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HUNGRY DOGS  作者: JUST A MAN
INTRO
6/7

INTRO FIVE;拓司

 僕は基本的に毎日、事務所で仕事をしている。滅多にないけど電話を取ったり、足を運んで依頼をくれるお客さんもいるから、その相手をしなければならない。橋本さんが入社したけど、彼女には他に任された仕事があるし、お客さんには危ない人が多いから僕が相手をする事になっている。


 橋本さんには感謝している。それまで任されていた書類の作成や整理を、彼女がやってくれる。目が見えない僕にとっては正直、難しい仕事だった。今だって、何かの本を読んで懸命に勉強しているようだ。ここに来る前はヨガのインストラクターをしていたから、事務職の経験はない。事務所を盛り上げて行こうと、必死になってくれているのだ。


「拓司さん…。」

「?何だい?」

「予知能力って、林檎をいっぱい食べると力が強くなるって、本に書いてますよ?試してみます?」

「………。」


 しかしどうやら、彼女が読んでいる本は簿記や会計、経理などの本ではないようだ。仕事熱心だと思っていたけど…今日、初めて彼女の勤務態度を知った。まぁ、それも仕方がない。経理をやらせると言ったって、儲けてこその仕事だ。うちらの事務所に、彼女が忙しくなるような仕事がある訳でもない。


 僕だってそうだ。毎日のように昼寝をしている。ただ僕の場合は…それも仕事の内なのだけど………。




「えっ?駅前の駐輪場ですか?」


 今日もやっぱり、お客さんは来ない。昼を過ぎた頃に、暇を持て余した僕は昼寝を始めた。そして1時間ほど眠った後、橋本さんを呼びつけた。


「そう。商店街側の駅の、北側出口にある駐輪場……。そこに、折り畳み式の赤い自転車があるはずだ。それを、10メートルほど離れた場所に移してくれないかい?」

「??……はぁ………。」

「余り時間がない。今直ぐ駅に向って、自転車を移動させて欲しい。」

「……分かりました。折り畳み式の、赤い自転車ですね?」

「直ぐに分かると思う。自転車には四角い籠が付けられている。出来れば駆け足で向って。」

「了解です!」

「………。」


 橋本さんが事務所を出た後、僕は少し心配になった。


(果たして、間に合うかどうか……。)


 僕は1回の眠りにつき、1度は夢を見る。大概が予知夢だ。そして予知夢は常に、鮮明な色で映し出される。音だけ聞こえて映像がない夢や、映像があっても白黒で映し出される夢は予知夢じゃない。また予知夢は、1度の眠りで1回だけだ。2つの予知夢を見る事はない。だから僕は長く眠る事を避けて、1日に数回眠る事にしている。予知夢を見る回数が多くなるのだ。


 しかし残念ながら、予知夢の内容までは操れない。見たい夢を見る事が出来ない。ただただ、周囲に漂う情報を吸収する事だけだ。サイコメトリーも、そこから得た情報は必ずしも知りたい情報ではない。触った物体が持つ情報だけを知る事が出来る。予知夢も一緒だ。物体にこびり付いた残留思念を読み取るのではなく、宙に浮く残留思念を読み取れるのだろう。それが予知夢で表される。そう解釈している。但し宙に浮く思念は、寝ている時にしか読み取れない。普通の人が感じる予感や、虫の知らせみたいなものは僕にも起きる現象だけど、それが予知だった経験はない。

 ちなみに、寝ている間は物体に残った思念を読み取る事が出来ない。試した事があるけど、僕が眠っている間に弘之が何かを持たせても、それを夢の中でサイコメトリー出来た例しがない。




 30分後、橋本さんが戻って来た。かなりのご立腹だ。扉を開ける音が大きく、こちらに向ってくる足音も力強い……。


「拓司さん!酷い!!私をからかったんでしょ!?」

「………?」

「赤い自転車を退けようとしたら、女子高生に怒鳴られました!『ババァ、何、人の自転車盗もうとしてんだよ!?』って言われたんですよ!?私、ババァじゃないし!!こんな事言われたの初めて!う~~~!!頭に来る!!」

「…良かった……。」

「何が良かったんですか!?ババァって聞かせる為に、私をお使いに向わせたんですか!?予知能力を、そんな使い方しないで下さい!!」


 橋本さんは怒っていた。彼女はまだ若い。夢で見た事があるけど、肌も白くて綺麗だし、ババァと呼ばれる年齢でも見た目でもない。


「ご免なさい。そんなつもりじゃなかったんだ。あの時、時間がなかったから説明出来なかったけど、橋本さんのおかげであの子は助かったんだ。」

「???」


 昼に見た夢の中で、居眠り運転のトラックが信号に衝突し、大惨事が起こった。被害者は2人。トラックの運転手と…口が悪い女子高生だ。


「夢の中では分からなかったけど、その子は口が悪かったんだね?」

「最悪です!2度と会いたくない!」

「はははっ!」

「笑わないで下さい!全くもう!!」


 まだ怒りが収まらない橋本さんに、僕が見た予知夢を伝える事にした。


「それじゃ…」

「……残念ながら、トラックの運転手さんは救えなかった。」

「………。」


 数時間後にニュースで確認したけど、やっぱり事故は起こってしまい、運転手は即死したと聞かされた。


 …僕の予知夢は、見たい夢を見られるものではない。時としては見たくもない夢を見るし、それが僕を苦しめる。今日の夢も…僕に苦渋の選択をさせた。事務所に誰かがいれば良かったけど…千尋のような力があれば良かったけど…僕にはそれがない。目も見えない。運転手を叩き起こして事故を防ぐ為の手段がなかったのだ。橋本さんに無理をさせる事も出来なかった。…運転手が死ぬ事を知っていながらも、彼を助ける事が出来なかったのだ。

 それでも僕は、出来る限りの対処がしたい。見たくないものまで見えてしまうと言う事は…苦しい時もあるけれど、悲しい時もあるけれど、それでも予知も出来ない普通の人よりはマシなんだと自分に言い聞かせている。昔は罪悪感を感じていたけど…今はそれもない。僕には仲間がいる。彼らが、僕の罪をなくしてくれた。




 夕暮れも過ぎ、仲間達が帰って来た。バラバラに出掛けたはずの4人が、一緒になって戻って来た。皆の手からは、いっぱいの紙袋を抱える音が聞こえた。


「パチスロで大儲けしたんだ。」


 弘之が自慢げに話す。


「仕事をサボって、何やってんですか!?」


 橋本さんが怒っている。


「仕方なかったんだ。ホラ、土産!今日も宴会だ。」

「!!力を、悪用したんですね!?」


 弘之は透視能力が使える。パチスロ台の設定を覗く事も出来るのだ。それに気付いた橋本さんが怒っているけど、他の仲間は笑っていた。僕もそうだ。


「男の真剣勝負に、力は使わない。」


 弘之が、真剣な声でそう答えた。僕らは以前から知っている。彼は、力を悪用したりなんかしない。その証拠に、彼がパチスロで勝つ事は本当に珍しい。力はあるけれど、勝負運は、皆無と言って良い程にないからだ。



「それじゃ、今日もお疲れさん!」


 弘之が持ち帰って来た戦利品で、僕らは今日も宴会を開いた。毎日を、こんな調子で過ごしている。それが楽しくて仕方がない。橋本さんも戦利品に混じっていたビーフジャーキーを頬張りながら、笑い声をあげていた。


 僕らは…不思議な探偵団。そのメンバーの1人である事に僕は…自分が誇らしい。

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