5.氷の魔法使い
―マルティーナ視点―
コンコン
「殿下、盗賊の討伐が終了しました」
馬車の外から声をかけられた。
少し前から戦闘音が止んでいたので討伐が終わったことはわかっていたが、直接言葉での報告を聞いたことでようやくマルティーナの緊張が解けた。
マルティーナ・レリエスト。
オストワルド大陸の中央に位置するレリエスト王国の第三王女である。
レリエスト王には5人の子供がおり、マルティーナはその末っ子として生まれた。
艶やかなブラウンの髪を肩まで伸ばし、明るく聡明で、分け隔てなく接するマルティーナは城内の兵の人気も高かった。
また王族とは思えないほどフットワークが軽く、今回もランドンにいる友人のもとをお忍びで訪ねる途中であった。
ランドンまであと30分というところで盗賊の襲撃にあった。
お忍びということもあり、護衛の騎士を4人しか連れてこなかったことが災いした。
盗賊は騎士の4倍以上の数で襲ってきたため、いくら屈強なレリエストの騎士とはいえ、敗色が濃厚だろうとマルティーナは考えていた。
いざとなれば自分の身分を明かし、金品を明け渡すことで見逃してもらえないか交渉するつもりだった。
マルティーナは馬車の戸を開け、騎士に向かい合った。
「ケガをした騎士はおりませんか」
「皆多少の切り傷はありますが、命に別状はありません」
「そうですか、皆無事で何よりです。ランドンに着いたら直ちに治療ができるよう手配しましょう」
「ありがとうございます、殿下」
「それにしてもよく盗賊を退けることができましたね。レリエストの騎士である皆が武に秀でていることは知っていましたが、まさか4倍以上の数を相手取って誰一人命を落とすことなく討伐してしまうとは。レリエストに生きるものとしてたいへん心強く思います」
「そのことなのですが、一つ不可解なことがありました」
「不可解なことですか」
「後方から弓での援護を行っていた盗賊たちが突然悲鳴を上げて倒れ、そのまま動かなくなったのです。それは接敵していた盗賊たちにも予想外の出来事であったようで動揺したすきを突くことでなんとか倒すことができました。そのまま後方の盗賊のもとへ向かったのですが、盗賊たちは皆氷漬けにされていました」
「氷漬けですか」
「はい。この陽気で突然凍ることなどありえませんし、何者かが盗賊を凍らせたものと思われます」
「凍らせる魔法など聞いたことがありませんが。私たちを助けてくれたということでしょうか」
「わかりません。すぐに周囲を探しましたが、人影はもちろん魔物の類も見つかりませんでした」
「そうですか…」
(盗賊を凍らせたのが魔物であったなら私たちを見逃す理由はないでしょう。ということは魔法使いの方ということになりますが、凍らせる魔法など聞いたことがありません。
レリエストの宮廷魔法師ですらそのような魔法を使える者はいません。それほど力のある魔法使いならばおそらく名のある方なのでしょうが、何か秘匿する理由があるのでしょうか)
思うところはあるがこれ以上ここで考えていても答えが出る話ではない。
「お礼もしたいですし、その氷の魔法使いの方を探してみましょう。この場にいたということはおそらくランドンに滞在しているでしょうし」
「あっ、しまった!」
盗賊たち氷漬けにしたままだった。
これでは誰かが助太刀したことがばれてしまう。
……いやまあ、騎士たちが倒してくれるまで拘束する必要があったから氷を溶かす隙なんてなかったけどさ。
(まあいっか。通りすがりの人が手を貸したくらいにしか思わないでしょ)
ケントは知らない。
氷漬けにする魔法など知られていないことを。
だって常識さんの中にその知識がないのだから。
王女に目をつけられたとはつゆほども思わないケントの視界の先にはランドンの城壁が見えてきたのだった。