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82.奴隷少女の過去

少し重めのストーリーです

 ―奴隷少女視点―


 最後に人の温もりに触れたのは何時だっただろうか。


 私は小さな村に生を受けた。


 私の家は貧しいながらも両親と兄の家族4人で幸せに暮らしていた。


 少し気が弱いが優しい父とよく私を抱き締めてくれた母、幼い私の面倒をみてくれた兄。


 そんな家族に囲まれて私は育った。


 だが、平凡な日々の中あの出来事が起こってしまった。


 ある日、父が兄に薪の割り方を教えていた。


 こんな田舎では子供も労働力として認識されているので、親が子供に仕事を教えるのは自然なことだった。


 その日私は父が兄に斧の振り方を教えている様子を退屈に思いながら眺めていた。


 当時幼かった私は、薪割りを仕事ではなく遊んでいるとでも思ったのだろう。


 兄ばかり父に遊んでもらってずるいなどと考えていた気がする。


 初めは我慢して大人しく見ていたのだが、飽きてきた私はかまって欲しくて薪割りをしている2人に近づいていった。


 そのときだった。


 私は石ころにつまずいて転んでしまった。


 それだけなら擦り傷くらいですんだかもしれないが、転んだタイミングと場所が最悪だった。


 私は斧を振り下ろしている兄の前に手を出してしまったのだ。


「あっ!」と父が声を出したときにはもう手遅れだった。


 子供である兄の力は弱いとはいえ、それなりの重さがある斧を振り下ろしているのだ。


 小さな私の手などひとたまりもなかった。


 転んだ私は起き上がろうと手に力をいれようとするが、手応えがない。


 どうしたのだろうと自分の手に視線を向けると、そこにはダクダクと血が流れ出す、手首より先を失った腕があった。


 視線を動かすと少し先に自分の手が転がっている。


 不思議なことに痛みは感じなかった。


 だが自分の手がなくなって、血が溢れ出ている光景はとても怖くて、私は泣き出してしまった。


 顔を青ざめる兄と私に駆け寄る父。


 しかしここで予想外の出来事が起こった。


 切り落とされてしまったはずの手が生え始めたのだ。


 それはゆっくりとではあったが、確実に私の手が生えてきていた。


 骨、血、肉が出来上がっていく様子を、泣いていたことすら忘れて私は呆然と見ていた。


 そして私の手は戻った。


 見慣れた小さな私の手だ。


 夢でも見ているのかと思った。


 父と兄も何が起こったのか理解できず、私の手を凝視していた。


 ただ残念ながらこれは夢ではないことを、転がっている私の手が証明していた。


 ◇


 それから父と兄の態度が変わった。


 2人は今まで通りに接しているつもりなのかもしれないが、どことなく私を怖がっているのを子供ながらに感じていた。


 だが、母だけは違った。


 母は私の手が生えてくるのを直接見たわけではなかったが、切り落とされた私の手を見ても私を怖がらなかった。


 変わらぬ笑顔で私を抱き締めてくれた。


 少し歪んでしまった家族との関係だが、時間が経てば前みたいに仲良く暮らせると信じていた。


 しかし、ここで更なる悲劇が襲った。


 村が盗賊に襲われたのだ。


 村では男の人たちが交代で見回りをしていたが、ただの村人にすぎない彼らなど数十人はいる武装した盗賊の前にはあまりに無力だった。


 あっという間に村は盗賊によって占拠された。


 完全に占拠される前に村長の息子が馬で助けを呼びに出ていったが、この村は領主の住む街から離れており、どんなにスムーズにことが運んだとしても3日は助けに来ることができないだろう。


 それだけの猶予があれば目的を済ませて逃げおおせることなど、盗賊にとっては余裕だった。


 つまり、助けを望むのは絶望的だった。


 盗賊は食料や金銭をあらかた漁り終わると、最後に若い女子供を連れていこうとした。


 これにはさすがに異議を唱える村人もいたが、何人かが見せしめとして首をはねられたことで受け入れるしかなくなった。


 私も兄と一緒に連れていかれることになった。


 父は項垂れたまま一度もこちらを見なかった。


 母は最後まで抵抗をしていたが、首をはねられて動かなくなった。


 泣き虫の私だったがショックが大きすぎたのか、それとも理解が追いついていなかったのか涙は出なかった。


 最終的に私たち兄弟を含め子供8人と若い女の人2人が連れていかれることになった。


 荷台の部分が二重底になった馬車2台に別れて押し込まれた私たちは、蓋を閉められたことで光を失った。


 ◇


 どれくらいの時間が経っただろうか。


 暗闇の中、不自由な姿勢で乗せられたせいで、馬車が揺れる度に衝撃が体を襲って幼い私には非常に苦痛だった。


 だが、一緒に乗せられた兄が私の手をぎゅっと握ってくれていたお陰で、泣き出さずにすんだ。


 ようやく馬車が止まり、下ろされた私たちは洞窟の中へと連れていかれた。


 そこはどうやら盗賊のアジトらしく、中には家具や酒などが散乱していた。


 私たちはそのさらに奥のスペースに置かれた檻の中へと入れられた。


 それから地獄の生活が始まった。


 まず私たちは盗賊の頭に『隷属の刻印』という魔道具で刻印を刻まれた。


 刻印を刻まれた瞬間痛みはなかったが、背筋が凍るようなおぞましさが体を襲い意識を失った。


 気を取り戻すと、この盗賊団の命令に従うよう命令された。


 女の人2人は盗賊たちの性のはけ口にされ、来る日も来る日も犯され続けた。


 長く使い続けるためか、2人の食事は子供たちよりも少し豪華で量が多かった。


 また、回復魔法を使える盗賊がいたため、乱暴に扱われても死ぬことすらできなかった。


 子供たちは、酒を飲みながら女の人に乱暴する盗賊達を檻の中から見ているだけだった。


 だが時々檻から出されることがあり、出された子供はどこかへ連れていかれ、それ以降戻ってくることはなかった。


 1人、また1人と連れ出され、最後には私と兄だけが残った。


 その頃には女の人達も盗賊の回復魔法では治すことができないほど、心も体もボロボロになっていた。


 次は私か兄かと怯えながら過ごす日々が続いた。


 兄も限界だったのだろう、最初は私のことを励ましてくれていたが、その頃にはほとんど声を出さなくなっていた。


 しかし、幸か不幸かそんな心配をする必要がなくなった。


 ある日、私たちの村の時のようにどこかの村を襲いに出ていった盗賊たちが、そのまま戻ってこなかったのだ。


 これは後で知ったことだが、盗賊は冒険者に倒されたらしい。


 その時盗賊のアジトの探索もされたようだが、この盗賊は私たちの捕まっていた洞窟以外にもアジトがあったらしく、そちらのみ探索されて、私たちの元に冒険者が来ることはなかった。


 留守番をしていた盗賊たちは一向に戻ってこない仲間に、何かを悟ったのか、慌てたように洞窟を出ていき、戻ってくることはなかった。


 盗賊のいなくなった洞窟。


 これで脱出できると思うかもしれないが、奴隷になってしまった私たちは脱走しないよう命令されていたため、逃げ出すことはできなかった。


 また、食料をくれる盗賊がいなくなったことで、私たちの未来は餓死する選択肢しかなかった。


 ないはずだった。


 初めに女の人たちが死んだ。


 彼女たちは完全に壊れてしまっていたようで、盗賊がいなくなり乱暴されなくなっても壁に鎖で繋がれたまま動こうとはせず、そのまま死んでいった。


 次に兄が死んだ。


 皮と骨だけで棒のように細くなっていた兄は、最後に「ごめんな」と私に言うと瞼を閉じ、二度と開くことはなかった。


 次は私だと思った。


 兄の死体の傍らでその時を待つ。


 だが、待てど暮らせど私が死ぬことはなかった。


 自らの手で命を絶つことも考えたが、私にそんな勇気はなかった。







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