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89.『身代わりのネックレス』

「この辺りでいいか」


 3人は王都郊外にある森へと来ていた。


 脳内マップに人影はないので、思う存分『身代わりのネックレス』の効果を試すことができそうだ。


「取り敢えず俺が『身代わりのネックレス』を使って障壁を作るから、2人は攻撃をしてもらっていいかな」


「わかったわ」


「ああ」


 ケントは『身代わりのネックレス』を取り出すと首にかけ、障壁を展開した。


 障壁は半透明なもので、ケントを中心として球形に展開された。


 障壁を展開している間はその場を動けないようだが、展開範囲はある程度変更することができるようであり、障壁内に他の人を入れることも可能なようだった。


 障壁の展開に合わせてケントのHPが減少する様子をステータスを開いて確認する。


 どうやら1度にHPを消費するのではなく、少しずつHPを障壁へと還元しているようだった。


 傷を負ってHPが減少する場合と異なり、HPが減少していても特に痛みはなかった。


 これは朗報だ。


 数秒後、HPが半分になったところで減少は止まった。


 更にHPを消費しようとしてみたが、駄目だった。


 どうやらHPを消費しすぎないようセーフティ機能があるようだ。


 痛みもなくHPが減少するということは、自分のHP残量を感覚的に把握しにくいということなので、この機能はありがたい。


「まずは回復魔法でのブースト無しで作ったから、攻撃してみて」


「じゃあ私から」


 そう言うとミランダが黒鉄剣を無造作に振り下ろした。


 剣はケントの展開した障壁に当たると、キンッと硬質な音をたてて弾かれた。


 ミランダは繰り返し剣を振り下ろし、その数が5回になったところで障壁はパリンッと砕け散った。


「これは思ったより強いかもしれないな」


 ケントのHPは特段高いわけではない。


 冒険者として過ごすなかで強化されているため一般人よりは高いが、冒険者の中では並み程度だ。


 そのケントのHPを半分消費して生み出された障壁は、本気ではないだろうがそれでもミランダの斬撃を5回も受け止めて見せた。


 ミランダの冒険者としての強さはケントが一番わかっている。


 そのミランダの攻撃を防げるのだから、少なくとも護身用としては十分な強度だろう。


「次は回復魔法で強化していくね」


 回復魔法でHPを満タンにしてから再び障壁を展開する。


 HPが半分を下回らないよう継続的に回復魔法を使用していく。


 しばらく回復魔法を続けていたが、強化が終わる気配がなかったので、強化しながら攻撃してもらうことにした。


「シッ」


 ミランダの斬撃を弾いた回数が5回を越えた辺りから少しずつミランダの斬撃が鋭くなっていく。


 障壁の実験とはいえ、壊そうとしているのに壊せないという状況に少しむきになっているのかもしれない。


 目にも止まらぬ斬撃の嵐を、しかし障壁は完璧に受け止める。


 初めはキンッという単発の音だったのが、いつの間にかカカカカカッという連打音に変わっている。


 どれくらい経っただろうか。


 嵐のような斬撃を受け続けてなお障壁は壊れる気配がないので、ミランダの息が上がってきたところで一度攻撃を中止してもらった。


「はぁ……、はぁ……。

 流石にその硬さは反則じゃないかしら」


「だな。

 国宝級の魔道具といっても過言ではないだろう」


「俺もそう思うけど、普通の人がこれを再現しようとするなら、大量にポーションを用意してそれを湯水のように浴び続けなければいけないから、実用性は微妙かもしれないね」


 それこそ俺やシアのように自己回復手段を備えている人でもなければ、護身用以上の役目を果たすことはないだろう。


「よし、なら次は私だ」


 そう言うとフロスティは魔杖を構えた。


 魔杖によって強化されたファイヤーボールがケントに降り注ぐ。


 視界一杯に広がる炎の波は見ているだけで火傷しそうな熱気を放っていたが、障壁はファイヤーボール本体はもちろん、その熱気すら完璧に遮断していた。


 フロスティは己の魔法で壊れない的に興奮してきたのか、いつぞやのように「ふはははははっ!」と笑いながら攻撃を続ける。


 その表情には次第に狂喜が見え隠れするようになり、正直迫ってくるファイヤーボールよりもフロスティの方が怖かった。


 またMP切れで倒れられても困るので、ほどほどのところで中断してもらう。


 途中で止めさせられたフロスティはどこか不満げだったが、それはそれで可愛いので良しとする。


「物理も魔法も完璧に防げるみたいね」


 ミランダがフロスティを宥めながら言った。


 ミランダの言う通り、防御という面では十分といって良いだろう。


 他にも障壁内外の空気の流れはどうなっているのかなど検証したいことはいくつかあるが、そもそも魔法のあるこの世界でヒトが酸素と二酸化炭素の交換による呼吸を行っているのかもわからない。


 今はシアの身を守ることができると分かっただけで十分だろう。


 ◇


「シア、受け取って欲しいものがあるんだ」


 屋敷へと戻ったケントは早速シアに『身代わりのネックレス』を渡すことにした。


 シアには攻撃手段も防衛手段もない。


 ただ死なないだけだ。


 平和に生きてきたケントにはシアの傷を理解してあげることはできない。


 だが、シアの境遇を知ってしまった以上、これから将来彼女の身に振りかかるかもしれない害悪から少しでも守ってあげたい。


 もう十分に辛い目にあってきたのだから、これからは幸せになって欲しい。


 そんな思いがあったから、『身代わりのネックレス』を見つけた瞬間、シアへプレゼントしようと思った。


 ケントは『身代わりのネックレス』をシアへと差し出した。


「これは『身代わりのネックレス』といって、シアの身を守ってくれる物なんだ」


 ケントは『身代わりのネックレス』について説明した。


 もちろん、効果を最大限に活かすためには超回復を使用する必要があることも含めてだ。


 シアが自身の持つ超回復のスキルについてどう思っているかはわからない。


 だが、そのスキルのせいで辛い目にあってきたといっても過言ではないだろう。


 超回復を恨んでいてもおかしくはない。


 そんな力は二度と使いたくない、そんなもの要らないと言うかもしれない。


 それでもケントはシアに受け取って欲しいと思う。


 自己満足かもしれないがそれでもだ。


「シア、受け取ってもらえるかい?」


 シアは少しの間、視線をケントとネックレスの間にさ迷わせたが、ゆっくりとケントの手から『身代わりのネックレス』を受け取った。


「私の人生は色褪せていました。

 自分の手で命を絶とうと考えたこともありました。

 兄が、皆が死んでいく中、いつまでも死ぬことができない自分が嫌になりました。

 鞭を打たれながら奴隷として生きていくしかないのだと諦めていました。

 それでもあの日、地下牢でケント様に抱き締められ頭を撫でられたとき、確かに幸せだと感じたのです。

 これまでの日々は辛いものでした。

 ですが超回復を持っていたお陰でケント様に出会うことができました。

 ただ寒くて痛くて辛いだけで終わるはずだった私の人生に温もりを、幸福をもたらしてくれました。

 あのとき感じたものを私は一生忘れることはないでしょう。

 これは私には過分な物かもしれませんが、これからはこの力を使ってケント様の盾となれるよう努力します」


 何かを決意した目でシアが見つめてくる。


 その瞳には奴隷だった頃にはない、確かな力強さが感じられた。


 あれ、護身用に渡しただけだったんだけど、何か食い違っているような?




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