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六話 聖騎士団見習い トマス・モア

「リリィ様……リリィエストリーゼ様」

 

ドアをノックする音で、私は鶏肉とぶどう酒に囲まれて居眠りをするという夢から覚め、ベッドから起き上がる。


 外を見てみると日は少しだけ傾いており、シャワーを浴びた後に私はベッドに倒れこんで眠ってしまったということを思い出す。


 「ふわい」


 まだ頭の中にモヤが掛かったような間隔が残り、眠っていたいという欲望を押さえ込みながら、私はその声の主の下へと向かう。


「お迎えに上がりましたリリィ様、私は騎士団所属、伝令係の トマスと申します」


 ドア越しに、騎士団の使者は丁寧にそう私に語り、私は安心して扉を開ける。

 

「おや、起こしてしまいましたか、すみません。リリィエストリーゼ様でお間違いないですね?」 


 外にいたのは騎士団というには小柄で、体の細いお兄さんが立っていた。金色の髪に吸い込まれてしまいそうな赤い瞳、年齢は私よりも少し上といった感じだが、身長が低ければ私よりも年が下と見間違えてしまうほどあどけなさが残る表情をしている。


 一瞬人攫いの仲間かと疑い身構えるも、その胸に刻印された騎士団の紋章に、人攫い程度では到底購入することが出来ないであろう、白銀に光るライトアーマーが、彼を騎士団であることを証明している。

 

 騎士、としては確かに頼りない印象だが、その軽く動きやすさを追求したフォルムのライトアーマーと、彼の身軽そうな姿から伝令係のイメージはぴたりと当てはまり、私は警戒を解く。


「はい」


「お待たせして申しわけございませんでした。ガラク・グランドがただいま帰還いたしましたので、お迎えにあがりました」


 トマスは笑顔を向けて、そっと手を差し出してくれる。 その笑顔はとてもやわらかく自然で、村の女性であれば簡単に落とせてしまうであろう美貌を供えている。


「あ、えと」


「私がご案内しますので、どうぞこちらへ」


 特段必要はないと思うのだが、彼は手を伸ばして私が手を取るのをトマスは待つ。

白銀の騎士がお姫様をエスコートする姿が一度私の脳裏をよぎるが、今回の騎士様のお相手はボロボロのシャツに薄汚い赤いコートを羽織った少女。


 喜劇としてももう少しましなヒロインを用意するだろう。


「どうかしたのですか?」


 手を取るのを躊躇う私に対し、トマスは疑問符を浮かべながら首をかしげる。


「え、えと。 い、いいの? その、だって私、こんな汚いし」

 

 初めて男の人にレディとして扱われたことと、自らの小汚さの二つの恥ずかしさと嬉しさから、私は頬を紅潮させて手を引っ込めるが、トマスは口元をさらに緩ませてさらに私に手を近づけてくる。


「当然です」


「あ……あぅ」


 何とかしてその手を取り、私はトマスに引かれながら少し日が傾いた聖王都へと繰り出す。


 日が傾いたからだろうか、聖王都の人通りはさらに増しており、私はどうしてトマスが私の手を引いたのかを理解する。


 こんな所、身長の低い私が一人で歩こうものなら、この人の波に流されて目的地どころか聖王都の外まではじき出されかねない。


「この時間帯は仕事終わりの人や、帰り道の買い物等をする人が多いので、混雑しちゃうんですよね」


「そうなんだ……買出しって普通夜にするもんだと思ってた。 聖王都じゃ違うの?」


「えぇ、夜は危険なので」


「危険?」


「ところで、ここら辺はもう少し回られたんですか?」


「え、うん。軽くだけど」


 走り回ったせいで、まったく見る余裕はなかったけれども。


「どうですか、いい街でしょう」


「うん。とっても大きくて綺麗で、街の人々にも活気があって……最高」


「ははは、そういっていただけると、この街を守っている私も鼻が高いです」


 トマスさんはそう優しく笑う。 その笑顔は子どもの私から見ても子どもらしく、

太陽のような笑顔を作るひとだなという感想を私は抱く。


「この大通りの先が、我々王国騎士団の本部になります」


 そうトマスは指をさした先にあったのは、石造りの大きな建物。


 大きいとはいえ、王国騎士団と名のつく騎士団の本部にしては、なんと言うか少し無骨というか、想像していたものよりもずっとみすぼらしい。


 装飾もなければ、壁の塗装やとがった教会のようなお洒落な天上もない。質素なつくりであり、私は入り口の前に立つともう一度眼を疑う。 と。


「あ、やっぱりそういう反応になりますよね」


 トマスは予想通りといったようにからからと笑い始める。


「あ、えと、その」


「気にしないでください。 みんなそういう反応するんですよ。 僕も団長に良く、教会みたいに立派な天使の像でも建てたらどうですか? って言うんですけどなかなか聞き入れてもらえなくて」


「そうなんだ」


 まぁ驚きはしたが、村娘である私からしてみれば、これぐらいのほうが親しみやすくてよいと思えてしまう。 


「さて、入りましょうか」


 トマスは笑顔のまま、騎士団本部の門を開けようと手を伸ばすと。


「あぁ!てめえは!」


「え?」


 振り返るとそこには、先ほどの人攫いが息を切らした姿でそこにいた。


 この時間まで街を走り回っていたのだろうか……ご苦労なことだ。


「お知り合いですか?」


「攫われそうになった……」


「それは……穏やかではないですね」


 そういうと、トマスは私をかばうようにたつ。 小さかったはずの彼の背中が、一瞬にして大きくなったようなきがした。


「……この方は我々騎士団のお客様です。 どうかお引取り願えますでしょうか?」


「な、なんだとう!? こいつはな、俺たちのダチの玉をつぶしやがったんだ!

落とし前付けさせなきゃダチが浮かばれねえ! 邪魔するってんなら騎士さまだろうとぶっ殺すぞ!」


 どうやら人攫いは気が立っているようで、私は少しその怒気をはらんだ言葉に身震いをする。


「……ぶっ殺されるつもりはないですが、この子を渡すつもりもありません」


「ふざけろ! 」


 トマスの言葉に薄皮で出来た堪忍袋の尾が切れたのか、男は隠し持っていた棍棒を振り上げてトマスへと殴りかかる。


「っし!!」


 しかし、トマスはその棍棒を素手で受け止めると、そのまま持っていた手で棍棒を取り上げ、あいた拳を顔面に叩きつける。


「ぐふっ」


 ライトアーマーのガントレットとはいえ素材は金属。

殺傷能力こそ低いが、細腕からは創造できないほどの速度で放たれた拳は、男を一メートルほど上空に跳ね上げさせ、男はそのまま地面に倒れるとぴくぴくと痙攣を始める。


 誰がどう見てもしばらくは起き上がらないことは明白であった。


「これで、諦めていただけるとありがたいのですが」


 呆れたようにトマスはそう語りかけるが。


「てめぇ、よくもボスを……ぶっころす!」


 どうやら火に油を注いでしまったらしく、残りの三人がナイフを懐から取り出す。


「と、トマスさん!?」


「困りましたね、騎士たるもの市民相手に剣を抜くわけには行きませんし……」


 頬を見ると、トマスの顔には冷や汗が流れている。


 いくら鍛えているとはいえこの小柄な体躯で三人の大男を相手に私を守りながら素手で戦うなど自殺行為である。 目の前の本部に私だけでも駆け込めればよいが、入り口への道をふさぐようにナイフをもった人攫いが立ちふさがっている。


「やれぇ!」


 考える時間も与えてくれず、怒声と共に人攫いが私達に襲い掛かり、トマスも身構えるが。

             

         「な~にしてんだてめえら、俺の家の前で」


不意に三人のうち一人が宙をまう。


 殴り飛ばされたわけでも、ましてや魔法を使ったわけでもない。


 唐突に背後から現れた巨人が、子ウサギの首根っこを捕まえるように、人攫いの首根っこをつかみ、一人、また一人と軽々と持ち上げて放り投げる。


「なっ!? おまっ……なんで……」


「うるせーよ」


 弁明も釈明も無意味……まるで、玩具を投げ捨てる子どものように単純な動作で、不意打ちとはいえたった一人で武器をもった男達を無力化した。


 びたんという鈍い音と共に、男達は何が起こったかもわからず地面に叩きつけられ、そのまま伸びてしまう。


私はそんな異常な光景に眼を疑うも、隣のトマスは感動した面持ちで。


「団長!」


 と、感動の混じった声を出し、子犬のようにその巨人の下まで走っていく。


「本部の前で何絡まれてんだアホたれ……」


「すみません、お客人に無礼を働こうとしていたのでつい」


「お客人……ってーとあの、ちっこいのがカールスタード村の」


 巨人の男はトマスとの会話でようやく私に気がついたのか、にこやかな笑顔で私の元までやってきて、頭を下げる。


 トマスの倍ほどある体を持った、ヘルムを装備していない重装備の騎士。

身に着けたフルプレートはトマスのものと同じ白銀のものであるが、あちらこちらに傷があり、薄汚れている。 まさに歴戦を生き抜いた騎士そのものであるが、その顔はとても優しい表情をしており、装備と

顔に違和感を覚えてしまう。

 

「あんたがリリィか。 約束の時間に間に合わなくて済まなかった……忘れてたわけじゃねーんだが急用が入ってな、何はともあれ無事で何よりだ、歓迎するぜ」


 約束……というと。


「じゃ、じゃあ、あん……貴方がガラク様……ですか?」


「おう! 現聖騎士団長! ガラク・グランドとは、俺の事さ! よく来たなリリィ、歓迎するぜ!」

                        

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