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81.樽の中の少女

 鑑定によると、どうやら超回復はHPが減少すると自動でHPが回復するというとんでもスキルのようだ。


 このスキルがあればほぼ不死身といって過言ではない。


 欠点を上げるとすれば、超回復が始まる前に一撃でHPが0になるか、超回復を上回るスピードで持続的なダメージを受け続けるかだが、そんなの誰でも同じなので欠点にもならない。


 超回復は飢餓に対しても効果がある。


 だが、飢餓のように肉体が衰弱する状態の場合、HPが減少した瞬間にそれがその身体の正常状態となることがある。


 つまり飢餓状態が続くと徐々にではあるがHPの最大値が減少し続けるため、いずれ0となって命を落とすことになる。


 それでもスキルを持たない人と比べれば、十分長生きできるわけだが。


 彼女の持つ超回復は、スキルレベルⅧという高レベルだ。


 現在の勇者一行よりもスキルレベルが高い。


 そんな彼女がここまで衰弱するということは、いったいどれ程の間まともな食事を摂らせてもらえなかったのだろうか。


「……うっ」


 そんなことを考えていると、力なく横たわっていた少女が意識を取り戻した。


「えっと、その、大丈夫?」


 どう見ても大丈夫ではない少女に対して、そんなことしか言ってあげられない自分の語彙力が情けない。


 しばらくぼーっとしていた少女だが、ケントと目が合うと硬直し、可哀想になるくらい顔を青ざめて震え始めた。


「かっ、勝手に寝てしまい申し訳ありません……っ!」


 飛び起きたかと思うと、突然跪いてケントに謝り始めた。


 だが体が限界なのだろう、横倒しに崩れ落ちてしまった。


「すみません……、すみません……」


 起き上がろうと必死にもがいているが、力が入らないようで地についた腕を伸ばしては崩れ落ち、伸ばしては崩れ落ちを繰り返す。


「大丈夫、大丈夫だから!

 無理に起き上がらなくてもいいよ!」


 あまりに必死な彼女の様子に見ていられなくなり、思わず声をかけてしまう。


「すみません……すみません……」


 起き上がろうとはしなくなったものの、怯えた様子でなお謝り続ける少女。


 いったいこれまで彼女はどのような環境で生きてきたのだろうか。


 彼女の怯え方は尋常ではない。


 そんな状態になるほどの過酷な環境をこの少女は堪え忍んで生きてきたのか。


 ケントにはこの少女に対して何をしてあげれば良いのかはわからない。


 だが、ここでなにもしないのは間違っているということだけはわかる。


 いや、それはただの自己満足で、彼女のためにはならないのかもしれないが、それでもだ。


 ここでなにもしなければケントは確実に後悔するし、違法奴隷の彼女に幸せな未来が待っているとは思えない。


 誰も救われない。


 だがケントが手を差し伸べることで、彼女が救われるかは分からないが、ケントは後悔しない。


 少なくともケントは救われる。


 だから手を差し伸べる。


 こんな理由付けでもしないと人に手を差し伸べることすらできない、人を助けることができないケントだが、そんな手でも彼女に届くのならーーー。


 それはきっと幸せなことなんだと思う。


 ケントは少女のいる牢から一歩下がると、腰に吊るしてある愛剣に手をかけた。


 その様子を見ていた少女は、絶望的な表情になる。


 誤解させてしまったかなと少し申し訳なく思うが、「大丈夫だから見てて」とだけ声をかけて、構えた剣を振り下ろした。


 だが、何も起こらなかった。


 少なくとも少女には認識することができなかった。


 ケントは牢へ手を伸ばすと、無造作に牢の扉を引いた。


 するとどうだろう、錆び付いていたため多少の抵抗はあるものの、鍵で閉ざされていた扉は滑らかにその口を開いた。


「……えっ」


 突然のことに少女の目は点になっている。


 少女が気づけなかったのも無理はない。


 ケントの放つ魔剣、ルーインブリンガーでの一振りはあまりに鋭く、あまりに滑らかであるためただの鉄格子やその鍵程度容易く切り裂くことができる。


 それこそ普通なら聞こえるはずの金属音すら生じない程に。


 ケントは横たわる少女にゆっくりと歩み寄ると、膝をつき手を差し出した。


「とりあえずここから出ようか」


 あまりに自然に差し出されたその手に、思わず手を伸ばしかけた少女だったが、その手はケントに触れる前に止まってしまった。


 少女自身、この手を掴んで良いのかわからないのかもしれない。


 衰弱しているうえに、たった今意識を取り戻したばかりなのだ。


 混乱するのも仕方がないだろう。


 そのときだった。


 カツン、カツンと階段を下ってくる音が地下牢に響いた。


 ケントはとっさに少女を抱き抱えると隠密を2人に発動し、部屋の隅まで移動する。


 腕の中の少女は驚くほど軽く、このまま消えてなくなってしまうのではないかと不安になるほどで、思わず抱きしめる手に力が入る。


「えっ?……えっ?」


 突然抱き抱えられて驚く少女に対し、ケントは指を1本立てて口元にあて静かにするよう促しながら、視線を階段の方へと向けた。


 すると先の男達を引き連れた1人の男が地下牢へと降りてきた。


 ブクブクと太った顔に薄くなった頭。


 最近、どこかで見たような……?


(あっ!

 ひき逃げ野郎か!)


 昨日ケントたちがギルドへと向かう道中、男の子のことを馬車でひいたうえに、わめき散らしていた男だ。


 ろくなやつではないと思っていたが、違法奴隷にも手を出していたのか。


「おい、どういうことだ!

 どこにもいないではないか!」


 ひき逃げ男が怒鳴り散らした。


「い、いえ、そんなはずは!

 確かにこの牢に入れたはずで!」


 まさかこの短時間に奴隷がいなくなるとは思ってもいなかった男たちは、挙動不審に周囲を見渡す。


 だが、彼らでは少女を見つけることはできないだろう。


 彼女は今ケントの隠密によって隠れているのだ、使いっ走りの男たちになど見つけられるはずもない。


「ええい、とっとと探し出せ!

 あれが屋敷の外に出ては少し面倒だ。

 必ず屋敷内にいるうちに見つけ出せ!外に出すな!」


「は、はいっ!」


 男たちは弾かれたように階段をかけ上がっていった。


「くそっ!手間をかけさせおって」


 ひき逃げ男も一度壁を蹴りつけると、そのまま地上へと戻っていった。


 地下牢に静寂が戻る。


「ひとまずこの屋敷から脱出しようか」


 腕の中の少女に問いかける。


「あの……、えっと……、その……」


 少女は今の状況を理解できていないのだろう。


 それならひとまず外に出て落ち着いてから、彼女の話を聞けばいいか。


 無いとは思うが、もし仮に彼女がひき逃げ男の奴隷といることを望むなら、また連れてきてあげればいい。


「大丈夫だから、ね」


 少しでも安心させてあげられたらと、抱き寄せたまま彼女の背中側から回した手で頭を撫でる。


 すると彼女は顔を伏せてしまった。


「……うっ、……えう……」


(まさか、泣いてる!?)


 さっきの彼女の怯え様を見るに、恐らくこれまで他人に酷いことをされてきたのだろう。


 そんな時に見ず知らずの男にいきなり抱き寄せられ頭を撫でられたらどう思うか。


 端的に言って恐怖でしかないのではないか。


「あっ、ごめんね!

 嫌だったよね」


 ケントは慌てて彼女から距離を取ろうとする。


 だが少女はそんなケントの服を掴むと、今度は声をあげて泣き出してしまった。


 隠密が発動しているとはいえ、大声で泣かれては見つかるのではないかとケントは内心ヒヤヒヤしていたが、泣きじゃくる少女を見て、肩をすくめると再び頭を撫で始めた。


 

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