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十八話 ルードと薬と神殺し

「さて、ついたぞ」


「最高級のもてなしだね……最高」


たどり着いたのは、先ほどの言葉の通り、前の下水道よりもはるかに汚い下水道。


「気に入ってもらえて何よりだ」


私はそう、皮肉をルードに漏らすと、ルードは苦笑を浮かべて、藁でできたベッドの上にトマスを寝かせる。


「トマス……ねぇ、トマスは大丈夫なの? 死なない?」


「今のところはな、少なくとも怪我で死ぬことはない……こいつはガラクの所のガキだろう? なら、この程度で死ねるほどやわに鍛えられてはいない」


「なに? 聖騎士団ってパンに鉄粉でも混ぜ込んで食べてるの?」


「ほぅ、カールスタード村にそんな郷土料理があるのか……」


「あるわけないでしょう、だいたい……って、何してんの?」


私は不意に現れた悪魔の事や、それをいとも簡単に倒して見せたルードのことを問いただそうと声を荒げるが。


なにやらルードは、持っていたバックの様なものの中から、草やら何かの乾燥した実の様なものを取り出し始める。


「薬を作る……そいつの傷を治療しなきゃならないからな」


「え? 傷って、この? 流石に大げさじゃない?」


トマスの腕についている小さな切り傷……草原で駆け回れば自然と一つや二つついてしまいそうなそんな血も出ていないような切り傷であるが、そんな傷の為に目前のハンターは何やら大層な薬草薬丸とすり鉢の様なものを取り出している。


確かに、他人の怪我のことを心配できるのはとても良いことだと思うが……この程度の傷で高価な薬草まで持ち出してくるというのは少々異常な光景のようにも思え、私は首をかしげると。


「人狼もそうだが、悪魔には遅効性の毒がある……一日二日でどうこう成る代物ではないが、その毒はゆっくりとだが確実に人体を侵食し、やがて神経麻痺からの呼吸器官不全を起こさせ死へと至らしめる……言っただろう? 今のところ命に別状はないと」


「ちょっと! だからそういう事は早く言ってよ……結局大丈夫なんかじゃないじゃないのさ!」


「だからさっき言っただろう、一日や二日でどうこうなるもんじゃない……初期段階なら、薬だけ調合できれば問題はない……少しは落ち着いて話を聞けないのか?」


「そういうアンタはもう少しわかりやすく話をできないの?」


「はぁ……口の減らない……まぁいい。 何はともあれ、その坊主を助けたいんだろう? なら俺の言うことを聞け……いいか?」


「最初からそのつもり……それで、何をすればいいの?」


「なるほど、落ち着きはないが察しは良い……なら、この薬草と丸薬を粉上になるまですりつぶせ」


「分かった……」


「いい子だ」


私は手渡されたすりこぎと、丸薬、薬草を受け取りその全てを言われた通りにすりつぶす。


少し強い、ガラムマサラの様な香りに、つんとする薬草の香りがすり鉢の中から漂う。

どこか懐かしい匂いがするような気がする。


「……ところで、この丸いのと薬草って何なの? 本当にこんなもので悪魔の毒を何とかできるの?」


「別段特別なものでもないさ……その薬草は市販でも売っている、天月草を干したものだ」


「天月草って……あの?」


思い出した、私が毒虫に刺されたときによく村長が処方してくれたものだ。


「天月草は人の毒に対する抵抗力を高める効力がある……当然悪魔の毒にも効力がでる……」


「じゃあこの丸薬は?」


「一つ齧ってみろ」


「?」


言われるまま、私はひとつその丸いものを齧ってみると。


「あれ? なんか、甘い?」


つぶしてしまっていたため気づかなかったが中から種の様なものが無数に口の中で弾けるような舌触りがする……味も、牛の乳のような香りと同時にほんのりと甘い味がする。


「それは、神経毒を持つ苔赤蜘蛛の卵のうを乾かしたものだ」


「しっ!? ちょっとなんてもん食べさせてるのよ!?」


「なんだ? 田舎の育ちなら、蜘蛛ぐらい食べたことあるだろう?」


「そっちじゃないよ!? 神経毒って!  ぺっぺっ!」


「卵にはないさ。 だが、その卵は孵化近くのもので中に蜘蛛の子が作られ始めている。子供は、自分の毒で死なないように生まれつき毒に対する抗体をもって生まれてくる」


「そ、そうなの……ということは、その卵の抗体が、悪魔の神経毒にも効果を持つってことなの?」


「そうだ、悪魔の毒は赤苔蜘蛛の神経毒に近い。 だが全く同じではないため、毒は完全に中和は出来ん」


「だから、天月草と一緒に飲み込むんだね」


「そういう事だ……あまりにも毒の量が多いときは、血中に直接打ち込むが……この程度の切り傷なら、子さじ一杯分を水に溶かして飲めばいい」


「すごい……これも聖騎士団の知識なの?」


私はそんなルードの知識に感動しながらそう問いかけると。


「いや。これはハンターの知識だ」


ルードは少しだけ誇らしげに首を振り、そう私の言葉を否定した。


「ハンターの?」


「聖騎士団は天使の加護があったからな……毒など意味はない」


なるほど神は偉大なり、天使は尊大なり。 昔の聖騎士団が人間離れをしているわけだ。


「ルードは昔ハンターで、そこから聖騎士団になったの?」


「聖騎士団は何も、頭のいい貴族しか入れないわけではないからな……種族も人種も問われない、ただ神様に好かれてしまった人間が、聖騎士団員となるんだ」


「へぇ……それで、聖騎士団がなくなっちゃったから、ルードはハンターに戻ったんだね?」


「そういう事だ……」


ゴリゴリと薬草をすりつぶしながら私はそうルードに問いかけると、ルードはルードで何やら小さな鍋の様なものを火にかけ、金属の様なものを流し込んでいる。


なんだ、やっぱり聖騎士団はご飯に金属を混ぜるのだろうか。


「なんでガラク様にはついていかなかったの? 聖騎士団は今でも残っているのに」


「こっちのほうが、人の役にたてるからな」


「人の役に? でも、ハンターってならず者や元犯罪者がやるような仕事だって」


「それはこの聖王都でのハンターはな……本当のハンターは、人々の為に生きる……この薬だってそうだ」


「そうなの?」


「悪魔との戦いで被害をこうむるのは、聖騎士団じゃない……いつだって村や町の一般人だ……ハンターは悪魔とは戦えないが、その代わり傷つき毒で死んでいく人間たちの為に毒の成分を調べ、人の為に薬を作った……悪魔だけじゃない、人狼病や人狼除けの香……森の安全な抜け方から、死霊の鎮め方……この世界のどこにでもある危険や魔獣の脅威から人々を救うために、日夜研究と狩りを続けるもの……それがハンターだ」


ルードの言葉は誇るでも、自慢をするわけでもなく……まるで当然のこととでもいうように……淡々とそう語られた。


華々しい栄光と共に剣を振るう聖騎士団とは対照的に……みすぼらしくも人々の為に陰ながら戦うハンター。


どちらも詳しく知っているわけではない……本来ならばどちらがいいなどと判別をするのはおこがましいものなのかもしれないが……。


それでも、私はそのあり方とその姿を格好良いと尊敬した。


「どうした?」


「え、ううん!? あ、こんな感じでどう?」


「どれどれ」


私はすり鉢をルードに渡すと、ルードはその小鉢を少し見つめた後。


「いいだろう、上出来だ。 そしたらその粉末をこの紙に包んで、そこの坊主が目を覚ましたら水に溶かして飲ませてやれ」


「うん、分かった」


ルードに渡された薬包紙を受け取り、私はすり鉢から薬を移し替えて小さく包む。


「できた……」


「よくやった……悪魔に魅入られて生き残る人間は稀だが……材料はどちらも街の薬屋にはおいてあるからな」


「もしかして……作り方を教えてくれたの?」


「……覚えておいて損はない」


私の頭を一つルードは撫でると、先ほどの鍋の中に何か乾いた実と草……そして、何かの臓器の様なものを入れていき、水を加えてゆでていく。


「ありがとう……」


そんなルードに私はひとつ礼を言い……ルードの隣に座る。


「なんだ?」


「こっちも、覚えておいて損はない物なんじゃない?」


「こっちは少し難しい……また今度だ」


「そ、じゃあ別のお話をしようよ」


「なんだ? 口説くのなら後十年は年を取ってから……」


冗談を漏らそうとしたルードに対し……私はにこりと口元を緩めて。




「あなたが神殺しね」




呟くようにルードの隣で問いかけた。


                        ◇

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