三話 ハンター
「ご馳走さまでした」
私は空になったお皿の上にスプーンを置き、店主に向かって感謝の言葉を捧げる。
「……腹はちゃんと膨れたか?」
「うん。 もうお腹いっぱい。 とっても美味しかったよ」
「そうか。そいつは良かった」
店主はにっこりと笑顔を作り、隣のカウンターで注文された蜂蜜酒とおつまみを用意する。
「さっきは物騒な話になっちまったが、何か力になれることがあんなら何でも言ってくれ」
「ありがとう。じゃあ……」
この聖王都について詳しい話を聞こうと口を開いた所で、天使のほろ酔い亭の扉に付けられた鈴が鳴り、来客を告げる。
普段ならばなんてことのない新しいお客さんの到来、誰も気にせず、皆がみな自分の酒と世界に浸っているはずなのに、今回ばかりは何かが違った。
「……来たか」
ひとつため息を店主はつき、席はないかとあたりを見回す。
客達の先ほどまでの穏やかな表情は一転し、苛立ちや小さな侮蔑の言葉を並べるものも現れる。
明らかな敵意や差別の視線。 そして漂うのは動物の匂いのような異臭。
私はその来訪者が食事の後に来たことに少しだけ感謝をした後、その敵意の先にいる人物を見やると。
そこにはボロボロの外套を身にまとった老人のような集団がいた。
腰は曲がり、顔には白いひげが汚らしく伸びており、その手には杖が握られている。
これだけみれば浮浪者の集団にしか見えないのだが、浮浪者と違うところは皆が皆同じマントに麻布の服を着ていることと、何よりも異なる所は、その背中には皆が皆同じように大きな鉈を背負っていることだ。
もしこの人間が悪魔憑きだと誰かが騒げば、恐らく誰も疑うことなどしないだろう。
それだけその集団は異質で不気味で醜悪だった。
そんな男が数人フラフラと何かを探すように店の中を歩き回っている。
「……誰あれ?」
「ハンターだ」
「ハンター?兎狩りしてるようには見えないけど」
「話は後だあいつらの処理をしなきゃならん……はぁ。 おい、席はこっちにあるからそこに座れ」
店主の呼びかけに、集団は一度そちらを向き、一つうなずいてフラフラと指定された席へと向かうが。
「あぁおいおい!? お前どこ行くんだ……」
群れからはぐれるように一人のハンターはふらふらと店の中をさ迷い歩き始める。
まるで死霊のようにふらふらと歩く彼に、店主は腹立たし気に鼻を鳴らすが、ハンターはきょろきょろとあたりを見回し……。
「ひっ……」
私を見るとにやりと真黒な歯を見せて笑い、そのまま外へと出て行ってしまった。
「ったく……気色悪いったらねぇぜまったく……で、お前らは何にすんだ?」
カウンターから少し離れた長方形のテーブルに数人が囲むように座った彼らは、背中ののこぎりはそのままに、男達は注文をとりに行った店主の耳元で何かをぼそぼそと呟く。
その様子を遠目から見ていても、まるで亡霊のようで、漂う血のにおいは離れたこの場所でも鼻に付く。
先ほどまでにぎわっていた酒場はまるで死霊に取り付かれたかのように静かに静まり返る。
「お待ち」
店主は蜂蜜酒を外套の男たちの机の上に置き、やれやれとため息をついて戻ってくる。
「まったく、随分とうちを気に入っちまったらしいな。ちくしょう」
「で、あれはなんなの?」
「この町を守る自警団様さ」
「……自警団、その割には随分とその……」
「みすぼらしい……だろ?」
「えと……うん」
言葉に詰まるが、店主は苦笑を漏らしながら頭を撫でてくれる。
「五年前、イザヤ姫が死ぬ前に、悪魔や人狼を討伐していた聖騎士様のことは知っているな」
「えぇ。天使より力を授かり、悪魔をも退ける力を持った騎士団……そして天使がこの世界から消えると同時に、聖騎士は姿を消した……ガラク様を除いて」
「そうだ。だが、聖騎士が消えた後も、人狼や悪魔憑きはこの聖王都に現れる、誰かが処理しなくちゃいけないからな、それで現れたのがあいつらハンター達だ……。 もともとは犯罪者や浮浪者が殆どだが、そいつらが夜中に徘徊して人狼や悪魔憑きを狩る。 元々が人間だからな、殺した人狼や悪魔憑きの所持品は全て自分のものにしても良いという点と、払いがいいという理由で、そういったならずものが好んで天職に選んでいる」
「……でも、人狼とかは町にとっても脅威なんじゃ」
「ああいう奴らが狩るのは暴れまわる人狼じゃない。 まだなり掛けの狼憑きばかりさ。中には完全な人狼を専門に狩るものもいるが、ほとんどは狼憑きになったり悪魔憑きになった人間を殺して、死体をはぐか、小悪魔を殺して報酬を得るかのどっちかだ。酷い時には聖王国の名の下に、狼憑きがいる家に押し入って狩りをするものもいる……適正な治療を施せばまだ治る見込みがある人間であったとしてもだ……」
「……ひどい」
「まぁな、だが誰かがこれはやらなきゃならない……だから誰もハンターに直接文句は言えないし、あいつらもああやって我が物顔で町を歩いている。 聖騎士がまだいれば、あんな無法者をのさばらせなくても済むんだが」
店主は困ったような表情を見せた後、もう一度ハンター達の姿をみる。
ボロボロの外套を羽織った集団は、床に蜂蜜酒をこぼしながらお酒を飲んでおり。
不意にこちらを向いた一人のハンターと目が合い。
その男はこちらを見ると、真黒な歯を見せてにやりと笑った。
「ひっ……」
「あまり関わらないほうがいい。 お互いに深くは干渉しない、それがこの聖王都の新しいルールだ」
「そ……そうなんだ……ありがとう。教えてくれて」
「気にするな」
「そろそろ行かないと、他の人にも聞いてみないと」
「あぁ……そうするといい。気をつけろよお嬢ちゃん」
「うん。ありがとう。 それに私はお嬢ちゃんじゃなくて、リリィっていうの」
「そうかリリィ。 何か困ったらまた来い」
「うん。 えっとお金は」
「悪いが子どもからお金を取る趣味はない、大人になったとき覚えてれば一番高い酒を買ってくれ」
「……叔父さん」
「俺はジェットだ」
「……ジェット……本当にありがとう」
「じゃあな」
「うん」
私はジェットにお礼をいって、元きた道を戻っていく。 神殺しの情報は一切手に入らなかったけれども、それでも聖王都の情報はたくさん手に入った……。
幸先の良い出だしに私の歩幅は少しばかり弾み、日がもっとも高く上った聖王都を私はかけていく。私を静かにつけ狙う追跡者に気付くことなく。




