二十六話 火あぶりです!! 豚の丸焼き
「火あぶりです!」
イザヤ教団の拷問部屋にて、慈悲も迷いもなくゲオルギウスは火あぶり用の組み木の上に火を放つ。
「ひああああああああ!? いいます!! 言います言いますから火!? 火を消してぇ!?」
教団鎮火中。
「ぜぇはぁ……ぜぇぜぇ……し、死ぬかと思った」
「なんだ、もう少し粘ると思ったんだが……あっけないな」
縄を解かれ、焼き豚となるところから九死に一生を得たピグマに対し、ルードは嘆息を漏らしながらそうつぶやくが。
「丸焼きにしようとした奴に言われたかねーや!? どういう神経してんだてめえー!」
ピグマは精一杯声を張り上げて威嚇をする。
ちょっぴり香ばしい匂いがした。
「残念ながらこういう神経だ……それで? ピグマ、聞かせてくれるんだったよな、リリィを攫おうとした理由を」
「……ちっ、頼まれたんだよ……金が弾むからって」
「頼まれた? それは、もしかしてズーランという奴か?」
「ズーラン? なんでアンタらが旦那のことを……いやだが、それは違う……外れだ」
「はずれ?」
「あぁ、確かにズーランの旦那の仕事は一時期手伝っていたことはあったが、その仕事は他の奴がやってる……俺に人攫いを頼んだのは他の奴だよ」
「もったいぶらないでよ……ゲオルギウス!」
「火アブリデス?」
「火あぶらないで!? いうから! ちゃんと言うから!」
「最初からそうしてればいいんだよ、それで? 誰なの?」
「あぁくそったれ!! 聖騎士団様だよ! 聖騎士団の騎士の一人から、そいつを攫ってきてくれって頼まれたんだよ!」
一瞬、その場にいた全員が目を見開き、そして時が止まったかのような沈黙が生まれる。
まるで、人々が流す汗の音さえも聞こえてきそうなそんな静寂。
当然だ、この街にとって、聖騎士団とは光である。
何があろうとも不滅であり、未来永劫悪魔と敵対し続け、人々の為に剣を振るう最高の存在……。
それが聖騎士団……。
それが……その聖騎士団の中に黒幕が潜んでいたということなのだから。
「そいつの名前は」
「分からねえ!? でも聖騎士団ってのは確かだ! 騎士の鎧に……聖騎士団しか持つことを許されてねえ騎士勲章を持ってた!」
騎士勲章とは、その聖騎士の身分を示すものであり、命を表す名誉の証である。
色と輝きはそのものの魂と信念、そして功績を顕し、決して冒涜も侮辱もされぬよう、その持ち主が死ぬと同時に魔力の塵となって消え失せる……。
様は、複製などできる様な代物ではないということである。
「聖騎士団詰所の中には天使の加護が今でも続いてる……当然悪魔憑きも人狼も対策は万全だ……そんな場所でのうのうと暗躍ができるなんて輩は……恐らくただの人間だろう」
「人間?」
「そうだ……ただ己の信念と利益の為に、悪魔に加担する人間……今回この街に悪魔をばらまいてるのは、そんな奴だ……だがまさか、聖騎士団とは」
ルードは事態が思わぬ方向に深刻さをましたことからの焦りからか、額に脂汗を浮かべて苦虫をかみつぶしたような表情を作る。
「なんと……冒涜的な……」
あのゲオルギウスさえも……その真実を知らされて唖然とした表情で絶句をしている。
だが、私の中で色々なことが思い返される。
酒場でジェットが言っていた……神殺しを殺せばイザヤ様が戻ってくると、聖騎士団の奴らに聞いたって……。
そして、道中誰にも会ってはいけないという村長の命令……。
あれは、救助活動に来た聖騎士団と、接触をしてはいけないという意味だったのだ……。
どくんと心臓が跳ねる。
何もかもが……聖騎士団が黒幕であるとすれば辻褄があう……。
だがそれは……私は村長の予言の思惑通り……敵陣のど真ん中に何も知らずに単身踏み込んだということなのだ。
私は今更ながらに、とんでもないことをしていたということを理解して冷や汗が全身から噴き出してくるのを感じる。
「エルザめ……この未来を見たか」
そんな私をよそに、ルードはそう渋い表情をして呟き、ピグマの胸倉をつかんで問う。
「それで、ズーランに頼まれていた仕事というのはなんだ?」
「な、なな、旦那がなんでここで関係が!?」
「いいから言え……この街もろとも悪魔まみれにするつもりかお前は」
「あ、悪魔ぁ? 何を、へっ? 俺、一体何をしちまったんですか!?」
ピグマは今の話を聞いていても状況を理解できていなかったらしいが、それでも自分しでかしたことの重大さくらいは理解できているらしく、その表情が青く染まっていく。
「……まだ、間に合う……」
「ひっ!? 落書きだよ! ズーランの旦那は芸術家で! 俺に、絵の才能があるから街の壁や廃墟の門にストリートアートを描いてくれって……それで、俺は」
騎士団が追っていた落書き犯……どうやら話はつながってきたようだ。
ルードはその話を聞くや否やピグマを放り投げて立ち上がる。
「リリィ……急ぐぞ」
「え? 急ぐって……どこに」
「トマスが危ない」
なぜ、そんなことも分からなかったのか……私は自分の愚かさを呪いながら、舌打ちをし……トマスの元へと向かおうとイザヤ教団から外へと脱出しようと試みた瞬間。
「全軍! 突撃いいぃ!」
壊れかけた窓ガラス、外れたドアを突き破り、人の波が押し寄せる。
それはイザヤ教団の団員でも、人狼でも……ましてや悪魔でもない。
そこにいたのは紛れもない、聖騎士団の人間だった。
◇
トマス・モア……聖騎士団詰所・地下牢。
「……んっ……あっつ……」
痛みが全身を走る……。
焼ける様な痛みは、己の内側から生じ、苦悶の声を上げながらその焼ける様な痛みでトマス・モアは目を覚ます。
「ここは……地下牢?」
最近は使用されることのなかった聖騎士団所有の地下牢。
そこに自分がとらわれている状況を認識し、トマスは自分の身に起こったことをゆっくりと思い出す。
「確か……私は団長に事件の全容を伝えようとして……」
聖騎士団詰所のもとまで来たところで、トマスの記憶は混濁する。
確か、誰かに合い何かを話したはずなのだが……その何かが思い出せないのだ。
「うっ」
自らの内側で暴れまわるような痛みを覚え、トマスはぐしゃりとその場に突っ伏す。
「この感覚……神経毒……か……なら……」
冷静にそう分析し、記憶の混濁もこれが原因であるとトマスは理解するのに、時間はかからず、体の痛みに耐えながらも悶絶をしていると……。
「おや、もはや目を覚まさないかと思いましたが、貴方その見た目の割には頑丈なのですね、ミスタートマス」
耳を舐るようなねっとりとした声が響き渡り、表へと続く階段から何者かが下りてくるのをトマスの目は見る。
「……だれ、ですか」
その声はおおよそ聖騎士団の人間ではなく、その匂いは彼が嗅いだことのない特殊なにおいを放っていた。
「ふふふ、聖騎士団に良くしていただいてるものでございます……あぁ、申し遅れました、私ズーランと申します」
貴族が着る様なスーツを身にまとい、頭にはハットをかぶった男。
その手には白い手袋にステッキ……どこからどう見ても紳士的な格好をしていながらも、胡散臭さを絵にかいたような男……。
トマスはその男を視認してそんな印象を抱きながら、できる限りの力を込めてズーランと名乗った男をにらみつける。
「あなたが、私をここに?」
「いえ……いえいえいえ!? とんでもございませんよトマスさま……これは少しの、本当にちょっぴりの手違いなのでございます」
「手違い?」
くるくるとステッキを回しながら、ズーランはステップを踏んで牢屋まで歩いてくると、その手に輝くさび付いた鍵で牢屋の扉を開ける。
「ええそうなのです、私のお友達がすこぉしばかり早とちりをしてしまいましてねぇ……ついつい、貴方に毒を飲ませて殺してしまいそうになったのですが。 いやいや、助かりました! あなたが死んでいなくて本当によかったですよ、貴重な命は大事に扱わなければなりませんからねぇ、えぇえぇ、命は尊いものでございます!」
にこにこと笑いながらズーランはそっと毒に苦しむトマスを抱き上げると。
懐からあるものを取り出す。
「それは?」
「これですか? ふふふ、これはですね。 悪魔の門です」
その瞬間、ズーランの表情が凶悪にゆがむ。
「なっ!?」
「おやおや、随分とまぁ驚いた顔をして、もしかして私が聖人君子にでもお見えになりましたか? こんな胡散臭い顔した人間、黒幕に決まってるじゃないですかぁ」
にこにこと笑いながら、ズーランはトマスの顎を掴む。
「き、貴様……なんで、こんな」
目前にいるのは町に悪魔を放った張本人……その存在に怒りをあらわにしながらすごんでみるも、ズーランは何でもないといったように苦笑を漏らして作業を続ける。
「決まってるじゃないですかぁ……奪われたものを取り返しに来ただけですよぉ」
「奪われた物?」
「そうです、ええそうですよぉ! 準備は万端! ですが、今から悪魔になるあなたにそんなことを語る必要はございませんよねぇ!」
嬉々として語るズーランは、なにやら薬の様なものをトマスの口の中に押し込もうとするが……。
「そうですか……それは残念です」
トマスは金色の瞳を見開き、口元を緩める……その瞳にはもはや弱り切った様子はなく。
「……おや? 貴方、震えが止まりました? それに、そのか……」
「ええ、おかげさまで……」
瞬間……ズーランの目前は真っ黒に染まり……首がぶちぶちと引きちぎれる音を聞いたのち、何も見えず、何も聞こえなくなった。




