68.謁見
謁見の時間になり文官に謁見の間へと案内されたケントはその壮大さに唖然としていた。
見上げるほどの巨大な両開きの扉がゆっくりと開かれ、その先に広がる空間はケントの通っていた高校の体育館の倍以上は裕にあるであろう広さを呈していた。
最奥の数段高くなっている席に座っているのがおそらく国王なのだろう。
入口から最奥へと延びる真紅のカーペットを挟むようにして左右に何人か立っている。
よく見るとランドン伯爵の姿もあるようなので、おそらくこの国の貴族たちなのだろう。
それにしてもこの距離から裸眼で人の区別がつくようになるなんて、元眼鏡男子としては感激ものだと、どうでもいいことを考えながら緊張をごまかす。
ちらりと横目でミランダを見ると少し表情が強張っており、緊張しているのが自分だけではないことを知って少し落ち着いた。
先頭に立ちカーペットの上を堂々と、されど優雅に進むフロスティに追従するように斜め後ろを歩く2人。
フロスティが歩みを止め、跪くのに合わせてケントとミランダも膝をついた。
「ランドン伯爵家子女、フロスティ・ランドンよ。
此度の働き誠に大義であった」
「有難き幸せ」
玉座の位置はケントたちのいる場所よりも高い位置にあるため、上から降ってくる言葉からは圧を感じる。
謁見の間の造りには王とその他の立場を明確にするような意図もあるのだろう。
それにしても王が言葉を発したのは最初のそれだけであり、後は王の横に控えていた男(おそらく大臣とか宰相とかなのだろう)が転移碑の発見によりもたらされるであろう利益や、他のダンジョンでも転移碑が発見される可能性などについて話していただけだった。
初めは緊張していたケントであったが、いつまでもそんな話をされていると終盤には下を向いてあくびをかみ殺すのがやっとだった。
跪いているため、下を向いていても不自然ではないのがせめてもの救いだった。
襲い来る睡魔と闘っているとようやく男の長い話も終わり、謁見は終了となった。
ちなみにフロスティに対する褒賞だが、ランドン近郊で王女が盗賊に襲われるという失態と相殺する形で帳消しらしい。
領内の治安の維持など領軍を動かす権限のないフロスティにはどうしようもないことだと思うのだが、家名を大切にする貴族のことだ、一族に名を連ねる者として仕方ないのだろう。
それに王女様が大好きなフロスティがそれで納得しているので外野がとやかく言う必要もあるまい。
謁見の間を後にしたケントたちはその足で王女の待つ部屋へと向かっていた。
「はあ~緊張した。
流石は一国を治めているだけのことはあるわね。
発言なんてしなくてもその身から溢れ出るオーラだけで息が詰まりそうだったわ」
「そ、そうだね」
まさか途中から睡魔と闘っていたなんて口が裂けても言えまい。
「ねえフロスティ、王女様も陛下の様に威厳のあるお方なの?
もしそうなら、相対して平静に対応する自信が無いのだけれど……」
「マルティーナ殿下も王族として国の上に立つお方だからな。
時と場合によっては身分相応の威厳あるお方だが、普段は気さくで身分も気にしないようなお人だから心配しなくても大丈夫だ」
王女様が大好きなフロスティの言なので過信しすぎるのは良くないが、それでも身分を気にしないというのは平民としてはありがたい。
流石は普段からケントたちに分け隔てなく接しているフロスティの友人だけのことはある。
「この部屋だ」
そう言うとフロスティが扉をノックした。
すると扉が開き中からメイドが顔を出した。
黒髪を肩まで伸ばし、すらっとした美人さんだ。
そういえば黒髪の人に会うのは初めてだ。
カラフルな髪の人が多いので、久々の黒髪に少し癒される。
「フロスティ様、ようこそいらっしゃいました。
中で殿下がお待ちです。
そちらはケント様とミランダ様ですね。
お2人もどうぞ中へ」
室内へと促すメイドであったが、心なしかケントに向ける視線が厳しかった気がする。
気が付かないうちに何か粗相をしてしまったのだろうか。
それならば謝りたいのだが、何が悪かったのかわからないのでは謝りようもない。
特に指摘されえるようなこともなかったので、きっとケントの勘違いに違いない。
元から視線の鋭い人なのだろう。
美人に睨まれるだけで興奮してしまう領域にはまだ達していないので、その視線は相応の性癖の人のために取っておいて欲しいと思う。
招かれた部屋はテーブルを挟むようにソファーが置かれているだけのシンプルな内装だった。
おそらく普段は応接室として利用されているのだろう。
ソファーに腰掛けている1人の女性。
おそらく彼女がこの国の第三王女、マルティーナ殿下なのだろう。
その背後に控えているのは1人の女騎士だ。
金髪をポニーテールにして立つ凛々しい姿には、素人目だが一切の隙が無いように見える。
王国の紋様の入った鎧を身に纏っており、もしこの場でケントが不埒な行いをすれば一刀のもとに切り捨てられてしまうに違いない。
いやまあ、そんなことするつもりもないし、もし襲われたらミランダを連れて全力で逃げるけど。
そしてもう1人、部屋の隅に立つ人物がいる。
隠密で姿を隠しているのであろう、そこにいるとわかっていても肉眼では認識することができなかった。
ではなぜそこにいるとわかったかというと、ひとえに脳内マップのおかげだ。
隠密で脳内マップから姿を眩ますには、ケントと同等のスキルレベル、レベルⅩは必要だと思われるので、ほとんど不可能であろう。
ケント自身が隠密を発動すれば、相対的に濃くなる存在感を感じ取れるのでおそらく肉眼でもそれなりに認識できるようになると思うが、今この場で隠密を発動するわけにもいかないので自重する。
隠密状態のその人物は女騎士と同じ鎧を身に纏っており、ケントの方へ油断なく視線を向けている。
こちらも護衛なのだろう。
短い髪に中性的な顔立ちの上鎧を着ているので、少しわかりづらいがおそらく女性だ。
ケントは日々の修行のおかげで、以前より多くの情報を脳内マップから得ることができるようになっていた。
脳内マップを使用しながら目標に意識を集中すると、その起伏が認識できるようになったのだ。
まだ色までは再現できないのでそこは要練習だが、それでも視覚外の物のを動きまで完璧に把握できるので、極端なことを言えば今のケントなら目を瞑りながらダンジョン攻略だって可能である。
なお、特訓のためにミランダの体の起伏を服越しとはいえ観察したことがあることは、本人には秘密だ。





