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53.密会の約束

「ケント…、まさかお前が氷の魔法使い、なのか?」


 しばらく放心していたフロスティが正気に戻って初めに口にしたのがこの質問だった。


「その感じだとフロスティは俺のこと、というか氷の魔法使いについて知っていたの?」


 すっとぼけてもいいが氷の魔法を使える者が他にいない以上無駄な抵抗だろう。


「ああ、もちろん!もちろんだとも!

 氷の魔法使いは私の友人の命の恩人なのだからな」


「命の恩人…。

 もしかしてランドンの近くで盗賊に襲われていた馬車に乗っていた人のことかな」


 ケントが人前で氷魔法を使ったことなど数えるほどしかない。


 その中で伯爵令嬢であるフロスティの友人たり得る可能性があるのは、ランドンに来る途中で盗賊に襲われていた馬車の主しかいないだろう。


「そうだ。

 ランドン近郊で賊に襲われるなど、領主家に名を連ねるものとして恥ずかしい限りではあるが、ケントのおかげで私の友、マルティーナ殿下をお救いすることができた。

 感謝する」


 そう言ってフロスティは頭を下げた。


 平民が伯爵令嬢に頭を下げさせるなどあってはならないことであり、すぐにやめさせなければならないのだろう。


 フロスティのとなりでわたわたしているミランダを見れば明らかだ。


 だがケントはそれどころではなかった。


(マルティーナ…殿下?!

 ということはまさか…、王族か!)


 ケントは久しぶりに『エランティアヒト種常識』スキルを発動した。


 すると、あった。


 マルティーナ・レリエスト―――レリエスト王国の第三王女。


(マジか…。

 転移して初めに助けたのが王女様とか、確かに王道の展開ではあるけど)


 もしあの時名乗りを上げていたとしたら。


 おそらくこうしてミランダと楽しくダンジョン探索をするような日々は過ごしていなかっただろう。


 この世界で稀な空間魔法と水魔法による氷の生みだし方を身につけており、さらに一国の王女の命の恩人ともなれば相応の対応で迎え入れられ、おそらく魔術師として召し抱えられることになったに違いない。


 好待遇で華やかであろう生活は、一方でケントへ重い責任を強いることになる。


 ケントからしたら少なくとも今は、責任ある立場になるくらいならば、宿暮らしの冒険者の方が何倍も好ましい。


 世のためになるかもしれない力を己の都合で秘匿するのは申し訳ない気分になるが、目の前の困っている人を助けるくらいの偽善的な行為は行うつもりなので、見逃して欲しいと思う。


 そこまで考えたところでようやく目の前の状況を認識した。


「フロスティ!そんなに頭を下げなくていいって」


 それほど長い間思考の海に身を投じていたわけではないが、伯爵令嬢に頭を下げさせているこの構図はまずい。


 近くに第三者の反応はないので誰かに見られる心配はないが、それでも止めさせるべきだろう。


 ケントの言葉を聞いたフロスティはようやく頭を上げた。


「友の命の恩人に頭を下げるのは当然であろう。

 だがそうだな、私が頭を下げることでケントに心労を抱かせるのでは本末転倒であるな」


「それでケント、どういうこと?」


 フロスティが頭を上げたことで混乱から立ち直ったものの、1人状況についてきていないミランダに質問された。


 わたわたして可愛かったミランダはしっかり網膜に焼き付けたので問題ない。


「俺がランドンに来る途中で盗賊に襲われている馬車に出会って、劣勢みたいだったから少し手を貸したんだよ」


「そうだ。

 そのおかげでマルティーナ殿下は盗賊の手に落ちることもなく、無事ランドンまで到着できた。

 本当に感謝する」


 そう言って再び頭を下げようとするフロスティを何とかなだめる。


「そうだ、氷の魔法使いの話は他にも聞いているぞ。

 ならず者の手から女性を救出したという話や、オークキングを倒したという話だがこれらもケントの行いであろう?」


「良く知っているね……。

 確かに俺がやったことだけど、後者はともかく前者は領主様に知らされるほどのことではないと思うんだけど」


 ならず者から救出された女性と目が合い苦笑するケント。


 街を危険にさらす恐れのあるオークキングなら領主の耳に入ってもおかしくはない。


 だがミランダやエミリアには悪いが、一市民に過ぎない2人が誘拐されたところで街にそれほどの影響があるわけもなく、領主の耳に入ることは無いと思うのだが。


「普段ならそうかもしれないがな。

 殿下の命の恩人が誰かわからないからそれでお終いとはいかないのだ。

 だから冒険者ギルドへ、氷の魔法使いについて何か情報が入れば知らせるよう要請してある」


 それで知っていたのか。


 あの件はならず者の中に冒険者もいたため、ギルドがとり扱っていた。


 ならず者の取り調べをしたギルドから領主へ、氷魔法の情報が伝わったということだろう。


「今まで名乗りを上げなかったことから察するにケントにも事情があることはわかる。

 だが、もしよければマルティーナ殿下に会ってはもらえないか。

 殿下は自らの命を救ってくれた恩人にお礼が言いたいとおっしゃっていたのだ」


 王女様と会うか~。


 もし会ってしまったらひっそりと冒険者をしながら過ごす生活が崩れてしまうかもしれない。


 だが、王族の願いを無下にしたら反逆罪だととらえられる可能性だってある。


 そうしたらミランダやギルドにも迷惑がかかるかもしれないしな。


 どうしよう。


「もちろん王女殿下を助けたのだ、相応の褒賞はいただけると思うぞ」


 なかなか返答しないケントに対して、明後日の方向にフォローを入れるフロスティ。


 褒賞が問題なんじゃないよ、目立ちたくないんだよ!


「フロスティ、もしその話を断ったらどうなる?」


「そうだな。

 ケントが断ったとしても、結局は会うことになるのではないか。

 どちらにしろ私は氷の魔法使いの正体がケントであることをマルティーナ殿下に伝えるつもりだ。

 そうするとおそらく王城から迎えが来ると思うぞ」


「ちょっと待って、フロスティは契約でダンジョンでの俺たちの振る舞いについて他言にしないっていう話は?」


「申し訳ないが、契約違反になったとしても私はマルティーナ殿下に伝えるつもりだ。

 この国の貴族の一員として、そして一人の人間として私はマルティーナ殿下に忠誠を誓っているのでな。

 もちろん裁判所へ訴え出てもらっても構わない。

 ただ今回は王家に忠誠を誓ったがために起きた契約違反だ。

 おそらく王家から何らかのフォローが入るであろう。

 そうなると私の身柄ではなく、金銭での補償ということになるだろうが。

 だがもしケントがどうしてもというなら、私を差し出すのも吝かではない!」


 そう言って頬をほんのりと赤らめるフロスティ。


 いやいやいや、契約何の抑止力にもなってないじゃん!


 そりゃ今回は王女様が絡んでいるからだろうけどさあ……。


 それに吝かではないって、俺だって吝かではないよ!


 だがそれをしてしまうのは体裁が悪いというか。


 ミランダに愛想をつかされそうだし。


 仕方ないのかな……。


「フロスティ、受けるにあたって条件があるんだけど。

 褒賞はいらないからできるだけ非公式に、そして少人数だけに会えばいいようにしてもらえないかな。

 あと、口止めも王女様にお願いしてほしい。

 あまり俺の力について大事にしたくないんだ」


「わかった。

 希望に添えるよう手を尽くそう」


「……すんなり契約破棄したフロスティに言われてもあまり信用できないんだけど」


「それを言われると私もどうしようもないな。

 信じてくれとしか言えない」


 まあ、フロスティがいい人なのは話していてわかっているし、契約破棄についてもフロスティの立場なら仕方のないことだと思う。


 変なことを押し付けられてどうしようもなくなったら、他の国にでも逃げればいいか。


 隠れて逃げることに関してケントの右に出る者はいないだろう。


 ……その時はミランダも一緒に来てくれると嬉しいな。


「わかった、その話受けるよ。

 ただし目立たないように、非公式で、少人数だけね」


「ああ、もちろんだとも!

 マルティーナ殿下もきっとお喜びになられるだろう」


 なるようになれだ。


 考えたって仕方ない。


 とりあえず本来の目的を果たそう。



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