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五話 人狼退治の騎士団長

「リリィ エストリーゼ様ですね、お待ちしておりました」


 神の導きである赤いインクに沿って歩くことに決めたところ、先ほどまでのいざこざが嘘のように簡単に単純に目的地へと到達する。


 到着したのは地図に記載された名前と同じ、~天使の羽休め~


中に入るとその名前に違わぬ美しい天使の彫像が私を出迎える。豪華絢爛の言葉はこの宿の為にあるといっても過言ではない……騎士と天使をたたえる神聖文字が書かれた垂れ幕、

戦士や旅人を出迎えるレッドカーペットは、癒しの神聖魔法でもかけられているのではないかと疑うほど、踏むだけで体が軽くなったような感覚を覚える。


 壁に立てかけられた武器や盾にはレプリカと書かれた上で過去の聖騎士団七騎士

が所持していたとされる武器が立てかけられ、旅人達が興味深そうにそれらを眺めている。

当然、ここに宿泊する人間達は悪魔のいない昼間の間だけで旅を済ませられる人間。

つまり自分達の馬車を持つことができるような高貴な方々であり、身にまとう衣服や身に着ける装飾は恐らく私が一生を掛かっても手にすることはないであろうことは容易に想像が出来る。


 一方私は薄汚れた服にボサボサの髪。 見るからに貧乏人で田舎物であることが一目で分かる顔立ちに、鼻を突く体臭。


 ここに入るだけでも少しばかり躊躇われ、何度も入り口の前でぐるぐると回り、中に入ってからも受付に行くまで相当の時間を要してしまった。


 誰が見ても場違いなことは分かっていた。話は通っているし、予約をしているはずでもあるが、これだけ高級な宿に私のような者が宿泊するのはそもそも無礼になるかもしれないと不安になり、そう考えると受付で「予約していたリリィです」という言葉でさえもひねり出すのが容易ではなく、受付の前で三度舌を嚙むという失態も犯してしまった。


 しかし、受付係のお姉さんは全てを包み込むような優しい表情のまま、私を受け入れてくれ、何とかして自分の部屋まで来ることができた。 流石は一流宿泊施設の使用人、良く訓練されている。


 そんな関心をしながらも、私は各部屋まで続くレッドカーペットの感触を飛んだり跳ねたりしながら楽しんで渡された鍵を目的地である201号室の鍵穴に差し込む。


 当然、鍵は開き、扉はこんな私をすんなりと受け入れる。


「わぁ」


 中に入るとそこには私の住んでいた家よりも広い部屋が広がっていた。


シングルベッドが一つに、書類を整理するように使う事務机が一つ。


明かりは炎がともるようにタリスマンが埋め込まれた電灯が設置され、


小部屋には洗面台とその奥にはトイレと浴場が設置されている。


 カールスタード村では、共同の浴場に村人全員でかわるがわる入っていたというのに……この街では人一人が風呂を占有できるというのか。


 私はすぐにでも横になりたい衝動を抑えながら、風呂への欲求を止められずに浴場へと入る。

 

 中は白いタイルで埋め尽くされ、蛇口は愛らしい小さな天使の姿が刻まれている。


蛇口を少しひねると、炎のタリスマンが埋め込まれていたのか、水と共に湯気が立ち上る。


「蛇口をひねっただけで……お湯が沸くなんて」


ごくりと息を飲む。私は、こんなに幸せな時間を体験してよいのだろうか。

少しばかり躊躇いを感じつつも、ガラク様と面会するのにこんな姿でいるわけにも行かないと考えなおし、バスタブにお湯を張る。


 待つこと数十分、そこには湯煙とバスタブの異世界が広がっていた。


 脱いだ衣服はとりあえず外の洗面所にたたんでおき、私はそのままシャワーを浴びる。


 天使の向きを左向きから右向きに変えると、バスタブにお湯を張っていた蛇口からのお湯は途切れ、今度はシャワーヘッドから暖かいお湯が噴出し始める。


 一体どんな原理になっているのだろうか、そんな好奇心が半分自分の汚れが疲労と共に洗い流されていくのを感じる快感が半分私の思考を支配し、洗髪用の洗剤から漂うほのかなバラの香りが私を包み込んでいくのが分かる。


 体と髪を洗い終わった後は、すっかりボロボロに痛んでしまった髪を少し束ね、湯船につからないように気をつけて浴槽へと入る。


 全身を包み込む暖かいお湯の感触は、全身を揉み解すかのように私の体を癒していく。

所々、逃げ惑ったり旅の途中で傷ついた体に湯がしみるが、今はそんなことよりも石のように固まった全身の筋肉がほぐされていく心地よさのほうが上回り、まったく気にならないでいる。


「しあわえぇぇ」


 心のそこからの声は浴場を通りぬけてこの天使の羽休め全体に広がってしまっただろうが、私はそんなことは気にせずガラク様の使者が来るまで羽を伸ばすことを心に決めたのであった。



                   ■


 イザヤ聖王都から少し離れた集落にある、小さな洞穴。

少し前まではただの何もない自然に出来た洞窟であったが、騎士団に送られてきた依頼によれば、悪魔に魅入られ、狼つきの呪いをかけられた人間が群れを作り、ここを拠点にして活動をしているとのことであった。


 ただの狼憑きの群れであるならばハンターを派遣するのが通常だが、その規模も巨大であり近隣住民に被害が出ているらしく、事態の深刻性と早急な解決が必要となることから聖王都騎士団長であるガラク・グランドに討伐命令が直接下された。

 

 当然ガラクはその命令に背くことも、いやだと心の中に思うこともなく快諾をし、早々に部隊を編成して現在こうして馬を走らせて目的地へと向かっている。


 が、馬を走らせながらガラクは部下達を見やり、一つ思案をする。

人狼の群れがなぜこんなにも急に現れたのであろうかと。


 本来人狼になるには悪魔に呪いをかけられるか、もしくは人狼の血による血液感染の二つしかない。

それゆえに、呪いをかけられた場合はハンターにすぐに殺害を依頼するか、必死に人狼にならないように無駄な努力をするかの二つに一つである。 

 

 この行程の途中で自ら死を選ぶものは多く、基本的には人狼のほとんどは群れを作ることは出来ない。

だからこそ、騎士団である自らが出動しなければならないほどの群れが本当に存在するのかどうかが疑問であった。


「団長、どうしたんですかぁ?」


 そんな団長の表情を読み取ったのか、ふんわりとした気の抜けるような声で副団長ゲルトは団長の隣まで馬を走らせ、声をかける。


「ん……あぁ、少し気になることがあってな」


「人狼の群れについて気になっていたんでしょぅ?」


 副団長であるゲルトは頭が切れる。 剣の腕こそガラクに遠く及ばないが、彼の知恵にガラクは何度も救われており、実質作戦行動などの指揮は彼が取る。


 その為ガラクは、今回もゲルトに相談をしてみようと決める。


「どう思うよゲルト……人狼が群れを作るなんて」


「通常ならばありえませんよねぇ、恐らく洞窟で人狼に遭遇した人間が、反響音を聞いて群れと勘違いした……というのが妥当でしょうがぁ」


「なるほどなぁ……」


 知恵者ゲルトの言葉にガラクは一度納得しかけるが。


「しかしぃ……」


「うぇ……」

 

 ゲルトは珍しく、歯切れが悪く次の言葉を続ける。こういうときは大抵、面倒くさい事態をゲルトは想定しており、困ったことにその大半が現実となるため、ガラクはうっかりと言葉を漏らしてしまう。


 幸いにも声が小さかったため馬が大地を蹴る音にかき消されていたようで、ゲルトは気にする様子もなく続ける。


「もし本当に人狼の群れが存在しているとしたら、それは間違いなく人為的なもの……もしくは悪魔が関与しています」


「悪魔か、先日のカールスタード村の事件も関与しているかもしれないってことか?」


「十分ありますよぉ……」


 ゲルトは一度目を伏せてそう語り、ガラクも眉を顰める。


 悪魔により村が一つ消えるという大事件が起こった先日。


 ゲルトを含めた騎士団一戸団体を送り、生き残りの人間を探しに向かったが。

結局生き残りは一人もいなかったその事件。


「今日、予言の村から使者が来るだったが、あの様子じゃ望みは薄いだろうなぁ」


「そのカールスタード村ですが、知っての通りここからそう遠くない村です……しかも、悪魔の襲撃から数日も経たないうちに、人狼の群れが発見された」


「何物かが暗躍しているとでも言うのか?」


「人間であればまだ良いでしょうねぇ。 もし、悪魔が関与しているとしたら」


「それは厄介だな、畜生」


 ガラクは内心で毒づきながら、色々な不安の種や疑念が胸の中で渦巻き始める。


「団長! 見えてきました、あの洞窟です」


 が、その一言でガラクは一度その疑念を晴らす。 色々悩んだ所で仕方がない、結局はあの洞窟に入らなければ何も分からないのだから。

 

「目標 ヴェアヴォルフ! 相手は化け物だ!流儀も糞も関係ねえ!思い思いに暴れ倒しやがれえぇ!」

 

部隊は全員剣を抜き、騎士団長ガラクは必殺の誓いの言葉を口にする。

洞窟に住まう人狼はその時、呪いから解き放たれることが確定した。

                   ■


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