88.掘り出し物
今日はミランダとフロスティの3人で出掛けることになった。
フロスティの予定が今日になって漸く空いたのだ。
せっかくの王都なので、皆で観光することができそうで良かった。
シアも誘いたかったが、ランドン伯爵から屋敷から出ないよう厳命されているので仕方ない。
既に奴隷ではなく、また姿も奴隷の時の面影もないくらい健康的になったとはいえ、マラミンス侯爵の手の者に見つかる可能性は十分にある。
当然の処置だろう。
ガリガリに痩せていたシアの姿が突然健康的になったことについては隠しようもないので、ランドン伯爵には超回復について正直に話した。
もちろんケントが鑑定したことについては言えないので、シアから超回復について聞いたことにした。
シアのあまりの変化に流石のランドン伯爵も驚きを隠せていなかった。
まるでミイラのように手足の骨が浮き、栄養不足で腹部が膨張していた少女が、食事をしただけで回復してしまったのだ、伯爵の反応も当然だろう。
また刻印を消してしまったことについてだが、こちらはランドン伯爵にも伏せてある。
どうしてもとなったら伝えるしかないが、フロスティがマルティーナと連絡を取って上手くいきそうならそのまま黙っているつもりだ。
誰かが困るようなことでもないし構わないだろう。
シアがいないのは残念だが、何かお土産でも買っていってあげたいと思う。
今日も変わらず王都は賑わっていた。
多くの人々が大通りを行き交う。
大量のディグアントや違法奴隷などいろいろな事件があった。
というより現在進行形であるわけだが、例え知らないだけだとしても、そんなもの関係ないとばかりに活気づく街並みを見ていると、人の営みというのはすごいなと感心してしまう。
「ふむ、ランドンも賑やかではあるが、やはり王都は活気があっていいな」
フロスティが串焼きを頬張りながら言った。
ケントやミランダと一緒にいるとはいえ、貴族であるフロスティが平民区を歩いているというのは大胆というか不用心というか。
さすがにドレス姿ではないので一目で貴族だとばれるようなことはないと思うが、美しいフロスティは歩いているだけで人目を引く。
良からぬことを考える輩が現れないとも限らない。
まあ、それはフロスティにも劣らない美貌の持ち主であるミランダにも言えることだが、彼女は冒険者でありその手の者のあしらい方も心得ているだろうからあえて言うことはない。
また買い食いという、他の貴族たちが見たら動転するであろう振る舞いを堂々とやってのけるフロスティ。
他の貴族に見下されたり、ハブられたりしてしまうのではないかと心配になるが、楽しそうに歩いているフロスティを見るとそんな心配するだけ無駄だなと気づかされる。
フロスティは芯の強い人だ。
その程度のことを気にして己の振る舞いを変えるようなことはないだろうな。
そんなことを考えていると、ふとミランダと目が合い互いに苦笑した。
「どうしたんだ、2人とも?」
「なんでもないよ」
2人の様子に首をかしげるフロスティ。
ケントとしても傲慢な振る舞いをされるよりは、今のフロスティのままでいてほしいと思う。
「あら?
あそこは何を売っているのかしら」
ミランダの視線の先にあったのは小さな露店商だった。
「いらっしゃい。
ゆっくり見ていってくれ」
どうやらその店はネックレスや指輪、髪飾りなどの装飾品を扱っているようだった。
露店商で売っている商品にしては小綺麗な物が多い気がする。
「俺は旅商人だからな。
世界中で買い付けた商品を売っているから、大きな店にはないような珍しい物だってあるぜ」
疑問が顔に出ていたのか、ケントに向かって店主は言った。
なるほど、自ら現地調達をしているのならば、仲介料がかからない分安く仕入れることができるから、露店商でも安く良い品を売ることができるのだろう。
並んでいる商品の中には、確かにこの辺りでは見ないような装飾を施されている物もみられた。
敷き布の上に並べられている商品を目で追っていると、隅に置かれた1つの箱で目が止まった。
中には一緒くたに放り込まれた装飾品があった。
「この箱の商品は?」
「ああ、それは売れ残りだな。
俺はいい商品だと思って仕入れているわけだが、どうしても色合いが地味だったり、奇抜すぎるデザインだったりするものはなかなか売れなくてな。
どうだ、今なら安くするぜ」
店主の言う通り、箱に入っている商品は並べられている物に比べると万人受けしないだろうなという印象を受ける。
だがそれは見た目の話だ。
ケントは箱の中から1本のネックレスを手に取った。
それはシンプルな十字架の形をしたネックレスだった。
元からそういう金属なのか、それとも着色したのかは分からないが、まるで錆びているかのような模様が全体に入っている。
この錆びたような模様がこのネックレスが売れ残ってしまった原因なのだろう。
「それが気に入ったのか?」
「はい、これください」
「毎度あり」
ケントは店主に代金を払うと、十字架のネックレスを受け取った。
◇
「ケント、どうしてそのネックレスを買ったんだ?
もっと良い物もあったと思うが」
露店を後にし歩いていると、フロスティが話しかけてきた。
「ああ、これはシアのお土産にしようと思ってね。
確かに女の子にあげるようなデザインじゃないと思うけど」
「じゃあどうしてそのネックレスにしたの?
嫌がらせのためって訳じゃないんでしょう?」
「まさか、違うよ。
店主は気がついていないみたいだったけどこのネックレス、魔道具なんだ」
ケントだってわざわざ錆びているように見えるネックレスをシアのお土産に買おうとは思わない。
どうせ買うなら並べられていたような、綺麗なネックレスの方がシアも喜ぶだろう。
ただ、このネックレスの効果がシアにぴったりだったので買おうと思ったのだ。
「そのネックレスが魔道具なの?」
「うん。
このネックレスは『身代わりのネックレス』って名前らしいんだけど、使用者のHPを吸収する代わりに自身の回りに障壁を展開することができるらしいんだ」
「障壁を展開できるの?」
「障壁の強度は吸収したHPに依存するみたいだけど、障壁が破られない限りはいかなる攻撃からも使用者を守るらしいよ」
「そんな凄い効果があるのか。
そのネックレスは貴族や王族には垂涎の品だろう。
何かと敵がいる者にとっては、自身の身を守る手段はいくつあっても良いからな」
「確かに普通に使用しても十分に便利なネックレスだけどね。
障壁の展開時間だって有限だし、障壁の展開にHPを消費する以上、HPの回復手段についても考えなければいけない。
それに常人が使用したところで障壁の強度がそれほど強くなることはないと思う。
例えが悪いけど、剣の一振りで死んでしまう人が、障壁としてHPを分割することでその一振りを防ぐのが精々だと思う。
二振り目で死んでしまうのは防げない」
「なるほど、それでシアにプレゼントしようと思ったわけね」
「シアの超回復なら障壁としてHPが消費されていく端から回復できるから、それこそ何者にも破られない守りを纏うことができるようになるんじゃないかな」
普通の人でもポーションや回復魔法で同様のことができるかもしれないが、ポーションは有限であり、回復魔法もMPに依存する以上無限に使うことはできない。
その点、シアの超回復はMPに依存しないスキルであるので、半永久的に障壁の強化ができるというわけだ。
「まあ、実際に使ってみないとわからない危険とかあるかも知れないから、俺が試しに使ってからシアにあげようと思ってたんだけど。
せっかくだし2人にも手伝ってもらっても良い?」
「ええ、いいわ」
「ああ、構わないぞ」
ケントは女神アエロラに貰ったステータスのお陰で、並みの魔法の使用で消費するMPよりも自然回復するMPの方が多い。
そのためMPの消費を気にせず回復魔法を放つことができる。
つまり擬似的にシアの超回復を再現することは可能だろう。
シアにまた超回復を使わせることについて思うところがないでもないが、それはシア本人が判断することだ。
シアがこんなものいらないと言うようなら、ケントが使えば良いだけなので問題ない。
3人は早速『身代わりのネックレス』の効果を試すために、王都郊外へと向かった。





