67.ドレス姿
王都に着いた翌日、ケントたちは王城にて謁見する運びとなっていた。
謁見用の正装はケントの分も伯爵家が用意してくれた。
フロスティとの関係に対する誤解は解けたものの、どことなく伯爵家の面々の視線が痛かった気がするが、それでもケント用の正装を用意してくれるあたり良い人たちだ。
単に娘の晴れ舞台に付き従う男がみすぼらしいのは我慢ならなかっただけかもしれないが。
ケントの服装は黒を基調としたタキシードのようなものだった。
ケントの通っていた高校は私服であり、礼服などを着る機会もなかったため正装と呼べる格好をするのは、高校の入学式で着たそれまで通っていた中学の学ランが最後だったりする。
正直、服に着られている感じがして仕方ないのだが、赤や緑など派手な色をしたものを着るよりかは幾分マシであろう。
平均的なしょうゆ顔に過ぎないケントには、彫りの深い美形が着るような服装はどうも似合いそうもない。
伯爵もそのあたりのことはわかっていたのだろう、黒のタキシードならケントの目から見ても、遠くからならば就活中の学生くらいには違和感なく見ることができそうな気がする。
「待たせたな」
着なれない格好に落ち着かず、屋敷のエントランスをうろうろしていたケントのところへフロスティが姿を見せた。
旅用のものや屋敷で着ていたものと違い、着飾るために身につけている空色のドレスはフロスティの白銀の髪が良く映えていた。
そして何より胸元の露出がやばい。
大きく開かれた胸元からは谷が見えてしまっており、備えている胸部装甲の大きさをこれでもかと強調している。
服越しにでも大きいことはわかっていたが、まさかここまでの物を持っていたとは!
魅惑の谷間に視線が釘付けになりそうだが、理性を総動員して何とか逸らす。
女性は男性の視線に敏感だという話を聞いたことがあるからな、フロスティに変態だと思われるわけにはいかない。
すでに手遅れかもしれないが。
「そんなに胸元ばかり見られると、さすがに私でも恥ずかしいのだが」
そっと胸元を隠すようにフロスティは自らの体を抱きしめた。
おっと、いつの間に視線が。
理性を総動員しても振り切ることができないとは、なんて強力な兵器なんだ!
それにしても恥じらうフロスティとはなかなかレアだ。
普段、口調のせいか男よりも男らしく感じてしまうこともあるが、着飾って恥じらう姿を見るとやっぱり女の子なんだなと思う。
このまま恥じらうフロスティを眺めていたいところだが、伯爵家の面々からの視線が痛いため、仕方なく視線を外す。
すると、丁度こちらへ歩いてくるミランダの姿が目に入った。
普段は紅の髪を緩く三つ編みにしているミランダだが、今は一つにまとめ上げられ、うなじが見えている。
髪と同じ紅色をした情熱的なドレスは、均整の取れたシルエットを惜しげもなく晒していた。
ケントと同じで正装など着る機会がなかったはずのミランダだが、服に着られているケントと違い完璧にドレスを着こなしていた。
この差は何なのだろうか。
顔か、世の中やっぱり顔なのか!
……虚しいからやめよう、綺麗な2人の姿を見ることができるのだからそれでいいじゃないか。
胸部にはフロスティにも負けない豊満なおもちが備わっており、男たちの視線を釘付けにすることは間違いないだろう。
「お待たせ。
まさかドレスを着る日が来るなんて思いもしなかったわ。
似合っているかしら?」
そう言ってドレスの裾をつまんで少し持ち上げるミランダ。
おうふっ……。
あまりの美しさに危うく鼻血が出るところだった。
「良く似合ってる、凄く綺麗だよ!
本物の貴族令嬢みたいだ!」
心の底から惜しみのない賛辞をミランダに捧げる。
「そ、そう?
良かった、ありがとう」
褒められて、照れるミランダも可愛い。
「……私には一言もなかったのだが」
「も、もちろんフロスティも似合っているよ!
完璧にドレスを着こなしていて、流石は伯爵令嬢だね。
凄く魅力的だよ!」
ジト目のフロスティに慌ててフォローを入れる。
視線は変わらずジトっとしていたが、口元が緩んでいるのを隠しきれていなかった。
ケントとしても素直に褒めていきたいところだが、照れくささやら恥ずかしさやらでそううまくはいかない。
これまでの人生で形成された奥手な性格が早々治るとも思えないが、鋭意努力していきたい所存である。
◇
ケントたちは伯爵家の馬車へと乗り込み、王城へと向かった。
伯爵は仕事があるらしく、先に王城へ登城している。
屋敷から王城へはあっという間に到着した。
移動時間よりもむしろ関門でチェックを受けている時間の方が長かったくらいだ。
このことからもいかに伯爵家が王都における一等地に屋敷を構えているかがわかる。
控室に案内されたケントたちは、案内してくれた文官から謁見する際の注意事項などを聞いた。
常識先生の中にも知識としては一通りのマナーが存在したが、いきなりやれと言われてもおそらくできないと思うので、説明してくれるのはありがたかった。
ミランダもケント同様に謁見の際のマナーなど知っているはずもないので、一言も聞き逃すまいと真剣に文官の話を聞いていた。
ケントと違い純粋な王国民であるミランダからすれば、御前で無礼を働くなんてことは考えられないことなのだろう。
一方、フロスティはといえば貴族としてそのあたりのことは問題なく承知しているのだろう、一応耳を傾けているようだったが、ミランダほどの気迫は感じられなかった。
今回の謁見はフロスティを表彰するものであり、ケントとミランダはあくまでおまけだ。
フロスティの後について行って、跪いて頭を下げているだけで話したりする必要は無いらしい。
謁見の間がどのような場所か知らないが、それなりに広い部屋であるのは間違いない。
マイクもなしに声を響かせて話す技術も度胸もないので、声を出さないで済むのはありがたい。
というか、マイクがあったとしても緊張しすぎてうまく声を出せるか怪しい。
そんな苦行を肩代わりしてくれたフロスティには感謝の念に堪えない。
もっとも王から評されることを苦行と捉えるのはケントだからであって、普通の人、特にフロスティのような貴族からすればこの上ない栄誉である。
だが、ケントからすれば頭ではわかっていても心情としては理解できないでいた。





