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二話 天使のほろ酔い亭

 ~聖王都公認酒場・天使のほろ酔い亭~

 

聖王都に来たならば、大人は必ずここに寄らなければならないらしい。

天使も来店し笑みをこぼしたと歌われる聖王都の正門から歩いて15分ほどの場所にある公認酒場、天使のほろ酔い亭は、平日の午前だというのに人であふれていた。


 中には中央に天使がお酒を口にして微笑んでいる木像が立てられ、それを取り囲むように円形のカウンターが設置してあり、人々はまるで天使の笑顔を肴にするようにお酒におぼれている。


 子どもの私にとってお酒と言うものには興味はなく、立ち込めるアルコールのにおいと、酔っ払った男達の騒ぎ声に耳と鼻をつまみたくなるのを堪えて、空腹と渇きをまず癒すためにカウンターへと向かう。

 

「……らっしゃい。わりいがうちには譲ちゃんに出すような酒は置いてねえが」


 とりあえずあいていたカウンターの席に座ると、額に傷のある男が、エプロン姿でお冷を渡してくれる。恐らくここの店主だろう、そのエプロンには小さく兎の刺繍がしてあり、そのギャップに私は自然と視線を奪われる。


「いいの、今日は人探しをしにきただけ。 あと、とってもお腹が空いているの、お金ならあるから……あぁ、そっか……汚らしくてごめんなさい……でも本当にお腹ペコペコで……」


 店主は少し考えたような素振りを見せた後、ため息を一つついて。


「子供は泥だらけなのが一番だ、そうだな、お勧めは、ヤギの肉の燻製肉をふんだんに入れたシチューだ。 飲み物は昨日仕入れた山葡萄のジュースがある……」


「いいの? ありがとう」


 そんな、道中空腹で見た幻覚よりもおいしそうな食べ物を提案し、私は目を丸くしながらその提案を受け入れた。



「その様子じゃ何日も食べてないって顔だな……ここら辺じゃ見ねえ顔だが、どこから来たんだ?」


 私の唇が渇き切っているのに気付いたのか、それとも声が枯れていることに気が付いたのか……どちらかは知らないが、おじさんは真っ先に山葡萄のボトルを拾って口をあけ、本来ならば蜂蜜酒を入れるグラスに注ぎ始める。


 山葡萄の香りは、一メートルくらい離れた場所から注がれているというのに甘い香りが私の鼻腔を悪戯に刺激し、枯れていたはずの唾液が思い出したかのようにあふれ出す。


「えっと……東のカールスタード村……だったところ」


「カールスタード村……って、悪魔に襲撃されたって聞いたが」


「その生き残り……村長の最後の命令に従って、この聖王都で使命を果たすの」


「そうだったのか。大変だったんだな、譲ちゃん」


 同情するような優しい表情をして、店主はジョッキになみなみと注がれた山葡萄のジュースを私の目の前にそっと置いてくれる。


「そんな……えと……うん」


 甘い香りと限界に近いのどの渇きから、私は出来るだけ理性を保ちながらそのジョッキに口を付ける。


 美味しい。


 今まで飲んだことのないような優しい甘み……この一週間、水溜りの水を飲んで飢えをしのいだこともあった私にとって、この優しい味は自分が死んでしまったのではないかと

錯覚してしまうほどだ……。


「美味しい……」


 言葉と同時に涙がこぼれる。 のどの渇きが癒されると同時に、どうやら私の体はようやくここが天使の加護が残る聖王都にやって来れたということとここが安全であるということを理解したらしく、全身の力が抜けていくのを感じる。


 安全だと理解したからといって、疲れが取れるわけではない。当然のように今まで緊張状態で忘れていただけの疲労は、体の力が抜けると同時に襲ってくる、体はとたんに鉛のように重くなり、全身からずきずきと鈍い痛みが走り始める。

しか、そんな状況でありながらも、このジョッキの中の山葡萄の甘みは麻薬のように全てを溶かし私を癒してくれていた。

 

「……本当に大変だったんだなぁ譲ちゃん。 使命がどうたらとか言ってたが

どんな使命なんだ? 力になれるかもしれねえ」


 炎のタリスマンにより生み出された炎で店主はコンロに灯を灯し、鍋を火にかける。

中には潰したにんにくとバターだろうか? 甘く香ばしい香りが油の弾く音と共に広がり私は山葡萄のジュースのときよりも多くの唾液が口からあふれ出すのを感じる。


「実は、人を探してて」


「人探しか。 どんな奴だ?」


「……聖騎士団団長 憤怒の守護者 エルディヴァイス様」


 ざわり……と、一瞬酒場の雰囲気が変わるのを肌で感じる。

先ほどまで騒いでいた酔っ払いたちも、こちらなど眼もくれなかったような大人たちの視線が、私の背中に突き刺さるのが分かる。


 この店ではその名前がタブーだったのか、それとも心当たりがあるのか……しかし店主の表情を見るに、前者であることは容易に汲み取れた。

 

当然といえば当然だ、なぜなら、天使がこの世界から消えたのは、その男が神を殺したからなのだから。


 かつてこの世界には神が存在していた。 名前はイザヤ姫。


 その身は人の身でありながら神の技により天使を操り、人々に悪魔を退ける力を与えた。 


 人々はその姫を敬い、あがめ、この国を作り悪魔と長年戦い続けた。


 そして、その姫を直々に守護する騎士たちは聖騎士と呼ばれ、その中でも最も優れた七人は七騎士と呼ばれた。


 その中の一人、エルディヴァイスは七騎士の中でも最高と歌われた騎士であり、聖王都を支配しようと襲い掛かった魔王を三度貫き撤退させたという伝説の英雄であった……。


 だが、聖戦の数日後 エルディヴァイスはイザヤ姫を殺害し逃亡……どのような手口で、どうして殺したのか……その理由は一切不明。

 


一つだけ判ることはその日から天使はこの世界に姿を見せなくなった、それだけであった。

 

「神殺しなんて探してどうするつもりだ?」

 

店主は切り取った玉ねぎを鍋の中にいれる。再度油の弾けるような音が響き、今度は玉ねぎ独特の香りが鼻腔をくすぐる。


「……分かんない。ただ、会えば分かると村長は言ってたけど……」


「はぁ……奴はこの世界を悪魔に売った極悪人だ……いくら死んだ村長の頼みだからといって、危険すぎる」


「分かってる……だから、村長は騎士団長ガラク様に私の護衛を頼んでくれてて」


「ガラク様が?」


「うん……」


「……となると、目的は神殺しの捕縛か。 カールスタード村は確か、予言の村って呼ばれてたな」


「そう。村長はすごいんだよ!なんたってあの聖戦の開始を予言したこともあるほどの預言者だったし、王様や神様に呼ばれて予言をしたこともあるくらいだからね!」


「となれば、最近巷で騒がれている噂も、あながち信憑性がないってわけでもなさそうだ」


「噂話?」


「あぁ、嬢ちゃんが知らないのも無理はないが、最近イザヤ教団っつー胡散臭い団体が、神殺しを生贄に捧げろとのたまってやがるらしい。そうすれば天使がまた現れるってな……この前来た聖騎士団の奴らがため息つきながら言ってたよ」


玉ねぎがあめ色になったのを確認し、店主は鍋に水を入れてそこに一口サイズに切り取ったジャガイモににんじん、そして干し肉を入れていく。 これだけでもう美味しくないわけがない。

 

「でも、神様は死んじゃったんだよね?」


「あぁ。死んだ……だがもしかしたら、神殺しを捧げて許しを請えば、天使も俺たちを許してくれるのかもしれねぇなぁ」


 ホワイトソースは作り置きらしく、水に溶かしながらゆっくりゆっくりとかき混ぜ、とろみを付けていく。


「……でも、殺しちゃったら七つの大罪が……」


「それが問題なんだよなぁ」


 七つの大罪とはイザヤ姫がこの国を作る際に七騎士と共に封印をした魔王をもしのぐ力を持つ大悪魔のことであり、五年前の聖戦も、魔王が七つの大罪を助け出すためにし起こしたものであるという噂もある。


そんな七つの大罪であるが、その封印の鍵は七騎士の命であり、七騎士が死ぬと同時に七つの大罪の封印が解けるとされている。その為、今や神殺しと罵られながらも、七つの大罪に復活されても困るので、人々は神殺しを探し出そうとはしない。


「……村長はどうして、私にこんな命令をしたんだろう」


「お嬢ちゃんには物騒すぎる話だったな。お待ちどう」

 

 物思いにふけっている私に、店主は暖かいシチューをパンと一緒に出してくれる。

ヤギの肉の香りと、ヤギの乳で作られたのだろう、少し甘い香りが強いシチュー。まだ熱が残るパンには切れ目があり、その切れ目にはたっぷりとバターが塗られ、油が溶け出してあふれている。 


「パンはサービスだ……久しぶりの食事なんだろ? まずはシチューからお腹に入れるんだ。 そうしないと胃が驚いて食べ物を受け付けてくれないぞ」


 店主はそう忠告して、頭を一度撫でてくれる。 力強く、そして優しいこの人の温かさが、その手を通して伝わってくるようだ。


 私はまた少し涙ぐみながら、目の前に置かれたシチューを一口口に運ぶ。


「!?」


まるで溶けたチーズをほおばるかのような濃厚さで、それでいてまったく癖がないシチュー。 一口のどを通せば、先ほどのシチューの濃厚さが口の中に浸透するように残り、香りが口から鼻へと抜けると同時に、全身にしびれるような幸福感が走る。


一口、また一口と食べるにつれて、味はさらに深みを増して行き、ソースに隠れているさまざまな調味料が一口ごとにかわるがわるに私の舌の上を転がっていく。 まるで一口ごとに違う料理を食べているようで、何度食べてもあきそうにない。


野菜は溶けてしまっているのではないかと錯覚するほどやわらかく、干し肉はしっかりとソースがしみこんでおり、嚙めば嚙むほどソースが口の中にあふれ出す。

多幸多福。 この料理を形容するならばこの言葉が最も適切であろう。


 私はこの時ばかりは使命を忘れ、忘れていた食欲を一気に解放させて食事に没頭する。

 もし、村長がこの姿をみたら呆れるかもしれないが、仕方がないじゃないか、こんなにおいしくて、こんなに優しくされたことなんて……今まで一度もなかったのだから。


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