクハラだよ、セクハラ。この人本当にお坊さんなの?! 最低な事を……!


「うぉっ!!」


「えっ?」


 振り向いて思い切りお坊さんを殴ろうとしたら、僕の手から風が吹き荒れ、そのお坊さんを吹き飛ばしてしまった。


 いったい何が起きたの?


「ふむ……やはり妖術が使えたか」


「えっ……えっ」


「なんじゃ、記憶がないのは本当だったか。となると、男だと言うのもあながち……」


 良く分からないけれど、今の僕はやっぱり正真正銘の妖狐になっちゃっているんだ。ということは、他にも妖術が使える? いや、さっきのでもどうやったのか分からない。

 それと、ひっくり返って逆さまになったまま言われても、かっこ悪いだけだよ。


「…………」


「あの、起きないんですか?」


 しかも逆さまのまま起きないで、ジッと僕を見ている。僕の何かが変わったの? 体を確かめてみても、それらしいのはない。


「いや、もう少しでの……見えそうで――うぶっ!!」


「――っ~! 変態坊主!」


 今の僕はティシャツに短パン姿なんだけど、このティシャツが少し大きめで、下から覗き込んだら見えそうになっていた。もう少し大きかったら見えてたよ。危ないなぁ。


 自分でもまだしっかりと見てないのに、人に見られるなんて、多分立ち上がれない程のダメージを受けるよ。

 とは言え、自分の体なんだから、これを機にちょっとくらいは――って、僕は男なんだよ! 興味はあるけれど、自分の体だし、受け入れてどうするの。


 早く記憶を戻さないと!

 そのためには、この人の頼み事を早く済ませてしまおう。


「それで、あのキャンピングカーは何とか出来るの?」


 また僕の妖術を受け、伸びてしまったそのお坊さんに、僕はほっぺを抓りながらそう聞きます。


「ひだだだだ……ちょっと待たんかい。落ち着け……対策なんぞ、ありゃせんわ」


「はい?!」


 僕のほっぺた抓りでようやく体勢を戻したそのお坊さんは、とんでもない事を言ってきました。


 すると、今度は僕の後ろから別の男性の声が聞こえてきました。


「対策なんて、そりゃないだろう。なぁ、無能法師が」


「あぁぁ! もうお着きで! お、お待ちしていました!!」


「誰?」


 振り向いたそこには、かなり背の高い男性が立っていた。

 オールバックの黒い髪、ビシッとしたストライプのスーツ姿、そしてカジュアルな眼鏡から覗く鋭い眼光は、僕を恐怖に落とすには十分だった。見た目がもう、アレなんだ。


 それともう一つ怖かったのは――呪われてそうな、古い古い日本人形を片手で抱えていたこと。


「……なに、その人形?」


「ん? ちっ、無能法師が……なに厄介そうな妖狐を引き連れてんだ、こら」


「いや~すいませんねぇ。ただ、その妖狐は使えそうでのぉ」


「使える使えないは関係ない。無関係な奴を巻き込むなって言ってるんだ。奴等にこの事が漏れたらどうする? あぁ?」


「あ……そこまでは……」


「だから貴様は無能だってんだ。なぁ、リリたん」


 リリたん――もしかして、その日本人形の名前でしょうか。

 しかもその男性がその名前を言った瞬間、その日本人形の周りから怒りのオーラが放たれたんだ。


「あ、あの……その人形、その名前気に入ってないような――」


「あぁ? 貴様、俺の可愛いリリたんを侮辱するか? 良い度胸だな。よし決めた、お前今から来る怪異を退治しろ。良いな」


「えぇぇ!!」


 巻き込むって言っておきながら思い切り巻き込んできた! というか、地雷踏んじゃったみたいだ。


「あぁ~可愛い可愛いリリたん。菊の着物がもうすぐ出来るからね~あっ、季節的にひまわりかなぁ~おや、髪の毛にゴミが……全く、やはり外に連れて来るんじゃなかった。あぁ、でもリリたんもたまには日に当てないと~」


 日本人形を溺愛しちゃってる。

 それとこの男性に対して、さっきのお坊さんがぺこぺこしている所を見ると、この男性こそがさっきのお坊さんの電話の相手、上司の方か。


「はぁ~リリたん、リリたん」


 問題なのが……その男性が、抱えている日本人形に頬ずりする度、人形の怒りのオーラが強くなっているような気がする。


「――――貴様、いい加減にしろ!!」


「ふぐぁ!」


「えっ……に、人形が動いたぁ!!」


 男性が頬ずりしまくるから、遂に怒りで覚醒しちゃった?! 髪の毛が伸びて、男性の首を絞めてる! 怖い怖い、日本人形怖い!


「勝手にリリたんと言いやがって! 俺はそんな名前を許可していないぞ! この無能部下が!」


「…………あぁぁぁ……」


 あまりの展開に、思わずお坊さんの陰に隠れてしまった。


「あ~お(りょう)さんや、この子が怖がっちょるので、ちょっと――」


「あぁ? 無能な貴様が俺に指図か?」


「い、いえ! 滅相も!」


 あれ? おかしいな、この日本人形に対してもぺこぺこしてる。

 しかも、男性からその日本人形が降りた瞬間、お坊さんはその男性を足蹴にして移動させた。その男性が上司じゃないの?


「あの、その男性が上司じゃ……」


「あん? こんな変態が上司なわけなかろう。あの日本人形様が儂等の上司じゃ」


「そういうことだ。こいつはただのアッシーだ」


「待って待って……女の子の日本人形なのに、喋り方おっさんって……」


「おっさんとはなんだ? あ?」


「ぎゃぁああ! 助けてぇ!」


 その男性に再度髪の毛を巻き付け、持ち上げたと思ったら、僕の方にまで伸ばしてきた! 言ったらいけなかった事だったみたいだ。


「俺はなぁ、中身は確かにおっさんだ。しかしもう遥か昔に死んでいる。その時、次は可愛い女の子に生まれ変わろうと、母体の中のある体に魂を移そうとした所、失敗してその部屋に置いてあった日本人形に乗り移っちまった、哀れな陰陽師様よ」


「はぁ……」


 少し動機が邪な気がするし、陰陽師どころか今は怨霊になっちゃってる気がする。


「だからなぁ……今見て分かったよ。お前は俺の野望を体現している。羨ましくてしゃ~ないなぁ!!」


「あぁぁあ!! 髪の毛巻き付けないで!」


「しかも妖狐か?! 狐娘か?! 羨ましいなぁ、おい! 感想は?!」


「それどころじゃないんだけど!!」


 この日本人形は危険過ぎた。

 とにかくお坊さんに必死に助けを懇願し、何とか脱する事には成功しました。


 ◇


 それからしばらくして、ようやく落ち着いてきた日本人形のお霊さんは、さっきの強面の男性に再度抱えられ、状況確認をしていた。


「なるほど、無能法師。貴様、要らんことしやがって」


「し、しかしのぉ……」


「黙れ。指示通りにしておけば良かったものを……まぁ、良い。その妖狐にも手伝って貰おう」


「えっ、でも僕――」


「俺に分からないと思うのか? 呪われたお前のその体。男の魂が内にある。この事から、お前には何かしらの事情があり、その体になってしまったんだ。しかもご丁寧に記憶を消されている」


 日本人形は動かないし、口も動かないのに、僕の頭に直接話しかけているのか、響いた声でそう言ってきた。

 自分では知らない僕のことを、お霊さんは知っているのかと思ったけれど、どうも僕の魂を陰陽師の能力で覗きみただけらしい。


「その上で、貴様の中に相当な力が眠っている事も見つけた。だから手伝えと言っている。この男も、見識眼だけはあるからな、お前の力を見抜いたんだろう」


「いえ、リリたんをバカにしたので――」


「その名は止めろと言ったろう」


「ぐっ……!」


 あっ、また髪の毛で締め付けている。

 それにしても、この人達はいったい何者なんだろう。こういう事を生業にしているのなら、組織として動いている可能性もある。


 そうなると、これが終わった後で、僕を始末する――なんて事も考えられる。


「ちなみに、お前に拒否は出来ない。どうせ行く当てもないのだろう?」


「…………」


 それもその通り。そして、この人達は僕の封じられたその記憶とやらを、何とかしてくれるのかもしれない。それなら――


「分かった。手伝う。でも――」


「あぁ、その後お前の今後の事も考えてやっても良い。人里で生活など出来ないだろうし、俺達なら良い隠れ蓑にもなるだろうな」


「君達は、やっぱり組織として動いて――」


「この3人しか居ない、弱小支部だがな。本部のやろう、この辺りは大したことないからと、ろくな人員も回さず……全く」


 部下もだけど、このお霊さんにも上司に不満がありそう。まるで一般企業の社会人みたいだ。


「愚痴を言っても仕方ない。今はこの怪異を何とかしないとだ。さて、どうするか」


「なんならそのキャンピングカーを止め、中の本体を浄化してしまいましょうか」


「う~む……それしかないか~」


 それしかないって、だいぶ強引だね。とは言え、説得で聞きそうな相手達ではないのは分かった。

 特に、キャンピングカーの方は異常だった。あの双子もだけど、もう一つ、何かとてつもないものが乗っていそうだった。


「よし、ではそこの無能坊主、か――」


「影法師でございますよって、分かりました。儂等が止め――」


「いや、囮になって貰おうと思ったのだが。と言うか、名前は言っては駄目なのか? そうでも――」


 すると、お坊さんが急いでお霊さんの方に向かい、小声でなにかを言った。


「……分かった。それなら、その妖狐と一緒にキャンピングカーを探せ」


「あぁ、分かった」


 どうやら、このお坊さんは何か言いたくないことでもあるらしい。ただ、このお坊さんと一緒にとなると、ちょっと不安なんだよね。意外と無能だし。


 それをいう僕の方も、自分に力があるとは言われても、それをどうしたら使えるのかは分からない。


 移動中に意識でもしてみようかな。


 それから僕達は二手に別れ、そのキャンピングカーを探すことにした。


 ◇


 まだ雨が止まない中。

 僕達は山道でキャンピングカーを待ち伏せしている。


 例の都市伝説は、どうやら今時珍しい、ヒッチハイクをしている人達をターゲットにし、キャンピングカーにいる何かへの糧にしているようだ。


 そこで、僕達は無害なヒッチハイカーとして、そのキャンピングカーと接触しようとしている……けれど。


「ふ~ん。ちと参ったのぉ」


「服くらい何着か用意しといて下さいよ」


 ヒッチハイクをしている人達のような服装に、扮する事が出来なかった。そもそも手ぶらだからね、この人は。それならさっきの作戦を言わないで欲しかったけれど、相手が車で移動しているから、追うことは出来ない。待ち伏せしか……ね。


「ワンピースでも用意しちょけば良かったかのぉ」


「それ、僕にお色気で囮をさせようとしているよね。僕は男だからね」


「どこからどう見ちゅう美少女妖狐じゃろうが」


「うぐぅ……」


 気にしないようにしていたのに、また思い出させるような事を。


 確かに結構可愛い部類には入るだろうけれど、だからって、そんな簡単に女の子になんか――


「…………」


「何ポーズしちょるんじゃ? 満更でもないのなら、報酬で買っちゃろうか?」


「……はっ! い、要らないです!」


 ついうっかり水溜まりに映った自分の姿を見て、色々とポージングしてしまった。自分自身の姿を見て何をやってるんだろうね、僕は。

 この体にはまだ慣れてないし、歩幅とか、背丈が変わってたりで、色々と不自由しているんだ。何より不自由なのは尻尾があることだけどね。


「なんてやっちゅう間に来おったぞ」


「あっ、本当だ……って、なんだか様子が……」


 確かに前から凄いオーラを纏った車がやって来ているけれど、ガタガタと古びた音を立てている。


「ん~? いや、変わっちょらんが……」


「えっ? ということは、お坊さんはずっとあの古ぼけたキャンピングカーの状態を?」


「うむ。というか、お前さんもその状態で見えちょるんか?! どういう事じゃ」


「それは僕が聞きたい!」


 確かにさっきは綺麗な新品同様のキャンピングカーだったけれど、今目の前からやって来ているのは、もう何十年も経った後のような、古ぼけたキャンピングカーだよ。


 ただ、あの鼻歌は聞こえてくる。軽快な、ミッ○ーマ○スのテーマが。


「……でも、何もしてこないわけじゃなさそう。お坊さん、ここから逃げた方が良い!」


「じゃな……なんか猛スピードで突っ込んで来よった!」


 何かおかしいと察知した僕達は、咄嗟に歩道から山の方へと身を投げて、猛スピードで突っ込んで来たキャンピングカーを避けた。


「危なかった……でも、いったい何で急に……」


「何かを察知したようじゃのぉ」


 その突っ込んで来たキャンピングカーは、歩道の脇に乗り上げ、そのままひっくり返ってしまった。

 何がしたいのか分からないけれど、それが逆に異様に怖い。そして開いた後部の扉から、赤ん坊の笑い声まで聞こえてきた。


 アレだ。僕が感じた、キャンピングカーの方の異様な気配は。


「あの赤ん坊、ちょっと危険だよ」


「赤ん坊なら良いがのぉ。たいがいが赤ん坊じゃない」


「えぇぇ……」


 あそこを確認なんか出来っこない。

 すると、今度は後ろから例の軽快な鼻歌が聞こえてきた。


 いつの間にか僕達の後ろに、キャンピングカーを運転していた大男が居た。


「お坊さん!」


「ぬぉ!!」


 お坊さんは振り下ろされた斧から、何とか逃げられたけれど、足をくじいたのか、その場で転んでしまい、しかも立てなくなっていた。


 僕に……僕に何か力があるなら、今使えてよ。


「この、離れろ!」


「ん~気分爽快。なんとも愉快だ。なぁ、そうだろう!! 皆!!」


「…………」


 手を前にかざしても何も出なかったし、大男の方は僕達を見る事もなく、ただ意味不明な事を言っている。それなのに――


「そうだそうだ!」


「あぁ、その通りだ!」


 周りには大男しかいない。それなのに、誰かの返事が返ってくる。


「なぁ! 悪いのは、こいつらだよなぁ!! ハレルヤァ!!」


「ヤバいヤバいヤバい、お坊さん、逃げよ! 立って!」


「ぬぅ、お前だけで逃げるんじゃ」


「そんな……でも……」


「良いから、行くんじゃ!」


 そうだ。さっきの上司達がこの近くにいるなら、早く助けに来てよ。そうじゃないと――


 そんな時、僕達の近くで銃声が鳴り響いた。


「そこまでだ。彷徨うキャンピングカーの家族」


「お、遅いよぉ……」


 ギリギリの所で、お霊さんを抱えた男性が、大男の後ろから銃を構えていた。

 助かった……僕達は戦う事が出来ないから、このままだと殺される所だった。


 一応、お坊さんはずっと念仏を唱えていたけれど、大男は全く意に介してなかった。本当に、このお坊さんはなんでこの人達と一緒に行動しているんだろう。


「よぉ、悪霊の集合体ども。お前如き、この呪いの人形であるお霊さんが――」


「お前等が悪いんだよなぁ!! ハ~レルヤァ!」


「うぉっ!」


 格好をつける前に、相手を制した方が良かったような……思い切り振り向きながら斧を振り抜いていたよ。男性が避けたけれど、お霊さんの顔面スレスレだったね。


「あっぶねぇなぁ。おい、お前、もっとしっかりと――」


「……良くも、良くもリリたんに向かってぇ!」


「おっ、待て! こら! 俺はリリたんじゃないし、俺を置いてからにしろォ!!」


 この人達に、チームプレイという概念はないのだろうか。

 お霊さんを抱えた男性が突然キレて、お霊さんを抱えたまま大男に向かっていった。

 相手は斧を持っているのに、それでも戦える程に、自信があるようだ。


「ふん!!」


「……ぬっ!!」


 それを証拠に、男性は一瞬で距離を詰め、斧を持っている右腕を蹴り上げ、斧を吹き飛ばしました。


「ちっ……仕方ねぇな。おい、お前等! ボディガードのこいつらは俺達が何とかする! お前達2人はキャンピングカーの方の本体を何とかしろ!」


「えぇ!! し、しかし、儂は浄霊する事など……」


「そこの狐が何とかしろ!」


「僕ですか?!」


 いくらなんでも無理難題だよ。でも、大男を制してくれるなら、キャンピングカーの方のその本体というのを探れるかも。

 本体が何かが分かれば、多少は……と思った所でその先をどうしたら良いのか分からない。


「急げ! こっちはそう何分ももたん!」


「分かりました!」


 すると、お坊さんがその言葉に答え、僕の腕を掴んでキャンピングカーの方へと向かって行きます。


「ちょ、ちょっと……僕はまだ力とかそういうのは――」


「大丈夫じゃ。儂自身は能なしじゃがのぉ、お前さんの能力の当てならある」


「えっ……」


 どういう事か聞こうとしたら、懐から何かを取り出して、僕に手渡してきました。


「すまんのぉ、お前さんの事にも当てがある。今は言えんが、これが終わったら教えちゃる」


 渡されたのは、古い一冊の本。

 だいぶ年季が入っていてボロボロだ。


「『妖狐伝』? これはいったい……」


「……そういう家系があっての。お前さんはその家系に関係しちょる」


 そんな事を話していると、既にキャンピングカーの前までやって来た。


「ちょ、ちょっと待って……この中に、僕の力のことが?」


「14ページあたりじゃ。はよ確認せぇ」


 もう既に相手は僕達を捉えているし、お霊さん達が相手をしているボディガードを呼んでいるだろう。早くしないと、大変な事になる。


「え~と、え~と」


 急いでページをめくり、何とか僕の力の根幹となっているであろう説明に辿り着いた。それを読んでビックリした……けれど、今はそれよりもこのキャンピングカーを何とかしないといけない。


「えっと……物は燃やせないけれど、それ以外を燃やせる『狐火』!」


 そのキャンピングカーの中が危ない。後部の中、何処かの棚の中だ。開けるのは危なそうだからそのまま燃やすことにしてみたけれど、中々火が付かない。


 本に書いてあるように意識を集中させ、体の熱を指先に集めて発火させているけれど、火力が足りない。もっとだ……もっと……。


「やぁぁああ!!」


 気合いが足りないからだと思った僕は、思い切り指先の熱が高まるように、気合いを入れてみた。すると――


「わぁっ!!」


 もの凄く大きな狐火が飛び出し、それがキャンピングカーに命中しました。

 逃げる様子がないのは、運転手がいないからだ。あの大男をお霊さん達が止めてくれていたから、僕でも何とか出来た。


「良くやったな」


「あっ……」


 そして後ろに仰け反り倒れそうになった僕を、お坊さんが受け止めてくれたけれど、話し方に方言がなくなっていて、普通の男性っぽくなっていた。


「あの……ありがとうございます。でも、ずっと気になってたけれど、何で僕をこんなに気にかけて……」


「あ~まぁ、息子に似ちょるからのぉ。儂の息子はとっくに死んどぉが、どことなく……な」


「そうですか」


 さっき一瞬普通の喋り方になったけれど、その声が、喋り方が、何処かで聞いた事があるような気がしてきた。

 落ち着くような、それでいて厳しく、いつも僕を見ていた……ような、そんな……そんな声。


「…………あの、僕、お坊さんと何処かで会った事――」


「ないのぉ、初対面じゃ」


 即答ですか。そうなるとこれ以上聞いても――


「気を付けろ!! 奴はまだ――!!」


 そんな時、僕達の背後から突然お霊さんの声が響き渡る。

 その瞬間、もの凄い雄叫びも聞こえてきて、何かが猛スピードでこちらに突進してくるのが分かった。


「おぉぉおおお!!!!」


 あの大男だ。


「いかん!!」


 手には大きなナイフが。しかも、それを僕達が振り返った瞬間にこっちに投げてきた。


 避けられない。


「――ッ!」


「…………ぐっ!!」


 避けられないと思った瞬間、僕の視界にお坊さんの姿が目いっぱいに広がる。


 咄嗟に僕を抱きしめてきた……? って、ナイフは、それに口から血が――


「あぁ、な、なんで……お坊さん……」


「…………ぶ、無事かのぉ?」


「僕は大丈夫だけど、お坊さんが!!」


「なぁに……ごほっ、急所は外れ……とる」


 そう言った瞬間、お坊さんは前のめりになってくずおれた。

 その時見えたけれど、背中に深々と刺さったナイフは、僕にとっては致命傷にしか見えなかった。


「俺達の……俺達が……!! おのれ……ハレルヤァァァア!!!!」


「お坊さん、お坊さん!!」


 目の前には大男が雄叫びを上げ、次のターゲットに僕を睨みつける。お坊さんは意識がないのか反応がない。後ろからはお霊さんを抱えた男性が向かってきているけれど、多分間に合わない。


 このままでは僕も――


「逃げるんじゃ……」


「お坊さん?! 大丈夫?! 逃げるって言っても、もう……」


「早……くしろ。あいつに続き、お前まで……失うわけには……」


「なにを……」


 お坊さんが必死に僕を逃がそうとする。

 でもその時、腕を伸ばして僕を逃がそうとしたそのお坊さんの懐から、写真が一枚地面に落ちた。


「…………え?」


 そこには、お坊さんの若い時の姿と、妖艶な妖狐の女性、そしてどこからどう見ても、この僕も一緒に映っていた。


 このお坊さんの家族写真だ。


 その瞬間、僕の中の何かが弾け、今まで思い出せなかった僕の記憶が溢れ出す。


「あぁぁぁ……!!」


「い、いかん……お前さん、記憶が――」


「うわぁぁあ!!」


 そうだよ。この人は……このお坊さんは……僕の――


 お父さんだ。


「ハ~レル――」


「うるさいよ! お父さんに、お父さんになんて事を!!」


「ぐぅ……!」


 向かってくる大男は僕を殺そうと、新たにナイフを取り出し、それを振りかざしてきたけれど、僕は右手が顔を掴み、その動きを制した。もう、襲いよ。お前は僕に勝てない。


 それなのに僕は忘れて、しかも守られて、お父さんは致命傷を……。


 でもさっきの本にも書いてあった。


 僕は、呪われた妖狐。


 だから記憶を封じて、何もかも忘れて、静かに過ごす必要があった。


 自分でそうしたんだ。それなのに――


「お父さん……なんで僕に会いに来たの」


「……ふっ、何を言われても、お前は俺の息子なんだ。ただ、知らずに、また……一緒に……と思ったが、上手くいかないもんだなぁ」


「そうだよ。それで良かったのに、僕は僕は――」


 だって僕は――


「この呪いのせいで、僕はお母さんを殺したんだよ」


 だから、1人になりたかった。1人で過ごしたかった。

 自分の罪に潰れないように記憶を消してさぁ。それなのに、お父さんはわざわざ――


「それでも、愛しい一人息子だ。何とかしたかったんだが……」


「うぅぅぅ……」


 こんな家系だから……僕は妖狐だったお母さんの方の血が濃くて、でも、100年に1度出ると言われる呪狐の血まで濃く出て――だから僕は。


「ぬぐっ、ぐっ、お前等が、お前等が悪――」


「そうだよ、僕が悪い。だからお前は――消えろよ!」


 泣くのはまだだ。

 まず、目の前のこいつを――


「ハ~レルヤァ!!」


「うるさいなぁ! お前如きの負の念程度で、僕の呪いに打ち勝てると思うの?!」


「うぃ? うっ、うわぁぁぁああ!! く、食われ……喰われるぅ!!」


 お前を掴んだ時点でもう終わってるんだ。

 僕の呪いを、一気にこいつに流し込み、黒く煤けたような跡を全身へと広げてやる。


 たったそれだけで、こいつはもうこの場からは動けない。


「ほら……そこのキャンピングカーにいる、お前の殺した、お前の愛人の赤ちゃんと一緒に、寝ておけよ!」


「うわぁぁああ!!!!」


 あとはそのままキャンピングカーに向かって放り投げ、一緒に燃やし尽くしてやった。


「……う、ぉぉ……俺より呪いが強くないか?」


「リリたん。しかし彼が」


「その名で呼ぶな。うむ、しかし……俺達の不手際で……」


「……弾切れしていなければ」


 木々の間から、お霊さん達もやって来る。

 あなた達は一番厄介な人を足止めしてくれていたんだ。だから、別にせめることはしない。


 こんな危険な事もあるかも知れないのに、ただの、普通の、お寺のお坊さんだったお父さんが、あなた達を一緒に行動していたのが悪いよ。


 僕に会いになんか来たから――


「お父さん……何してるの。僕は、僕の事もお母さんの事も忘れてって……そう言ったのに……」


「…………忘れ、られんなぁ。それと、子が……親の心配をするな」


「バカでしょ……ねぇ」


「ふふ、親バカで……結構だ。お前さえ、幸せならそれで――」


 お父さんに近付き、そっと頬に触れるけれど、もう血の気がないのか、降り注ぐ雨のせいなのか、体が徐々に冷たくなっている。


「お母さんとの事は……気にするな。お前の方が……これから……」


「お父さん?」


「……お母さんと一緒に……見守っているからな……」


 そう言って、お父さんはゆっくりと目を閉じた。


「お父さん――うぅ……ぁぁぁああ」


 雨でヒンヤリした空気の中、僕はお父さんに覆い被さって泣く。


 こうなりたくなかったから、だから、離れたのに――僕なんか探さなければ、見つけなければ、見つからなければ良かったのに。


「雨、止んだな」


「――うぅ、ぐす……」


 気が付くと、僕の後ろにお霊さんを抱えた男性が立っていた。お霊さんは日本人形だから、表情は変えてないけれど、申し訳なさそうにしているのは、なんとなく分かる。


「うちに来い」


「へ?」


 すると、お霊さんが僕に向かってそう言った。

 行き場がないからって、お父さんの居たところに居ても、僕なんか呪いを運ぶ妖狐なんだよ。


「席が一つ空いた。だからお前が来い」


「お父さんの代わり? でも、お父さんは――」


「それでも坊さんということで、割とそいつ宛ての依頼があってな。それと、俺も呪いの人形だ。今更呪いが一つ二つ増えた所で変わりない」


 そう言われたら反論出来ない。


 それと、どうせ行く当てがないなら――


「分かりました……お父さんが残した仕事くらいはやります」


 お父さんの亡骸を抱えて立ち上がると、目の前は夕焼けに染まっていた。


 僕が生きていい理由なんてないだろうけれど、それでも僕みたいな人を増やさないためにも――


「その代わり、僕の家系――嘉弥真(かやま)家の事を、調べておいて下さい」


「言われなくても調べるさ。そのために、その無能坊主を置いていたんだ」


「そうだったんですか」


「行くぞ」


 やっぱり、放っていたらマズかった。あの家だけは――僕が潰さないと。


「あっ、それと一応僕、亮って名前が――」


「お前俺と被ってんじゃねぇよ。よし、凜って名前にしてやる」


「待って、そんな理由で?! いや、それならそっちが折れてよ!」


「嫌だね!」


 なんだか前途多難な事になりそうだけど、それでも歩いて行くことにするよ――お父さん。


 ◇


 ――数ヵ月後。


「おおぃ!! 凜! あの土地浄化出来てねぇぞ!」


「へぇ?! いや、でも、元凶の古井戸は――」


「違ったんだ! あそこの裏山にまだなんかあるぞ!」


「そ、そんな~!」


 今日も僕は、ここ「怪異現象特捜部、第2支部」にて一生懸命浄化のお仕事に励んでいます。

 デスクの上でカタカタ動く日本人形の上司の下でね。


「全く! 父親も無能なら、息子も無能か?! この無能妖狐! せっかくの美少女なら、色仕掛けでもしてこい!」


「怪異に効くとは思いませんけどね!」


「とにかくもう一度行って来い!」


「分かってます~!!」


 どうやら僕の目的を果たすのは、まだ先の話になりそうだ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] こういうお話大好きです
2019/07/27 19:23 退会済み
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