42.ガレンの奮闘
〈ガレン視点〉
ガキーン
オークの持つ斧とガレンの持つ大剣が激しい金属音を上げて交差する。
(くそっ、何でオークの群れがこんなところに居やがる!)
打ち合いで痺れた手に顔をしかめながら、ガレンは相対するオークの群れを睨んだ。
ガレンたちのパーティーは依頼で森を訪れていた。
依頼は森に分け入ったところに生えている、上級ポーションの素材となる薬草を採取するというものだ。
通常のポーションの素材に使われている薬草は、森の浅いところに自生しているため、魔物との遭遇率が低く、レベルの低い初心者向けの依頼として推奨されている。
しかし、少し分け入ると魔物との遭遇率も格段に上がり、初心者には荷が重いため、中級の冒険者たちが依頼を受けるというのが慣習になっている。
魔物との遭遇率が上がるとはいえ、目的の薬草のある辺りで遭遇するのは、せいぜい低レベルのゴブリンなどである。
その程度の魔物ならばガレンたちのパーティーなら苦もなく倒すことができるし、実際に同じ依頼を受けて失敗したことはない。
いつもと同じように依頼を受け、森に来たガレンたちであったが、今日は不幸にもいつも通りとはいかなかった。
オークの群れと遭遇してしまったのである。
しかも、遭遇したのは目的の場所どころか、初心者が薬草を採取する辺りである。
これほど浅い場所にオークの群れが居るなど明らかに異常だ。
オークの群れの討伐をするために必要なパーティーの推奨ランクはBランクである。
Cランクであるガレンたちには荷が重い相手であった。
普段ならば、見つからないように撤退し、ギルドに報告をするところだが、浅い場所に魔物はでないという経験から高を括っていたため遭遇する直前までオークの存在に気が付かず、戦闘に入ることになってしまった。
ガレンたちのパーティー人数が5人であるのに対して、オークの数は12体。
一対一ならばオークとも互角以上に渡り合える自信のあるガレンだが、複数体を相手取るとなると分が悪いと言わざるを得ない。
逃げたいところだが、格上を相手に背中を向けるのは愚策だろう。
そのとき、視界の隅にこちらの様子を木の影から伺っている男を捉えた。
年齢や装備、雰囲気からしておそらく薬草採取に来た初心者だろう。
いつものように薬草採取に来てみたら、オークの群れと戦闘をしているパーティーがいて、どうすればいいかわからないというところだろうか。
だがこれはガレンたちにとって1つの救いであった。
「おい、そこにいるやつ!
ギルドまで行って応援を呼んでこい!
後で一杯奢ってやるから大至急だ!」
「はっ、はい!」
男は突然声をかけられ驚いてはいたものの、すぐにランドンの方へと走り出した。
よし、これでたとえオークを倒すことができなくても、持ちこたえることさえできれば、応援が来るだろう。
とはいえここからギルドまでは距離がある。
運良くBランク以上のパーティーや複数のCランクパーティーがギルドに居合わせたとしても、情報伝達や準備などで駆けつけるのには時間がかかるだろう。
それに格上の標的相手に長時間戦闘を続けるのは、技術的にも体力的にも厳しいものがある。
それならば、
「お前ら!
応援がそのうち来るだろうが、待っていてやる必要はねえ。
俺たちは今Cランクだが、実力ならBランクにだって負けちゃいない。
ここでこいつらを倒すことができれば、名実共にBランクだ。
行くぞ!!」
「「「「うぉー!!」」」」
ガレンからの鼓舞する言葉を受け、雄叫びを上げながらオークへ斬りかかる仲間たち。
たとえオークの群れを倒したところで、本当にBランクに成れるとは限らない。
だが、ランクアップに近づくことは間違いないだろう。
士気が高ければ、普段以上の実力を出せることだってある。
それに何よりガレンだって冒険者だ。
強敵を前に逃げ出すなどもっての他だし、負ける気もさらさらない。
不適な笑みを浮かべたガレンは、大剣を構え直すと目の前のオークに振り下ろした。
◇
どれ程の時間が経ったのだろうか。
まだ応援が来ていないかことから、それほど長時間ではないはずだ。
戦闘によって研ぎ澄まされていた神経が、落ち着いていく。
オークの攻撃で負傷した左腕には力が入らない。
終盤は右腕1本で大剣を振り回していた。
回りをみると仲間たちも皆大小の負傷をしていたが、命を落としたものはいなかった。
満身創痍の5人と辺りに散らばる12個の魔石。
格上を倒すことができた高揚感で、痛みも気にならない。
(やったぞ!
俺たちはやりとげた!)
自然と笑みが漏れる。
大剣を地面に突き刺し、鞄からポーションを取り出す。
高揚感で痛みは気にならないが、負傷しているのは事実だ。
負傷による継続ダメージで、死んでしまっては笑えるものも笑えない。
小瓶に入った液体を呷るようにして飲もうとしたその瞬間、視界の端を何かが高速で通りすぎていった。
ズシン―――
訝しむように音のした方を見ると、そこには木に衝突し、不自然な方向に体を曲げたまま転がる仲間の姿があった。
ガレンは慌てて振り返り、そこにいる存在をみて戦慄した。
オークキングだ。
豚面の巨漢であるオークよりも二回りは大きく、その手にはガレンの大剣よりもさらに大きい棍棒を握っていた。
(無理だ…)
オークの群れを前にしても怯むことのなかったガレンであったが、今回はダメだ。
オークの群れは数の暴力の危険性に基づきBランク推奨ということになっている。
しかしこのオークキングは単体で討伐推奨ランクAとされている。
Bランク相手に満身創痍のガレンたちでは、たとえ万全の状態であっても敵うはずもない。
力の抜けそうになる脚に無理やり渇をいれて踏ん張り、地面に突き刺した大剣を抜いて構える。
他の皆もそれぞれ自分の獲物を構えるが、その表情は一様に険しい。
「グヴォー!!」
地面すら震えらるような雄叫びを上げたオークキングが棍棒を振り上げ接近してくる。
(速いっ!)
オークキングはその巨体に見合わず、俊敏な動きで走ってくる。
位置的にガレンが最も遠い場所にいたが、接敵するのに時間はかからなかった。
オークキングはそれぞれ棍棒の一振で仲間たちを吹き飛ばした。
武器で防ごうが、回避しようとしようが関係なかった。
オーキングの一撃は防いだ武器ごと粉砕するほど重く、回避できないほど速い、ただそれだけだった。
ガレンにむけて棍棒を振り上げる。
「くそっ!」
慌てて大剣を盾代わりに構えるが、次の瞬間にはガレンは弾き飛ばされ地面に倒れ伏していた。
今まで多くの魔物を切り裂いてきた大剣は、無残にも折れてしまっていた。
意識があるだけでも奇跡といえるだろう。
「うぅっ…」
身体中にはしるあまりの痛みにガレンは顔をしかめる。
「グヴォー!!」
雄叫びを上げながらガレンに止めを刺すべく近づいてくるオークキング。
戦おうにも逃げようにも、体に力が入らない。
(こんなところで俺は死ぬのか…)
数秒後に迫る己の死を運んでくる相手を朦朧とする意識の中、それでも懸命に睨み付ける。
オークキングの足が止まり、棍棒を振り上げる。
(くそっ!)
このまま殺される未来を予見し、固く目を閉じた。
だがしかし、オークキングの棍棒はいつになっても振り下ろされることはなかった。
不思議に思い、力を振り絞り、目を開け見上げる。
朦朧とした意識の中で、意識を手放す前にガレンが見た最後の景色は、凍り漬けにされたオークキングの姿であった。





