57.転移
「これを使えば転移ができるらしいよ」
転移碑を撫でながらケントは言った。
「テンイ…って何かしら?」
そうか、転移魔法でもあればともかく、この世界では少なくともその存在の認知はされていないみたいだし、転移という概念が無くても不思議ではないのかもしれない。
「そうだなあ、簡単に言えば一瞬で別の場所に移動できるってことかな。
これ、転移碑っていうらしいんだけど、これを使えば一瞬で地上まで戻れるみたい」
「「…………はあ!?」」
しばしの沈黙の後、ミランダとフロスティが2人そろって素っ頓狂な声を上げた。
その顔は少し間抜けでかわいらしかった。
心のアルバムにしっかり保存しておく。
「ちょっと待て、そんなことが本当に可能だとすればとんでもないことだぞ。
何せダンジョン探索が滞っているのは、下層の魔物の強さもあるが、それ以上に食べ物の存在が大きい。
もしこの転移碑というやつで、下層まで一気に移動できるようになれば、ダンジョンの価値はこれまで以上のものになるぞ!」
フロスティの言葉に同意するように、ミランダが何度も首を縦に振る。
確かにフロスティの言う通りだろう。
下層への移動過程が省略できるようになれば、未到達階層への探索は前進するだろうし、魔石の供給も増加する。
電気の代わりに魔石を用いているこの世界において、その価値は計り知れない。
それにダンジョン産の貴重なアイテムもより産出されることになるだろう。
何よりランドンのダンジョンにあるということは、他のダンジョンにおいてもその存在を示唆することになる。
「ケント、お前はすごい奴だと思ってはいたが、とんでもないものを見つけたな!
転移碑を発見した功績は大きいぞ。
もしかしたら爵位を頂けるかもしれん」
興奮したようにそう話すフロスティ。
爵位を拝命するということがすごいことだというのは何となくわかる。
だがケントはいままで貴族制度のない世界で生きてきたのだ、すごいと言われても実感がわかない。
むしろ面倒くさそうな臭いがする。
「嬉しくないの?」
ケントの嫌そうな顔に気が付いたミランダが問いかけてくる。
「貴族なんて俺には荷が重すぎるよ。
ねえ、フロスティ。
もしよかったらフロスティが転移碑を見つけたことにしてくれないかな」
「まさかせっかくの大手柄を人に譲るというのか。
おそらく報奨金も頂けるであろうし、しばらくは危険を冒してまでダンジョンへ潜らなくて済むようになるのだぞ?」
「そうかもしれないけどね。
俺には人の上に立てるような器は無いし、貴族としての責任を全うできるような能力もない。
貴族のマナーもよく知らないし、領地経営なんて絶対無理。
それならミランダと冒険者をやっている方がおれにとっては何倍も楽しいよ」
「だが私も他人の手柄を奪うような真似は気が進まないのだが……」
「契約違反して俺のことを王女様に話すんでしょ。
訴え出たりしないから、ね」
相手の弱みに付け込むような交渉の仕方はあまり好まないが、この際仕方がない。
「そこをつかれると私も弱いのだが。
本当に私が見つけたことにしていいのか?」
「うん、よろしくお願い」
「はあ~、わかった。
私が見つけたということにしよう。
まったく、ケントはよくわからん奴だな」
「ホント相変わらずケントはケントよね」
褒められているのか貶されているのかよくわからないが、詮索するまでもないだろう。
……でもできたら褒められていると思いたい。
「試しにこれ使ってみようか」
「危険じゃないの?」
「大丈夫だと思うよ。
……たぶん」
スキルレベルⅩの鑑定をして危険が表示されないのだ、転移自体は問題なくできると思う。
ただ転移した先がどうなっているかわからない。
魔物の巣穴とかだったらシャレにならない。
ひとまずケント1人で転移してみることにした。
転移先がどのような状況であれ、最も臨機応変に対応できるのはスキル的に見てケントであろう。
それ以上に女性を危険かもしれない場所へ先行させるのは、男として見逃せない。
要するに格好つけたいのだ。
「行ってくるね」
「気を付けてね」
「油断するなよ」
心配そうなミランダとフロスティに見守られながら、ケントは転移碑に魔力を流した。
わずかばかりのMPを消費し、地上へと念じた瞬間、フッと視界から光が消えた。
どこを見ても何も見えない、完全な暗闇だ。
まさか失敗かとも思い一瞬焦ったが、脳内マップを確認するとその心配は無いようだった。
どうやらここはダンジョンの入口がある岩山の丁度反対側の岩の中らしい。
とりあえず外へ出るために最も薄い岩壁を氷魔法で削っていく。
岩の向こう側に人の反応はないが、ダンジョンの入り口側には出入りしている者が何人もいる。
全力で壁を吹っ飛ばすと、轟音で人が寄ってきてしまうと思うのでそれは避けたい。
それにしても、脳内マップがあるケントだからここがどこかすぐに理解できたが、他の人ではこうはいかないだろう。
何て悪質なと思ったが、よく考えると隠し部屋を見つける手段がある人しかこの場所へたどり着くことができないので、何の問題もないことに気が付いた。
数分で岩壁は削り終わり、外へ出ることができた。
既に日は暮れつつあり、茜色に染まる空が頭上を覆っていた。
ケントは転移碑で10階層へ戻ると、2人に安全であることを伝え、再び地上へ戻る。
この転移碑には集団転移の機能は無いらしく、1人ずつ転移した。
「本当に地上ね……」
どこか呆けたようなミランダとフロスティを引き連れて、ケントはギルドへと向かった。





