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心の赴くままに  作者: 川瀬ここ
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 何処かで聞いたことがある。人を忘れる時、始めに声が思い出せなくらしい。そのつぎは顔なんだと。

 そうそう簡単に忘れられる物ではない無いだろうとたかをくくっていた。今では耳に残るのはただただコインの流れる騒音と機械音だけである。

 それでも忘れられないものもある。あの日観た景色と、君の困ったような顔。白く光髪に揺れて匂う鉄のような香り。あの掌から全ての存在が、自分自身すらも零れていく瞬間を決して忘れられないだろう。

 夢の中では、いつだって同じ時間を生きているのだから。


「こちら卯月、配置についた。作戦開始まで待機する。」

 ホテルのエレベータールームで卯月は新聞を広げイヤホンマイクにそう告げ、軽く時計を確認する。

「了解。こちら名無し、ターゲットを確認した。今のところ怪しい挙動は観られない。本当にこいつは黒なのか?ただ上司主催のパーティーに参加させられた部下みたいだが。」

 俺はレオンハルトが新しく始めたホテル事業のお披露目パーティー会場で従業員として紛れ込んでいた。今回のターゲットはやけくそ気味に酒を飲んでは名刺配りに徹していた。

「それは心配ないです。間違いなく、彼は悪質な霊気を纏っています。」

 イヤホンマイクから聞こえる冷徹さを帯びた声は、たとえ義理だとしてもレオンハルトのそれを彷彿とさせる迫力があった。

「…!ターゲットが行動した。酔いざましに自室に向かうみたいだ。卯月、後は頼んだ。」

「おーい、そこのボーイ。このチキンの味付けは素晴らしいな!このオニオンとハーブの味付け最高だ!」

 顔赤く火照らせたオッサンが絡んできた。

「それはそれは、お褒めに頂き光栄です。私は料理について詳しくはないのですが、厨房で小耳にはさんだところ、どうやらこちらは隠し味に東方より伝わる“黒酢”と言う調味料が使われているらしいのです。」

「ほうほう、それがこのコクを出しつつあとに引かない締まりのある味に纏めている訳だな!」

 オッサンは満足したように頷くと酒を片手にチキンソテーの乗った皿を参加者に得意気に薦め回っていった。

「どうやら名無しはボーイの才能があるらしい。」

 卯月の笑い声がイヤホン越しに聞こえてきた。

「うるせぇ」

「…黒酢ですか。一体どういった物なのでしょうか。気になります。」

 先程までの冷徹さの欠片もない声が聞こえてきた。

「お、トワ嬢は黒酢に興味をお持ちですか。じゃぁ今晩は酢豚に決まりだな。いや、チキン南蛮もいいな…」

 卯月は妙にノリノリである。

「だぁあ!もう!さすがに場馴れしてきたからって任務中だぞ!ちょっとは緊張感を持ってだなぁ。…俺はチキン南蛮に1票。」

 やっぱり食べたくなるよな。こんなにいい匂いのしてる会場で仕事してると仕方ないだろ?


ぴんぽーん♪

 どうやらターゲットは自室のある5階に着いたらしい。卯月は新聞を横目にターゲットを確認した。

 卯月は音をたてずに新聞を畳むと曲がり角越しに後を追う。ターゲットが3番目の扉の鍵を開けドアノブにてをかけた瞬間、とびだした。

「…っ!」

 卯月はターゲットの口を塞ぎ、左手を固めたまま部屋に押し込んだ。

「さぁ、話してもらおうか。お前達の目的と首謀者について。」

 これで何度目になるのかもはや分からないが、ただ淡々と問いただした。勿論口は塞いだままだが。

「ふごっ!ふごっ!」

 ドアは押し込んだ反動で閉まり、暗い部屋を月明かりだけが照らしている。

「まぁ、変に物音をたてられても厄介だ。このままでも首を振ることぐらいはできるだろ?まずはお前はネクロマンサーか?」

 その問いかけに男は首を横にふった。

ボキッ!

 卯月は固めていた左手の人差し指を表情一つ変えずに、本来曲がらない方向へと曲げた。男の体が一瞬跳ねるが構わない。

「では質問を変えよう。お前は黄昏の裏切り者か?」

 やはり、首を横にふる。

ボキッ!

 更に中指をへし折る。

「次だ。俺は今からお前の口を話すが下手なことはしないか?」

 今度は首を縦にふる。

ゴキゴキ、ボキッ!!

 卯月はやはり淡々と親指の間接を外し一気に引き抜き口を解いた。

「…痛い!痛い!左指が二本しか動かないよぉ…っ!」

 卯月は親指を投げ捨て、こめかみに銃口をねじり混む。

「おいおい、下手なことは言うなといったろ?死にたいなら別にいいけど。」

「…っ!」

 アンモニアの臭いに混じり男のズボンから黒い塊が垂れ流れてきた。

「少しは落ち着いたか?さて、最後だ。計画について知ってることを話してもらおうか。」

 卯月は銃口を更に力を加えた。ターゲットの身震いが右手の銃越しに強く感じ取れる。

「ぼぼぼ僕は何も知らない!ただバーで知り合ったやつらと一緒に取り立ての仕事を数回しただけだ!」

「へぇ、そのバーで知り合ったってのはネクロマンサーの組織なのかい?」

「え?」

「俺はただ計画について聞いている。言葉は慎重に選べよ。」

「うう…」

 暫くの沈黙、卯月はじわりとトリガーに力を加えていく。

「…カタコンと言うバーで、聞いたのは黄昏を解体して、新しい組織に作り替える、らしい。」

 男は急に全身の力が抜けたように、動きを止めた。

「デトックスが必要だと、やつらは言っていた。復讐はそれからだとも…っ!がはっ!ごぽっ!」

 そこまで話すと、男は突然吐血し始めた。

「くそっ!ここまでか。」

パァン!

 男のこめかみを撃ち抜いた。それとほぼ同時に何か黒い影が男の腹から肉片をぶちまけながら飛び出してきた。

「キキキキ、ギリギリ」

 それは声なのか、刃が擦れる音なのか分からない音を発しながら壁や天井を飛び回る。黒い影は仮面のような無骨な穴が2つ空いた物を付けており、その穴の向こう側は深淵の闇のように“無”である。

バンバンバン!

「ちっ!」

 この狭い部屋では四方八方に飛び回る黒い影を卯月は捉えることができない。射撃を続けながらすかさずマガジンを交換し、左手にも銃を構えた。

(右は誘導に、左が本命に。…ここだ!)

バンバンバン!パァン!

「キキキキ、ギャン!」

 銃弾は仮面をかすめた。それとほぼ同時だった。黒い影は軌道を変え真っ直ぐ、卯月の首へ向かってきた。

「っ!おい、マジかよ!」

 すかさず卯月の後ろのめりに避ける。つい数コンマ前に首があった位置に鎌のような内反りの刃が通過した。

「連絡が遅いぞ!卯月!」

 突然ドアを蹴破り名無しが駆けつけてきた。突然の光に怯んだ影は既にナイフを逆手に構えていた名無しによって仮面を縦に一刀両断された。そして砂がこぼれるように消滅する。

「すまない、助かった。」

 卯月は仰け反っていた体を重力に預け、そのまま床に倒れた。

「全く、…だいたいおまえは尋問に時間を掛けすぎだ。知っているか知らないか。それだけで十分だろうに。」

 名無しはナイフを軽く紙で拭き取り右足の鞘に納めた。

「でも収穫はあっただろ?」

「いや、カタコンと言うバーについては既出だ。だいたい調べてもどこも廃墟だっただろ。」

 卯月は名無し手を借りて起き上がる。

「そうじゃない。やつらは決まって“復讐”と言う言葉を発した直後に、異形の者に姿を変えた。これはやつらによって何かしらの呪術的な暗示に掛けられているのではないか?」

「かといってこう毎回助けに駆けつけたのが男だとなぁ。ときめきもあったものじゃない。」

 名無しは呆れたように首を振る。

「ところで、今晩はチキン南蛮で決まりだよな!?」

 名無しの輝きを放つ目に卯月は思わず目を細めた。


「まーだー??」「まだですか!」

 俺はキッチンの向こう側にヤジを飛ばす。それにつられてか、さも当然かのようにトワも煽りを飛ばす。

「はいはい、ちょっとは待てよ。今仕上げだから。結局今回も収穫が芳しくなかったからって俺に八つ当たりするなよ。」

 卯月はそう言うとライスと生ハムサラダをテーブルに置きさっさとキッチンに消えた。

「いや、別に急かしてるわけじゃないさ。依頼を受けて半年もかかってろくな成果も上げていないのに、きっちり報酬や生活費が入るんだ。こんな生活も悪くないとすら思えてきたよ。」

 俺は前菜に目もくれずタバコに火をつけようとした。しかし、トワは律儀にサラダをよそい俺の前に置いた。それを見て思いとどまりケースにタバコを戻した。

「さあ、冷めないうちに食べましょう。」

 トワは慣れた手つきで箸を使い、サラダを生ハムで巻くと頬張り始めた。

「…せやな、サラダは既に冷えてますやん。」

 俺はこの食事になると妙なテンションになる到底同年代とは思えない少女、トワのノリに合わせることにも馴れてきた。しかし俺はサラダには手をつけずにただ静観に徹する。思うわけだ。料理を食べる時はまず完成形を見て、付け合わせとメインのバランスを考慮しつつ白いお米を頂く。それがベスト!ジャスティスなのだ。

 例え目の前に美味しそうな生ハムをみずみずしく輝くレタスとかいわれ大根がクッションのように敷き詰め盛られていようとも心は動じない。

 1枚、また1枚と生ハムが姿を消していくが、俺は動じない。何故なら先程トワがよそってくれた取り皿があるのだから。

「…って!ちょっとまてー!トワお嬢様、俺の皿にハムが無いんだけれども!?しかもかいわれ大根だけとはこれ如何に!?」

 トワは突然の絶叫に最後の生ハムを口に運ぶ箸を一瞬止めた。が、躊躇なく頬張りよく噛んで飲み下し、俺を見据えて姿勢を正した。

「…何をいまさら。食事、それは即ち戦争何ですよ?喰うか喰われるか、それだけが真理です。…あと、とても美味しかったです。」

 トワはただ冷徹に、悪気もなく言い放った。

「うっうっ…、俺の生ハムがぁ。この後のメインディシュを綺麗に纏めてくれるサラダがぁ」

 丁度そのとき、卯月が黒酢とタルタルソースのいい匂いを漂わせ、大皿に乗せたチキン南蛮を持ってきた。

「おいおい、今日で18歳になるって言うのになんだよその泣きっ面は。ほら、誕生日おめでとう。オーダー通り、待望のチキン南蛮だぞー。しかもわざわざ東方から取り寄せたブランド鳥のむね肉だぞー。」

 丁寧にソテーされパリッと仕上がった皮に肉厚な胸身。黒酢とみりんの効いた甘酸っぱい匂いが立ち上げ、その上には白のタルタルソースが映えており、一種の芸術を感じさせる。

「お、おぅ。ありがとうございます。」

 俺は複雑な表情で取り皿によそっていると。

「はい、私からも誕生日おめでとうございます。どうぞ。」

 トワはそういうと後ろ手に隠していた生ハムの乗った取り皿を俺の前に置いた。

ぶわっ!!

 全俺が泣いた。

「うっうっ。本当にありがとうございます。この上ない幸せです。」

 俺たちの食事はだいたいいつもこんな感じだ。卯月が料理をして、トワは俺の食事に際する神聖な行事を茶化してくる。そして、俺は泣く。

「…って、誕生日ってなんだよ!もう過ぎてるよ!たしかに18にはなりましたよ?先月!」

 俺はもう自棄になってチキンとご飯を食らい飲み下した。

「…ところでもしかしてあなた方は?」

「「はい、20です。」」

 見事にハモらせてきた。

「マジか。」


 いつもの朝。テーブルにはスクランブルエッグの乗ったトーストとコーヒーが3人分用意されている。もはや私が来ることは日常となっていた。

「…はい、はい。その件については滞りなく遂行しています。…あまり気乗りしませんが一度受けた任務は最後まで果たしますよ。この命に変えても。」

 キッチンの向こう側で何やら話し声が聞こえてくる。この声は名無しだ。てっきり朝食は卯月が作っていたと思っていた。

 私は電話の邪魔にならないようにこっそりと定位置に座る。

「…はい。分かりました。今後の段取りについては私に一任させてもらいます。定時連絡はこれを最後にし、連絡は緊急時のみとします。それでは。…はぁ。」

 電話を切ると同時にため息をつきながら、雑誌を片手に名無しはキッチンから姿を現した。

「!!トワ、来ていたのか。相変わらず存在感が薄いというか、なんというか。」

 一瞬、名無しはばつの悪そうな陰りを落とした気がしたが、何事も無かったかのようにパチスロ情報誌をテーブルに投げ、席に着いた

「またそんな雑誌を読んで…。卯月に怒られますよ?」

「別に、あの童顔が角生やしたところでなにも恐くないだろ?」

 名無しは笑いながら雑誌に手を伸ばした。

「…ほう?どの口が舐めたこと言ってるのかな?」

 私は見てしまった。名無しの肩を掴むそれは鬼の形相なんて言葉は生ぬるい。言うなれば、それは修羅のそれだ。

「ひぇ!?」

 名無しは動きを止めた。いや、動けないのだろう。名無しはだらだらと汗が流れているようだ。

「また君はうちの家計を他所に横流しするつもりなのかな?何て言ったか、確率は収束するだったか?100万入れれば最低でも95万以上は返ってくるって?」

 ギリギリギリッ、と名無しの肩が悲鳴をあげている音が聞こえてくる。

「いやいや!家計なんてとんでもないです。私のお小遣いから投資させて頂いてますので卯月様どうか怒りを静めてください。」

 なんとか卯月のてから逃れた名無しはそわそわした様子で卯月に頭を下げる。

「まぁ、いいさ。お前が自分自身で稼いだ金だ。それをどう使おうが俺は口を挟まないよ。」

 名無しは心底ほっとした安堵の息をはく。しかし卯月は修羅の形相のままだ。私にはこうなるとどうにもできないことは痛いほど身に染みている。そう、ここは危険だと私は直感し奥の武器庫にそそくさと身を隠し様子を伺うことにした。

「…ところで、先週頃だったかな?俺の口座から身に覚えのない出金記録がついているんだけれども?」

 ビクッ!と名無しは飛び上がりそうな勢いで身を硬直させた。

「まぁ、それでもいつもは3。4日で戻って来てたから何も言わなかったけど。…説明してもらおうか?」

 卯月は音もなくスッと左裾からナイフを逆手に取り出した。

「えっ!えつ!なんのこと?僕しーらない!」

 あ、名無しはあくまでしらを切るつもりらしい。こんな時、彼らの地方では何て言ったか…そうだ、両手の平を合わせて、

「南無」

 私が冥福を祈った直後だった。卯月のコークスクリューパンチが見事に名無しのみぞおちをえぐった。ナイフを握り混んだ拳だ。これは痛い。

「ぐへぇ!!」

 名無しはみぞおちを押さえ膝を着いた。私は恐怖のあまり思わず目を塞ぐ。

「まぁいいさ。お前のことだ。そのうちこっそり返してくれるんだろ?」

 スッキリしたのか卯月は満面の笑みだ。

「さっ、せっかく名無しが用意してくれた朝食だ。トワも早く食べようよ。」

 卯月はキッチン側の席に着き、武器庫に向かって手招きをする。

「あ、そうでした。朝食を頂きに来たのでした。」

 私は急いで武器庫側の席に戻る。

「…おぇ。これ、俺みたいに日常的に訓練受けてない人だと死ぬぞ?」

 名無しはうめきながらよろよろと立ち上がり、入り口側の席にゆっくりと着いた。

「いただます。さっそく今後の任務に関してだが、俺からはとくに無し。トワは何か網にかかったターゲットは居ないか?」

 卯月はトーストを頬張りながら聞いてきた。

「私からも特別気になる人物には会っていませんね。やはり7ヶ月前、派手に内通者を排除しましたし、それで相手側も下手に動けないのでしょう。」

 私はぬるくなったコーヒーに砂糖とミルクを入れてかき混ぜる。

「ああ、あの頃は週2のペースだったもんな。最近じゃ網にかかるのも月に2、3位だし。」

 卯月はそういうとコーヒーを飲む。

「…知ってると思うが俺からはとくにないぞ。」

 名無しは先程のダメージが残っているためか、なかなか喉を通らないのかあまり食事が進んでいない。

「?…先程の電話の件は?」

がたっ!

「っ!もう10月でだいぶ寒くなってきたな!俺コーヒーいれなおしてくるわ!」

 突然名無しは立ち上がりキッチンに消えた。

 私と卯月は顔を合わせた。

「?何かあったのか?」

 私はまずいことをいってしまったらしい。名無しの去り際の目は苛立ちと殺気を帯びていたことを私は逃さなかった。

「いえ、私は何も。名無しが珍しく電話していたので、仕事関係かと思ってしまって。」

 私は聞こえた内容については伏せることにした。彼らの仕事や素性はデリケートな問題だ。私なんかが口を挟むのはよくない。

「そうか?あいつはわりと友好関係広いぞ?あんな取り乱し方をしたんだ。あながちパチスロ関係だろ。」

 どうやら卯月は気にも止めていない様子だ。

「おまたせ。卯月、グァテマラのストックがもう少ないぞ。そのくせキリマンジャロはしっかりあるし。」

 どうやらこちらの話を聞いて安心したのか、何事も無かったかのように名無しはコーヒーを持ってきた。

「は?自分の物は自分で管理しろよ。俺は機嫌が良ければ買ってやるが、基本はそれぐらい自分でどうにかしろよ。」

 この二人はコーヒー豆に深いこだわりがあるらしい。この話題になると多々口論になる。その度に私はミルクと砂糖を入れて言うのだ。

「…コーヒーなんて全部同じよ。」

 卯月と名無しはそんな私をみて諦めたように頷くのだ。

「「たしかになぁ。」」


 朝食を済ませた頃。名無しはそそくさと姿を消した。1度聞いたが本人いわく、「そこに夢と希望があるのさ。」とのこと。

「…はぁ、いいのかなぁ?結局前回の仕事からもう一週間たつのにこんなだらだらしてて。」

 卯月は趣味がないのか、パラパラとパズル雑誌を眺めている。

「いいんですよ。父が言ってました。“殲滅と解体を依頼したが期限を設けてはいない”と。それに現状、我ら“黄昏”は平和そのものですし。」

「…“平和”ねぇ。…ピース…お!トワ様ありがとうございます!」

 卯月はクロスワードを始めたのかそそくさと雑誌になにかを書き込みだした。

 血で血を洗うような組織が平和とは自分でも疑問に思ったが、実際表事業である貴金属商会も先週発足したホテル事業も滞りなく、順調に成果を伸ばしていた。

 何であの仕事には厳しい父があんなことを言ったのか、私は何となく察していた。家の事柄があり、幼少期から地元では悪い意味で浮いていた。その為勿論一人で過ごすことも多くなり、ましては仕事に進んで手伝うようになった。そんな私を仕事と称し、同年代と過ごさせてくれているのだろう。

 私はすることもなく、ただぼーっと物思いにふけっていると。

「…なぁトワ。いくらコートを羽織っているとはいえ、そんな格好で寒くないのか?」

 卯月は前々から気になっていたのだろう。言いにくそうにチラチラと私を見ながらいう。

「?別に寒くないですよ?ここは暖房も効いてますし、移動も車ですし。」

「だぁ!もう!みてるこっちが寒くなるんだよ!買い物行くぞ!」

 卯月は雑誌を丸めてキッチンに投げると足早に出かける準備を始めた。

「あの、ちょっと待ってください!」

 あっという間に身支度を整えガレージに向かう卯月を追って、私も一歩踏み出した。

 ガレージには昔の高級車なのだろう、今として見れば粗末な造りに年期の入った銀のセダンが小刻みにエンジンをふかしている。

 私は急いで助手席に乗る。改めてみるとこの車は初めて乗った。年期の入った外見とは裏腹にオーディオは最近のもので流れているjazzは無駄に音質がよい。シートもさすがは高級車。ふわっと優しい肌触りで腰を沈める。

「…あの、ところでどちらに?」

「まぁショッピングモールかなにか大型店に行ってみようかな。」

「またアバウトな。」

 私は素っ気ないふりをしつつも、内心どこかわくわくしていた。友達と買い物なんてしたことなかったのだから。

(?友達?いや、私は何を勘違いしているのか。恥ずかしいなぁ。)

 車は滑るように走り始めた。


「なぁ、トワはどういう服が趣味なんだ?いつもワンピースだし…清楚系か!?」

 何件目になるか忘れるほどの服屋が並ぶ通りを歩きながら卯月は言う。

「これといってこだわりはないのですけど。あまり目立ちたくはないと思ってます。」

「…お!思いきってああいうのはどうよ?」

 そういって卯月が指差した店はやたらパステルの強いフリルがごてごてした店だった。

「…いやいや、あんな媚びているようはのちょっと。」

 私は引きながら冷静返す。

「たしかにはぁ。あんなの着たらますます年齢不詳だよな。」

 卯月は想像してか面白そうに笑う。

「…ところであれはなんでしょうか?所々で屋台のようにアクセサリー等を売っているところがありますが。」

「あぁ、あれは主に自主製作したものを売ってる人達だね。チェーン店やブランド店と違い、同じものは2つとないようなハンドメイド品を売ってるのさ。」

 卯月は気にも止めずに歩いていたが、私が立ち止まったことに気づき足を止めた。

「私、これがほしいです。」

 やたら胡散臭そうな、帽子を深々と被った怪しい店主が居るのにも、関わらずその商品を手に取る。

「ほぅ、シルバー製のペンダントか。緑色のガラスで型どられたのは…、サクラソウかな?」

 卯月は首をかしげながらまじまじと観ている。

「いや、お嬢さん。お目が高い。その商品は私の中でも力作でね。そこのお兄さんが言うようにこいつはサクラソウをあしらっている。ただこれはガラスではなくペリドットを使っているのさ。」

 久しぶりのお客なのか店主は上機嫌に話しかけてきた。

「…まぁ、力作とは言ってもな。他の商品を見てくれても分かるように、どうもこいつを越えるカッティングとモチーフが結び付かねぇのさ。」

 店主のおっさんは恥ずかしそうに帽子を押さえる。

「いやいや、どれも美しい造形をしてるじゃないですか。」

 卯月は並べてある商品をまじまじと吟味している。赤色の楓に水色のシオンなど、おそらく宝石と花言葉をかけているのだろう。それをみかねて店主は続ける。

「いいや、現にお嬢さんが目に止めたのはこいつだ。見たところお兄さんも俺と同じて現実主義者だろ?だからわからねぇのさ。俺もお兄さんも。」

 こういう商売をしていると何かと達観してくるのか、どこか遠い目をしている。

「まぁ、一期一会、これも何かの縁だ。好きな額で買っていってくれ。」

「そうですか。じゃぁこれで。」

 卯月は財布から8万円を取り出し、店主に差し出した。

「いやいや!流石にこんなものにそんな金額は貰えねえよ!相場ってもんがあるだろう。」

 店主のおじさんは困惑して両手をふっている。

「なにを言ってるんですか?先程好きな額でといったじゃないですか。俺は今回の買い物の目的を達した。その為に持ってきた資金を出資する。ただそだけのことですよ。」

 卯月はそう言うと無理やり店主の手にお金を押し付け、ペンダントを取り私の首にかけた。

「さぁ行こうか。服は買えなかったけど、今回は見聞を拡げることができただろ。また改めてこよう。」

 卯月は私の手を引き歩きだした。

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