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66.誤解

「……ん」


 頭に何かが触れている。


 まどろみの中でしばしその心地よさに浸っていたが、意識が覚醒するにつれ1人で寝ていたことを思い出し、はっと目を開いた。


「ようやく起きたか」


 そこにはケントの顔を覗き込むフロスティの姿があった。


 頭に触れていたものの正体はどうやらフロスティの手のようだ。


 頭を撫でられていたらしい。


「えっと……、おはよう」


「おはよう、といっても夜だがな」


「……何しているの?」


「夕食の用意が整ったようなのでな、ケントを呼びに来たのだが気持ちよさそうに眠っていたので頭を撫でていたのだ」


 そう言いつつ頭を撫でる手は止まる気配がない。


「ケントの髪の毛は私のより少し太いな。

 だが思いのほかサラサラで触り心地がいい。

 それにケントの匂いがする。

 くせになりそうだ」


「そういってもらえるのは嬉しいけど、流石に少し恥ずかしいんだけど」


 この年になって頭を、それも同年代の女性に撫でられさらに匂いをかがれるというのはなかなかにこそばゆい。


「いやならば手を払うなり、逃げるなりすればいいだろう?」


「……別に嫌ではないけど」


「ならいいではないか。

 ケントの頭を撫でる機会などそうあるものでもないしな」


 優しい手つきで撫でられていると、再び夢の世界へと旅立ってしまいそうになる。


「そういえば夕食の準備ができたとか言ってなかったっけ」


「そうだな。

 父上とミランダは既に待っているはずだ」


「こんなことしていて大丈夫なの?」


「……仕方ない、名残惜しいが夕食にしよう」


 渋々といった様子でケントの頭から手を離すフロスティ。


 そんなに残念そうにするなら頭くらいいつでも貸してあげたいが、恥ずかしいので黙っておく。


 フロスティの後について食堂へ行くと、既にミランダと伯爵だと思われる男性は席についていた。


 平民の分際で伯爵家当主を待たせるのはまずいと常識先生が警告してくるが、伯爵から非難するような視線を向けられることは無かった。


 フロスティもそうだったが、私的な場ではそういうことに頓着しない人なのかもしれない。


「すまない父上、遅くなってしまった」


 謝るフロスティの後ろでケントも頭を下げる。


「構わない。

 ミランダ嬢から冒険者についていろいろ聞くことができたからね。

 私も昔を思い出して懐かしい気持ちになっていたところだ」


 金髪の髪を後ろでまとめ、微笑む顔はかなり若く感じる。


 この世界の結婚年齢はかなり早いので、ひょっとしたらまだ30代かもしれない。


 体格は大柄ではないが、痩せているというより引き締まっているという感じだ。


「君がケント君だね。

 私がランドンの街を中心にあの辺り一帯の集落を治めているランドン伯爵だ。

 娘が世話になったようだね」


「いえ、そんなことは。

 ただ少し案内をしただけで」


 今目の前にいる人があの賑わっていたランドンを治めている領主様だと思うと緊張してしまう。


 それにしても、フロスティから試練だ何だと話を聞いていたのでもっと冷徹な感じの人を想像していたのだが、ずいぶん穏やかな人のように見える。


 フロスティとの間にもわだかまりの様なものは感じられない。


「そんなに硬くならなくてもいい。

 さあ2人とも席に着いてくれ。

 2人にもダンジョンについていろいろ聞かせて欲しい」


 伯爵に促されケントとフロスティは席に着いた。


 席は伯爵が長方形のテーブルの短辺、伯爵の右手の辺にフロスティ、左手にミランダとケントといった並びだ。


 ケントたちが席に着くと、メイドたちが皆の前に料理を配膳してくれた。


 テーブルマナーなどケントにはわからないが、多少おかしくてもこの人たちなら許してくれるだろうと自分に都合がいいように言い訳をする。


「そういえばフロスティがケント君を迎えに行ってから少し時間がかかっていたようだったけど、寝ていたのかな。

 馬車の旅は慣れないと疲れるからね」


「ぐっすりだったな。

 声をかけてもなかなか目を覚まさなかったので少しいたずらをしていたのだ。

 ケントのもの以外男の(髪)を触ったことはないが、太くてしっかりしていたぞ。

 手触りもなかなか良かった。

 それに匂いも癖になりそうだった」


 少しうっとりとした表情でフロスティが答えた。


 その瞬間食堂の空気が固まった。


 伯爵はスプーンを持った状態で硬直し、音1つ立てず給仕していたメイドたちが食器を鳴らし、ミランダは口を開けたまま微動だにしない。


 かわいい。


「……フロスティ、どういうことかな?

 手触り?匂い?」


 再起動した伯爵がフロスティに問いかけた。


「ケントはなかなかきれい好きだからな。

 強い匂いがしたわけではないが、それでも一日過ごした後だからな、それなりに男臭い香りがしていた。

 そうか、ケントは普段から(水魔法で髪を)手入れしているから、あの(髪の)太さや触り心地を維持できているのだな。

 太い(髪の)ほうが手入れは大変かもしれないが、極端に(髪が)細くて(髪が)薄いのを男は気にするのだろう?

 人は性格が第一だとは思うが、私も(髪が)細くて(髪が)薄い男よりも、ケントのような太い(髪の)ほうが好みだ」


 わざと言っているのではないかと疑いたくなるフロスティの話はまだまだ続く。


「私も何度かケントに(水魔法で)体を隅々まで洗ってもらったことがあるが、確かにその後は髪や肌の艶がいつもより良かった気がする。

 男に(水魔法でとはいえ)洗ってもらうというのは、初めは少し恥ずかしかったがあの爽快感はなかなかいいものだった。

 またお願いしたいくらいだ」


「フ、フロスティ。

 お前はいったい何を……」


「ん?

 ああ、確かに伯爵令嬢としては多少男性に対して慎みが無いかもしれないが、私の性格がこんななのは父上が一番知っているであろう。

 それに私だって誰にでもそのようなことをするわけではないぞ。

 ケントとは既に(ダンジョンのテントの中で)床を共にした仲だからな。

 (髪を)触ったり匂いを嗅いだり、(水魔法で)体を洗ってもらうくらいそうおかしなことではあるまい」


 ……空気がやばい。


 ダンジョンで一緒に寝ており、ケントの水魔法のことを知っているミランダはフロスティが言っていることを正しい意味で理解したようだが、伯爵家の皆はそうはいかなかった。


 心なしか皆の目が据わっている気がする。


「フロスティ、ミランダ嬢に明日着るドレスを見繕ってあげなさい。

 王城でも貸してはくれるが、娘が世話になったのだ、伯爵家からプレゼントしよう」


「それは良い! 

 ミランダ、衣裳部屋はこっちだ」


 そういうとフロスティはミランダを連れて食堂を出て行ってしまった。


「それでは私もこの辺で……」


「まあ、待ちなさいケント君。

 ゆっくり話し合おうじゃないか」


 便乗して離脱しようとしたが、あっけなく失敗してしまった。


 冷や汗が頬を流れる。


「それで言い残すことはあるかい?」


 伯爵家の面々からケントに向かって殺気が放たれる。


 伯爵はもちろん、メイドたちからも鋭い視線を感じる。


 普通のメイドが放っていい殺気じゃないよ、これは!!


「違います!!

 誤解です!!」


 それから死を感じることで緊張という束縛から解き放たれたケントの熱弁の甲斐もあり、何とか誤解を解くことができたのだった。


 冷静に考えると伯爵令嬢が男の髪を触り、同じテントで寝ているという事実だけでも十分に問題がある気がするが、誤解していた内容が内容であるだけに、それくらいならまあ、という空気になったのが救いだった。


 フロスティのせいでひどい目に遭ったが、それでもフロスティが伯爵家の皆から大切にされていることを感じることができたのは良かったと思う。


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