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第二十三話 男はやはり拳で語り合う会

「ツユマル、いつまで座ってるんだ行くぞい?」


「あ、はい。すみません……」


 会議の後半の内容はよく覚えていない。

 ふとしたきっかけで思ったことが俺の頭の中をグルグルと回っていたからだ。

 話が終わってライオネンさんに呼ばれるまで、思考は同じ位置を回るだけだった。


 俺は、サーナさんが、好きなんだ。


 よく考えれば、そうだよな。

 女性とも縁のなかった男が、あんなに素敵な女性に色々としてもらって、たくさんの時間を過ごしていれば、簡単に好きになるよな……

 あんな、高嶺の花。男という生き物は馬鹿だな……


「おい、ツユマル! 宿に着いたぞ? 大丈夫か?」


「どうかされたのですかツユマル様?」


 心配そうにサーナさんが覗き込んでくる。駄目だ、顔から火が出そうになる。


「だ、大丈夫です。ちょっと、すみません、いろいろあって疲れたのかも?」


 思わず顔を背けてしまった。


「すみません、遠出でお疲れでしたのに……配慮が足りませんでした」


「い、いやいや、サーナさんは何も悪くないですよ! 俺が弱っちいだけなんで、や、宿ですよね!

 た、楽しみだなー」


 だ、だめだ、意識をしてしまって、まともにサーナさんの顔も見られない……

 中学生かよ……、ってまぁこういうこと、ずっとないから経験値はその頃から増えていないのか……

 店主という立場を通してしか、異性となんて話してなかったもんな……


「それにしたってあの態度は……」


 一人部屋のベッドに横たわって反省会中だ。

 少しでもサーナさんのことを思い出すと顔が熱くなる気配を感じる。


「なんなんだよ、さっきまで何でもなかったじゃないか……」


 もう30代も後半、すでにそういう気持ちは諦めて枯れたものだと思っていた。

 

「びっくりだよ、本当に……そう言えばこっちに来てから体も軽いし、なんか肌とかの調子もいいし、若返ったような感じだからな、気持ちまで若返ったのかなぁ」


 十中八九出汁の性だとは思ってるんだけどね。

 たるみきった親父体型もライオネンさん達と訓練していたらすっかり細くなったし、腰痛もすっかり良くなった。なかなか新しいことを覚えられなくなっていた脳みそも何やら調子がいい。

 物忘れも減ったし、出汁の効果は俺にもはっきりと出ていた。


「だからって、今更、恋とか……」


 恋、言葉に出すとまっことこっぱずかしい。

 サーナさんはとても素晴らしい女性だ、俺なんかにも優しくしてくれるし、とっても良くしてくれている。それを俺のよこしまな感情で汚しているようで、胸が苦しくなってくる……


「……変な、自覚なんて、しなければよかった……」


 そうすれば、少なくとも今の関係かそれに近い関係でいられたのに……

 今では、彼女を少し思い出すだけで、胸が高鳴り顔が赤くなる。

 ああ、恋って、こんな感じだったかもな、何もなかった人生だったけど、思いも出せない昔、こんな気持ちになっていたような、そんなおぼろげな記憶がある。


「なんにせよ、迷惑はかけられない。……仕事。そう、サーナさんとの関係はビジネスだ」


 自分自身に言い聞かせる。

 客商売をやっていれば綺麗な人の何人かにも出会うが、きちんと仕事とすれば話すことも出来た。

 そう、それを行えばいい。だって、今までだってそうやって普通に話せてたんだから……


 ベッドにうずくまり考えをまとめていると、コンコンとドアがノックされる。


「おーい、ツユマルー体調はどうだー?」


「あ、はい、今開けます。大丈夫です」


 扉を開けるとライオネンさんが小さな盆にカップを二つ持って立っていた。

 筋骨隆々なライオネンさんからするとアンバランスなその光景に思わず笑みがこぼれた。


「お、顔色も良くなってるな、なんか妙に真っ赤になってたから熱でも出したんじゃないかとな」


「あ、あははは、すみません心配かけて」


「まぁネクタル飲んでる俺やツユマルが病気にもそうそうかからんだろうとは思ってるんだが、サーナ殿が心配しててな」


「ブフォッ! ゲッホゲッホ」


「おいおい、やっぱり病気か?」


「い、いえ、サーナ様にも心配かけてしまって……」


「……? まあいいや。今後の予定なんだが、たぶんシンサールが動けば一気に予定が早くなるはずだ。

 そして、その内容次第でツユマルのこの国での未来が決まる。

 早く体調を整えないとな、なんなら少し稽古でもするか?」


「そうですね、身体を動かしている方がいいのかもしれませんね」


「おお、そうか! じつはな、シンサールがツユマルに興味津々でな」


 ……このパティーンは……


 そして、気がつけば俺はギルド本部の稽古場でシンサールさんと対峙している。


「まぁ、俺でも勝てないから大丈夫だと思うけど、シンサールは早いからな」


「は、はぁ……」


「それではツユマル殿、一手ご教授願おうか」


「あ、こ、こちらこそお願いします」


 軽く一礼して構える。こうして正面に対峙しているとよりはっきりとわかる。隙が無い。

 ショートソードを両手に二刀、身体は完全に半身でこちらの出方を伺っているようだ。

 残念ながら俺はカウンタータイプなんだよね……

 それでも正眼の構えから牽制の小手を出してみる。

 その瞬間、目の前からシンサールさんが消える。ほんとに消えた。

 驚いて周囲を見ると右の方向にいつの間にかシンサールさんがシフトして、スローモーションで飛び込んできた。

 振り下ろされる第一刀を剣でずらして避ける。すぐさまもう一刀が横なぎに俺の腹部を狙ってくる。

 凄いな、スローモーションの世界でも、避けるのが大変な速度だ。

 自分から見て右からの一撃を左前に進むことで回避する、伸び切った左手の手首を掴み引きずりおろすように引っ張りながら右足で足を払う。

 小学生のころに少林寺拳法を少しだけやっていた頃に習った小手返しの変形みたいなものだ。

 綺麗に一回転して倒れたシンサールさんに剣を突き付ける。


「それまで!!」


 ライオネンさんの一言で加速世界が元に戻る。


「ふぅ……」


「……く、く、っくっくっく、クククククク……」


「だ、大丈夫でしたか?」


 一応地面につく前に手を引いたからそんなに強くは倒していないはずだ。


「あーーーーっはっはっはっはっは!!」


 なんか、大声で笑いだした。ライオネンさんを見るとニヤニヤしている。


「どうだ、シンサール、びっくりしたろ?」


「ああ、ああ、驚いたとも。生まれて初めてだ。気がついたら天井が見えた。

 何をされたかも理解できなかった!!

 完敗だ! これ以上ないほど、いやいや、世界は広い!!」


 なぜか嬉しそうにすくっと立ち上がるシンサールさん。良かった、頭でも打ったのかと思った。


「ツユマル殿、武の極みを見たような気持ちです。ありがとう」


 なぜかがっちりと握手された。

 

「いや、俺がすごいんじゃなくて、迷い人のスキル的な物が凄いだけなんで」


「いやいや、そこは謙遜されたら俺の立つ瀬がない。

 これでも武術に関しては自信を持っていたんだ、達人であるツユマル殿に敗れたと思わせてくれ」


 なるほど、確かにそうか……


「わかりました。逆に、ありがとうございます」


 過度な謙虚さは嫌味になる。これは覚えておこう。


「そうだぞ、いつも言ってるのにツユマルは、スキルだって与えられたらてめぇの物だ。

 しっかりと理解して使いこなせばそれは己の力だ!

 と、いうわけで、次は俺だな」


「ライオネン、その前に俺とやってくれないか?」


「おお、そうだな。久しぶりだな、先に言っておくが、以前より強いぞ俺は」


「望むところだ、まずはお前を超えよう!」


 すっかり熱くなった二人はサーナさんからの使いが来るまで俺も含めて汗を流した。





 

色恋話書くのが苦手です……

うじうじするのが嫌ならそこらへんは飛ばしてもらったほうがいいかもです……

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