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85.捜査方針

「それではこれからのことについて話し合おうか」


 ランドン伯爵は皆を見渡すように言った。


「王国の貴族に席を置く身としては、違法奴隷は見過ごすことはできない。

 ケント君には厳しく言ったが、結果だけ見れば違法奴隷が王都で取引されている証拠を見つけることができたことは僥倖といえるだろう」


 少女の胸元にあった刻印については、ランドン伯爵も含めこの場にいる皆は既に確認済みだ。


 その上で少女の世話係などの使用人には口外しないよう命令が下されている。


 現状、違法奴隷が伯爵家にいると知られることは、伯爵家に疑いの目が向けられる可能性に繋がってしまうからだ。


「ケント君の話からすると、少女が運び込まれた屋敷というのは、マラミンス侯爵の屋敷で間違いないだろう」


「マラミンス侯爵か」


 その名を聞いたフロスティは苦い顔をした。


「知り合いなの?」


「知り合いというか、だな。

 侯爵には一人息子がいるのだが、以前それに言い寄られたことがあったのだ。

 見た目が悪いだけならまだ良いが、傲慢で他人を見下すことが趣味のようないけすかない男だ。

 最終的に婚約を申し込まれたが、父上を通して正式に断った」


 さばさばした性格のフロスティが他人に対してここまで言うのだ、そうとう嫌いなのだろう。


 ひき逃げしたときのマラミンス侯爵を思い出すと、さすが親子だと感心してしまう。


 息子はしっかり親の背中を見て育っているようだ。


 もし子供ができたら気をつけよう。


「私もあんなのにフロスティをやるつもりはないからね。

 ただ、向こうの方が家格は高いから、少し面倒な相手ではあったけど」


 ランドン伯爵の話を聞いていると、節々にフロスティを大切にしている様子がうかがえる。


 ひょっとしたら試練だ何だと言っているのは、娘を嫁に出したくないだけなのかもしれない。


(……ははは、まさかね)


「ケント君、君が連れてきた少女以外地下牢に違法奴隷はいなかったんだよね」


「はい、いませんでした」


「ふむ、そうなると『隷属の刻印』の在処について侯爵から辿るのは少し難しいかな」


「どうしてですか?」


「前提として貴族の家を捜査するには、確固たる証拠を国へ提出して、国王の許可を得る必要がある。

 今回は我が家よりも家格が上の侯爵家だから尚更だね。

 証拠に関してはケント君が連れてきた少女がいるから問題ないだろう。

 仮に捜査の許可が下りたとして侯爵家の捜査を行ったときに、違法奴隷が見つかれば良いんだけど、それがいないとなると厄介かな」


「厄介、ですか?」


「違法奴隷の取引に関する書類なんかがあればそれでも大丈夫だけど、侯爵が書類を残しているかわからないのが問題だね。

 どこか他の場所に隠しているかもしれないし、処分してしまったのかもしれない。

 もしくは事前に情報を仕入れて、捜査の手が及ぶ前に証拠を隠してしまうだろう。

 侯爵ともなれば、王城にも耳くらいあるだろうからね。

 物的証拠が見つからないとなると、侯爵の罪を立証するのは困難になる。

 反対に私達に捜索の目が向くかもしれない。

 その違法奴隷をどうやって手にいれたってね」


 ランドン伯爵は葡萄酒の入ったグラスを傾ける。


 その仕草は気品に溢れており、まるで1枚の絵画のようだった。


 イケメンてズルいと思う。


「ですがそれは違法奴隷がいたとしても同じなのでは?

 違法奴隷を、その、処分してしまえば」


 少し言いにくそうにミランダが尋ねる。


「確かにそうだね。

 違法奴隷がいたとしても変わらないかもしれないけど、書類なんかに比べれば処分が難しいものだからね。

 それにお金をかけて手にいれたものだろうから、処分を惜しんで地下牢への入り口を厳重に隠すだけだろう。

 特にマラミンス侯爵のような金にがめつい人は、自分の財産をそう簡単に捨てたりはしないだろうから」


 ケントたちよりもはるかにマラミンス侯爵の人となりに詳しいであろうランドン伯爵が言うのだから、そうなのかもしれない。


「まずはケント君の言っていた酒屋から調べてみようと思う。

 そこから『隷属の刻印』にたどり着けるかはわからないが、調べてみる価値はあるだろう」


 樽に違法奴隷を入れて運んできたエディは、本人の態度を見るに中身を知らずに運ばされている可能性もある。


 しかし、酒屋で働いている男たちは迷いなく少女の入った樽をマラミンス侯爵の屋敷へと運んだことからも、違法奴隷の流路について少なからず知っているはずだ。


 そこからたどれば違法奴隷の入手元、そして『隷属の刻印』の在処がわかるかもしれない。


 この世界では重犯罪において黙秘というものが存在しない。


『隷属の刻印』が存在するからだ。


『隷属の刻印』は相手を奴隷にするための魔道具というわけではない。


 この魔道具の本質は、自分が刻印を施した相手を意のままに操る、隷属させることができるというものだ。


 その能力から奴隷にするための魔道具というイメージが強いが、使い方によっては強力な自白剤にもなる。


 容疑者に対して刻印を施すことで、あらゆる質問に答えさせることができるというわけだ。


 もちろん刻印を施された者がそのまま奴隷になってしまうということはない。


 取り調べの後に刻印を施した場所にもう一度『隷属の刻印』を押し当てることで、刻まれた刻印は消滅する。


 この便利な刻印だが、欠点として刻印を施す際被験者に大きな負担がかかるため、使用に関しては国によって厳重に管理されている。


 軽犯罪程度では使用されることはないが、違法奴隷という重犯罪である今回の件ではおそらく使用されることになるだろう。


「顧客にすぎないマラミンス侯爵を槍玉に上げることができないのは少し残念だけど、事が事だからね。

 手を尽くそう」


 ◇


 違法奴隷に関しては、ランドン伯爵家が本腰をいれて調査するということになった。


 ランドン伯爵が動くのは全てが善意から来るものではなく、政治的な意図が絡んでいるのは間違いないだろう。


 国の制度を脅かしかねない事件だ、解決した暁には王国での発言力も増すのかもしれない。


 だが、たとえ政治だろうがなんだろうが、あの少女のような存在が生まれなくなるのならきっと良いことなんだろう。


 一冒険者に過ぎないケントでは、いくら力があろうと公正な処罰を下すことなどできない。


 後のことはランドン伯爵に任せておけばいい。


 食堂を出たケント、ミランダ、フロスティの3人は少女の様子を見るために少女の眠る部屋を訪れていた。


 部屋の前にはランドン伯爵家の騎士が控えている。


 少女とマラミンス侯爵が接触する前に少女を連れてきたため、ランドン伯爵家を直接害するような命令はされていない可能性が高い。


 だが、身元の不明な奴隷を家の中に上げているのだ。


 警戒するのは当然だし、寛大な措置といえるだろう。


 少女はケントたちの入室に気が付かないほど、ぐっすり眠っている。


 初めは貴族の家に怯えていた少女だったが、ベッドに寝かせるとあっという間に眠りについてしまった。


 超回復のスキルを持っていてなお衰弱するような環境に身を置いていたのだ、布団の誘惑には勝てなかったのだろう。


「よく眠っているみたいね」


「詳しくはわからないけど、かなり大変な目に遭っていたみたいだからね。

 今はゆっくり休ませてあげよう」


「そうだな。

 ……ケント、父上の言葉はあまり気にしなくていいぞ。

 父上はケントの力を知らないから不安なのだろう」


 ケントが落ち込んでいるように見えたのか、フロスティが声をかけてきた。


「大丈夫だよ。

 伯爵が家やフロスティのことを大切に思っているが故の言葉なのはわかってる。

 それにしっかりこの子を保護してくれたしね。

 良い領主の治める街で冒険者として生活できて嬉しいよ」


 人に注意されたり怒られたりするようなことをしない、所謂「いい子」だったケントは、人に注意され慣れていないため、気落ちしないと言えばうそになる。


 だがランドン伯爵の言うことは正しいし、ケント自身自分のスキルを過信してしまう傾向があると思っている。


 己を見直すいい機会だったことは間違いない。


 穏やかに眠る少女の寝顔を見ながらケントはそう思った。





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