十九話 協力
「…………………あぁ、まぁな」
パチパチと、しばらく焚火の音のみが響き渡る沈黙の後。
ルードは静かに肯定をした。
「否定しないんだ?」
「目の前で悪魔を殺しておいて……もはや否定など意味はないだろう」
「そうだね……天使の加護なしで、悪魔を殺せる人間はもう、この世に七人しかいないし、この街にいるのは一人だけ。 それと、ガラクが言ってた……アンタは昔、ハンターだったって」
「……あぁ、お前の言う通りだ……俺はルーディヴァイス・フォン・シュバイツァー……元聖騎士団団長、憤怒の守護者ルードだ」
「うん……探したよ、ルード」
淡々とルードは名前を明かし、私はその言葉に小さく頷く。
使命を果たした。 いや、既に私に課せられた使命は果たされていた。
悪魔に村を焼かれ、インプに襲われ、人狼に追われ、そして悪魔に襲われ……そうしてやっと果たすことができた使命。
それを達成した私は当然、何か心を震わす何かが起こるものだと思っていたのだが。
何の感想も浮かばない。
驚きは少しある……だがその驚きは、鶏が卵を二つ産んだ時のそれと近しく。
他愛のない些末事の一部分としか、私は認識しなかったのだ。
あるいは気づいていたのかもしれない。
これは、使命の終わりではなくて……ただの始まりに過ぎないのだと。
ひときわ大きく、焚火の木が跳ねる音が下水道の中に響き渡り……。
私はひとつため息をついた後。
「どうして黙ってたの?」
そんなどうでもいい質問をした。
「俺と会えばいいだけなら、姿を明かす必要はないだろう……」
「そうだけど、無駄足を何度も踏んだよ。 それに、無駄に悪魔憑きと悪魔に襲われた」
「あぁ、その件に関してはすまないと思っている。 だから助けてやっただろう?」
「そうだけど、トマスはクマの敷物みたいになった……最初に姿を明かしてくれたら……」
「走って逃げだしていただろうな……なにせ俺は神殺しだ」
「……そうかもしれないね」
確かに、人狼から助けてもらった直後に……彼が自分を神殺しだと名乗ったら。
私は果たしてここまで冷静に彼のことを信用できていただろうか……。
もしかしたら、彼の言う通り夜の街に駆けだして……そのまま人狼の餌になってしたかもしれない。
勿論、その時も冷静に彼のことを受け入れられていたかもしれないが……。
どちらにせよ、彼は私の身を案じて自らの素性を偽った。
それだけは理解をすることができた。
「それで、リリィ、お前の言う通り使命は達成したはずだが、これから何が起こるんだ?」
「さぁ? 会えばわかるって村長は言っただけ……」
「それで、何か分かったか?」
「アンタは臭い所に住むのが好き」
「はぁ、それは世紀の大発見だ……おめでとう、それじゃあな」
「ちょっとちょっと!? 冗談だよ! ジョーク、村長の最後の予言が、こんなくだらないことで終わるわけないでしょ?」
「……冗談だ」
「もう、真顔で言わないでよ。 わかりづらい」
「そうだな、昔から……特にガラクの奴からよく言われたよ」
「もう!」
私はからかっているのか本気で言っているのかよくわからないしゃべり方をするルードに対して鼻を鳴らして抗議の意を示すが。
当然ルードは気にする様子もなく話の続きを噛み始める。
「まぁしかし……このタイミングにお前が現れたということは、だいたい使命の内容はわかる」
「そうなの?」
「あぁ、お前は二度見たはずだ……あの悪魔を」
意図的に思い出さないようにしていた存在のことを指摘され、私は背筋に悪寒が走るのを感じる。
「うん……あれは何なの?」
「あれも悪魔だ……」
「そんな……だって悪魔は、人間の皮をかぶっていたって天使の加護の中には入れない……もしかして、天使の加護はもう」
「安心しろ……幸い、天使の加護は依然機能を続けている。 外の悪魔は中に入ることは出来ないままだ」
「でも……じゃああれは……」
「あぁ……だからあれは外から入ってきた悪魔じゃない街のなかで生まれた悪魔だ」
その言葉を私は理解できずに呆ける。
「生まれた?」
「あぁ、街の中で生まれた悪魔……魔界から来たわけでも、外から入ってきたわけでもない……人間の体に寄生して……やがて悪魔として生まれる……新種の悪魔だ」
「そんな……そんな悪魔聞いたことも」
「あぁ、今まではいなかった……つい最近だ……聞いていないか? ハンターの行方不明事件」
「あっ……」
私は町のハンターの言葉を思い出す。
近々仲間が減ってきている……そう語った人々がいた。
「……内側から生まれたものに結界は効かない」
「そんな……ねぇ、今までどれくらいの悪魔が出てきたの? 五人くらい?」
「俺が殺しただけでも、二十は超える……そいつらが人狼を増やし、悪魔憑きを増やす……不思議に思わなかったか? あれだけ聖王都の出入りが厳しくなっているというのに……夜中にあれだけの人狼やインプが徘徊していることに」
「に……」
絶望する。
人狼が町にはびこり、インプと悪魔憑きが徘徊する町……そのすべてがこの場所で生まれた悪魔の仕業だというのだ……。
これでは、いくら聖騎士団が頑張ったところで……。
「なんで、悪魔がこの街で生まれるの?」
「分からない……だが、必ず何者かの手引きがあるはずだ」
「悪魔憑き?」
「悪魔を一から生み出すなんてやり方……頭をやられた悪魔憑きにできるとは思えん……純粋な、悪魔の協力者がいるはずだ」
「悪魔の協力者」
ふと、私はトマスの言葉を思い出す。
この一連の事件には、人の悪意が感じられる。
もし……夜の街の変貌、人間の悪魔化……そして、カールスタード村が悪魔に襲われたことそのすべてが一人の人間と悪魔の手によって行われたことだとすれば。
「………っ」
私はその何者かに対して、自分でも初めて感じる憎悪という感情に言葉すら出なくなる。
一体何のために……一体どうして……。
そんな言葉が、そんな思いが心を埋め尽くし……ただ黒く黒く思考と視界が塗りつぶされていくような錯覚を覚える。
が。
「リリィ……大丈夫か?」
私はそっと肩に触れられたごつごつした感触に……現実へと引き戻される。
ふと見ると、隣にはルードが心配するような目でこちらを見つめている。
「怒りで、どうにかなっちゃいそう」
「飲み込まれるな……それは悪魔の喜ぶことだ」
「分かってる……分かってるよ……でも……絶対に許せない……」
「許す必要はない……飲み込まれなければそれでいい……」
「絶対顔面ぶっ飛ばす」
「その意気だ……まぁ実際にぶっ飛ばすかはいいとして、生きる意志があるのは結構」
ルードはそう微笑むと再度鍋に向きなおり、銀色の液体をかき混ぜなおす。
そんな姿に、私はやっと気づく。
「やっとわかった……会えばわかるってこういう事ね」
「どういうことだ?」
「あんたといれば仇が取れる」
「……随分と勝手な物言いだな。 なぜ俺がお前の復讐に手を貸さなきゃならない」
「アンタは悪魔を追って、そして悪魔を生み出している人間も探してる……私も一緒に連れて行ってルード!」
「それで? お守りが一つ増えて、俺になんのメリットが?」
「私は、その悪魔を呼び出している奴に狙われてる……悪魔にも」
「はぁ、今の時代、みんながみんな同じことを考えてるさリリィ、お前だけじゃ……」
「本当にそう? だったらなんで、初めて会った私にこんな高価なものを渡してくれたの?」
「……むぅ」
私はルードがくれた魔除けの外套を見せつけると、ルードは苦虫をかみつぶしたような表情をして小さくうなる。
「……知ってたんだよねルード? 私が狙われているって」
私の問いかけに、ルードはしばらく沈黙を守っていたが……やがて観念したかのように一つため息を漏らし。
「……囮にするつもりはなかった……だが結果として巻き込んだことはすまなかった」
そう謝罪をした。
彼は巻き込まないようにこのマントをくれた……今もきっと、私が首を突っ込まないように諭してくれているのだろう。
だが。
「囮で構わない」
……利用されようがもはや構わない……私の使命が、悪魔をおびき寄せるための餌なのだとしても……。
「……リリィ」
相手が、神を殺した大罪人でも、悪魔でもなんでも構わない……。
私はルードの手を取り……お願いをする。
「お願いルード……私を、真実まで連れて行って」
その言葉に、ルードは目を見開き、驚愕をするような視線を私に向ける。
その意味が何なのか、なぜ彼がそんな表情をしたのかはわからない。
だけど。
「……同じセリフか……」
焚火の音にかき消されてしまいそうなほど小さな呟き……だけど私の耳はその呟きをしっかりと聞こえた。
「……同じ?」
「こっちの話だ……はぁ、悪魔に襲われても考えを変えないとは、筋金入りの頑固者だなお前は……これだと、ついてくるなといっても勝手にほっつき歩くんだろう? お前は」
「もちろんそのつもりだよ」
「……はぁ、とんだもん拾っちまったなぁ」
ルードは再度深いため息をもらすと、舌打ちを交えながら煮えたぎった銀色の液体を鍋から掬って、なにやら型に流し込んでいく。
「それじゃあ……」
「好きにしろ……お前を狙ってこの事件の犯人が尻尾を出すなら俺にとっても好都合だ……どちらにせよそいつを始末しなきゃならないのは変わらないんだ」
そうルードはため息をつき、私の同行を認めてくれる。
「ありがとう! ルード!」
「その代わり、ついてくるっていうならばお前にもしっかりと悪魔探しに協力してもらう……」
「何をすればいいの?」
「俺が手を出せずにいた場所だ……そこの調査をしてほしい」
「なるほどね! 勿論いいよ! それで、そこってどこなの!?」
「あぁ、そこはだな……」
そう行先と調査場所を告げようとルードは口を開きかけた瞬間……。
「ふわぁ……あれ? ここは……私、さっきまで牧場にいたはずじゃ」
少しばかり間の抜けた声がルードの言葉を遮って響き渡る。
その声のする方を見ると、そこにはむくりと起き上がり、虚ろな目であたりをきょろきょろと見まわすトマスがいた。
「……まずは、あそこのミスターファーマーに、子羊はみんな迷子になったってことを教えてあげないとな」
「そうだね……その先に待っているのは神様じゃなくて悪魔だけど」
状況が呑み込めないと首をかしげるトマスに対し、私とルードは顔を見合わせて苦笑を漏らした。




