一話 リリィ・エストリーゼ
聖王都エルダン・正門前 ~リリィ・エストリーゼ~
「ついた……」
悪魔の飛び交う天使の加護なき道を徒歩で歩くこと一週間。
息も絶え絶え食料もそこをつき、体力も精神力も限界の状態だが、そんな状態でも聖王都に到着することが出来たのは、まだこの世界に天使の加護が存在していることの何よりの証しであろう。
聖王都正門の前で私は無事に到着できたことに眼を潤ませ、巨大な鉄作りの門とそこへと続く石造りの橋を何度も見返し、イザヤ聖王都と書かれた立て看板の矢印の向きを再度確認する。
間違いなく、立て看板は目前の巨大な門を指し示しており、私は空腹も乾きも忘れて門へと走る。
「やっと着いた、やっと着いた!」
舗装されていない草と土の道とは違う石の間隔が足から伝わり、一歩進むごとに草や泥の自然が作り出す匂いが消えていく。しかし匂いが消えたわけではなく、代わりに甘い香りや鉄の香りのような人工物の香りが鼻をくすぐり始める。
一歩、また一歩踏み出すたびにより鮮明になっていく門の外側から見える町並みは、田舎で育った私には想像も出来ないほど、広大でかつ美しく、人の数に幻覚を見ているのではないかと錯覚を覚える。
門の前に立つのは警備兵であろうか、鉄の甲冑はくすんだ色をしており、手に持ったハルバートを持ったまま険しい目つきで町を出入りする人間をにらみつけている。
一般人は何も気にすることなく門を出入りしているため、私も何も気にせず中に入ろうと走り抜けようとするが。
「止まれ」
走り抜けようとした私の眼前に、ハルバートが振り下ろされて私はちいさな悲鳴を上げて急停止をする。
橋を歩く人々は何があったのかと一瞬ぼそぼそと互いに何かを呟きだすが、しばらくしてすぐに自分達には関係がないと元の日常に溶け込んでいく。
「えぇと、何?」
ハルバートの威圧に潰されそうになりながらも、私はそう門番に返すが。
「貴様年はいくつだ」
門番はそんな私の心境を知ってか知らずか威圧するような声で私に問いかける。
「14」
「……どこから来た」
「東のカールスタード村……」
「……許可証は?」
「えっと……ほら、これでいい?」
大事にしまっておいた村長から預かった聖王都へと入る許可証を私はボロボロのかばんから取り出す。
羊皮紙で作られた許可証には、私の名前と村長の名前、そしてカールスタード村の印鑑がしっかりと押されており、私はそれを門番へと手渡す。
「ふぅむ、確かに正規のものだ」
「えと……まだ何かあるの?」
衛兵は私の許可証を見ながら、言葉とは裏腹に困ったような表情を作る。
「しかしカールスタード村は、一週間前に悪魔の襲撃で滅んだと聞いている」
ぞくりと背中に悪寒がはしる。 逃げ惑う人々、燃える民家に悪魔にもてあそばれて殺される友人や兄弟達の表情がフラッシュバックし、吐き出しそうになるのを必死でこらえる。
「……しってるよ。 その生き残り」
「……本当か?」
その一言で、衛兵が何を悩んでいるかがやっと理解できた。
「あ、悪魔憑きだって言うの!?」
「その可能性は十分にある……この天使の加護が守ってくれている聖王都の中には悪魔は入ってくることは出来ないが、悪魔に操られた人間は別だ……五年前の聖戦も、悪魔憑きが原因で引き起こされた」
「ちょっと、私は悪魔憑きなんかじゃないよ 見れば分かるでしょ?!」
「みんな誰もがそういう……が、うーむ」
衛兵はもう一度困ったような表情を作り。
「何をしに来たか教えてくれ」
許可証を私に一度手渡し、衛兵は最後の確認とばかりにそう問いかける。
まだ衛兵の疑うような視線は消えておらず、返答しだいでは命にかかわることは容易に理解が出来た……。
「村長の命令で、騎士団長ガラク様に合いに来たの、使命なの」
「ガラク様に?」
「村が滅ぶ前から合うことは決まってたらしいけど……」
「なに? それは本当か?」
「確認をしてみてよ……あと、この危なっかしいものどけてくれる?」
「分かった、しばし待て」
先ほどまで向けられていた疑念のまなざしは、騎士団長ガラクの名前で一瞬にして掻き消え、その場で連絡用のタリスマンを取り出し、起動の術式を唱える。
「こちら正門門番、現在カールスタード村からの使者と名乗る少女がガラク様との面会を申し出ている。 既に話は通っているとのことだが、予定はあるか? 許可証に付された名前はリリィ・エストリーゼ。……あぁ。 あぁ」
英雄ガラク。
五年前に神の死亡と共に壊滅した聖騎士団唯一の生き残りにして、この世界で唯一悪魔を退けることが出来る人間。
悪魔が世界を支配するようになってからも、聖王都がこれだけ発展することが出来たのは、ひとえに彼が民衆の希望となっているからとも言える。そのため、たとえ小娘の言葉だとしても、英雄ガラクの名前が出た以上、客人をぞんざいに扱うことは出来なくなる。
私は、ここまで丁寧に準備を整えてくれていた村長に感謝の言葉を心で伝える。
「確認しました。リリィ・ストリーゼ様ようこそおいでくださいました。客人とは知らず、ご無礼をお許しください」
「いいの? 悪魔憑きかもしれないよ?」
表情の和らいだ騎士団の掌を返すような態度に、私は少し皮肉を交えて質問をするが。
「カールスタード村の予言は外れない……貴方の到着が、前回予言されていたようです……団長は信じなかったみたいですが」
先ほどまでの威圧するような言葉遣いをしていたのが嘘のように、衛兵は覇気が消えた
敬語で私に語りかける。
「じゃあ、ガラク様に……」
「えぇ、ですがガラク様は現在遠征に出かけており、少しばかりお待ちいただくことになるのですがよろしいでしょうか」
「あ、それは大丈夫。 私もクタクタで……死にそう。お腹も減ったし」
「宿の手配等は済ませておりますので、戻り次第、その宿に迎えを向かわせます。
それまでは、この聖王都を是非ご堪能ください。これが、宿までの地図となっております」
衛兵はなれた手つきで聖王都の地図を取り出し私に手渡してくる。
それを受け取って簡単に見てみると、道に迷わないように現在位置から目的地までの道が赤いインクで塗りつぶされており、目的の宿屋には赤い丸印が付けられていた。おそらくは騎士団の客人御用達の宿屋なのだろう。
「ありがとう。 そういえば……今遠征って言ってたけど……なんかあったの?戦争?」
「いえ、この付近の森の中に人狼が出ましてね、団長自ら討伐に向かったのです。それゆえ、最近門の警戒を強化していたのです」
「ふーん、そっか」
衛兵が威圧するように私を制止した理由はそういうことだったのか。
確かに、これだけボロボロの服を身に着けた少女が一人で王都に入ろうとすれば、追われて逃げてきた人狼や悪魔憑きと疑われても不思議ではない。
奴らは一目では人間とは区別はつかないのだから。
「じゃあ、もう」
「えぇ、疑うようなことをしてしまい申し訳ございませんでした。 どうぞごゆっくり」
別れるときには、衛兵は怖い兵士というよりも、気のいい叔父さんに変化しており、
私は地図をなくさないように気をつけながら、途中で赤いインクから離れた場所へと向かう。
宿に行って疲れをとりたい気持ちは山々であったが、私にはもう一つやらなければならないことがある。




