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十七話 神殺しのエルディヴァイス

「がっ!?」


既に目前にいた人間はそこにはおらず……その代わりに全身が黒いもので覆われた人間の形をした何かが現れる。


それを私は知っていた。


「あ、悪魔……」


そう、悪魔と呼ばれる、私の村を焼き払い……みんなを■した存在……。


その災厄が……姿を現し、トマスを吹き飛ばし……そして、私の前に立っていた。


「ひっ……」


似たような状況、そして、恐ろしいまでに叩きつけられる現実……。


昨日の人狼などとは違う……明確な死が、目の前に立っていた。


「……きひっ……きひひ」


笑みを浮かべる悪魔は、どこか嬉しそうな奇声を発し、私へと手を伸ばす。


「……あぁ」


分かってしまう。


口元を緩め、私へと手を伸ばすそれ。


それは、私を殺すことが出来るのがうれしくて……こんな笑みを浮かべているのだと。


「いやっ……助け……」


走りながら逃げようとするも……足が震えてしまいそのまま尻餅をつく。


「ひっ……」


にやつく顔は決してもとに戻ることはなく。


その、闇よりも深い瞳は、私を飲み込むようにゆっくりとゆっくりと近づき……そして。


コロシテアゲルネ


そう小さくつぶやいた。


「……さっせるかあぁ!」


瞬間、トマスの怒号が響き、悪魔に剣が突き立てられる。


深々と心臓に刺さったその剣は悪魔の体を貫き、そして引き抜かれるが。


「?」


「馬鹿な……」


悪魔は首を傾げながら振り返ると、刺されたはずの胸の部分を一つ撫でる。


血も垂れなければ……穴も開いていない。


同じだ……村の人たちが殺されたあの時と全く……。


瞬間、私の脳裏にトマスが殺される映像が走る。


「トマ……!?」


言葉よりも早く、またも悪魔の体……胸の部分から腕が伸び、トマスへと走る。


「ぐっうううううう!?」


その一撃を、トマスはかろうじて剣で受け止めるが。


「アハァー♪」


その闇は胸からさらに腕を伸ばし、トマスの顔面を掴む。


「グッ!?」


掴まれた腕を振り払おうと、刃を突き立てるが全く意味がないといったように、そのまま悪魔はトマスを持ち上げると、そのまま地面へと叩きつける。


「ゴアっ……がっ……」


レンガ造りの道が砕かれトマスはピクリとも動かなくなる……。


あぁ、■んでしまった。


薄情にも……私はその光景を見てそう理解してしまい。


その時、私は自分の命も諦めた。


「……ひひっ……きひひっ」


一人、殺せたのがうれしいのか、目前の悪魔は愉快そうにそう笑い……ゆっくりと私に向き直り、腕を伸ばす。


分かってしまう……目前の悪魔は、私をその腕で引きちぎるつもりなのだと……。


体は動かず、助けてくれる人もいない……。


「ひっ……いやっ……」


口は、恐怖により甲高い乾いた音しかこぼすことなく。


その声に悪魔は嬉しそうにさらに腕の数を増やしていく。


嫌だ……いやだいやだいやだいやだ……死にたくない死にたくない……。


怖い……怖い怖い怖い怖い……。


心の中で叫ぶ。


使命だとかそんなものはすでに頭にはなく、ただ自分の本能が警鐘を鳴らすがまま……。


私は死にたくないと懇願をする。


その愚かで惨めな姿が愉快なのだろう……目前のそれはニタニタと笑いながら、私の腕を握り……引きちぎろうと力を籠めるが。


「……どうしたリリィ……顔面を殴ってやるんじゃなかったのか?」


一陣の風が吹く、


突風の様でどこか暖かいそれは、私の髪を舞い上げると同時に……掴まれていた腕がその風により吹き飛ばされる。


「うわっ……」


声を上げて私は目をつぶり……風が止むと同時に恐る恐るその光景を見やる。



そこには黒い何かを噴出させながらもだえ苦しむ悪魔がいた。


「え……あっ……」



状況に追いつけない……先ほどまで、トマスが何度も刺し貫いてもどうにもならなかった悪魔が今……腕を両断されてもだえ苦ルードでおり……そして少し離れたところで。


「まぁ、これじゃあどこが顔面かはわからないがな」


大剣を持ったルードが口元を緩めて立っている。


「……ルード……どうして」


「あぁ……それはだな」


私の質問に、ルードは少し難しい表情をして口を開きかけると。


「きしいいいいいいいいいいいいいいいぃ!?」


悪魔は立ちあがり、咆哮に近い大声を上げて無数の腕をルードへと放つ。


「なんだ、まだやるのか」


そんな目前の悪魔に、ルードは大層面倒くさそうにそう語り、剣を構えるが。


「!? ルード! ダメ!」


その腕は、先ほどまでの腕とは全く違うものへと変わってしまっていた。


 

「むっ?」


悪魔の表情は、もはや歓喜の表情ではなくなっており、初めて悪意と敵意をもって、ルードへと走っていた。


どうやらもはや引きちぎるなどという生ぬるい方法では悪魔は満足がいかないらしく、腕であったものは槍となってルードへと走り。


ルードが反応するよりも早く、幾度も体を貫いた。


「きしいししししししっししししししししいいいいい!」


耳を劈きむさぼるような歓喜の声は、勝利に酔いしれたからか、それとも人を殺せたからか……。


どちらにせよ、耳にするだけで汚れてしまいそうなそんな大声を上げながら、またもその影は口元を大きく緩めて何度も何度もルードの体を貫く。


だが。


「……どうした? 終わりか?」


ルードはそう不敵に笑い……悪魔に対しそう問いかける。


「きっきしぃ!?」


心臓を貫かれ、肺を、のどを……そして頭蓋を貫かれたルード……だが。


槍が刺さったまま、ゆっくりと悪魔へと向かって歩いていく。


ぞぶりと鈍い音が小さく響き……歩いていくたびに槍は刺さっていき、最終的にはルードの体を貫く。


だが……その先端には血も、何もついておらず。


ようやくここで……悪魔は自分が置かれた状況を理解する。


「ぎきっ!? きぎきぎきいきき!?」


逃げようと体をよじらせ、ルードから逃走を図ろうとする悪魔。


恐らく初めて感じたのであろう明確な死の恐怖。


しかし、自らが突き刺した槍は深くルードに刺さってしまっており抜くことができない。


身をよじり、槍を突き刺し、悪魔は逃げようとする。


だがしかし……。


「……終わりか? ならば、ここがお前の火葬場だ」


口元に微笑を浮かべ、ルードはさびているはずの大剣を振り上げる。


その大剣は赤く染まっていた。


「あっつ」


ここまで、肌を焼くような熱を放ちながら大剣は真っ赤に染まっている。


錆びていたのではない、研いでいないのではない……あの大剣はもとより、ああやって敵を焼き切るための物なんだ……。


私はそう理解をしながら、暴れて逃げようと必死になる悪魔に……大剣が振り下ろされるのをただ見つめていた。


「ぎいいいいいいいいああああああああああああああああああ!?」


悲鳴が上がり、大剣により両断された悪魔はもだえ苦しみながら燃えていく。


ゴロゴロと転がりながら、それでも炎は消えることなく。


「あっ……」


どれだけその悪魔が燃えているのを見つめていただろう……。


気が付けばもう、そこには炎も消し炭一つ残っておらず……悪魔がいたところには、影の様なものだけがあるのみであった。


「……怪我はないか? リリィ」


呆ける私に手が差し伸べられる……。


見上げるとそこには、昨日、私に向けてくれた優しい微笑みのルードがいる。

「う……うん……でも、でもトマスが!?」


「大丈夫だ……痛めつけられて意識を失ってはいるが……今のところは命に別状はない」


「本当!? え、でも……あんなに強く」


普通の人間であれば、レンガが粉砕するほど強く叩きつけられたら簡単に死んでしまうはずなのに……。


私は未だにルードの言葉が信じられずに、慌ててトマスの元へ駆けつけると。


「……ほ、本当だ……怪我もそんなに大きくないし……生きてる」


腕には脈があり、あれだけ強く地面にたたきつけられたというのに、トマスの体には、腕に小さな切り傷がある以外はこぶも流血も何一つ存在しなかった。


「あの程度で死ぬほど、聖騎士団はやわに鍛えられていない……まぁ、脳震盪ぐらいは起こすだろうが……」


「だけど、槍で刺されて死なないわけじゃあないでしょう?」


「まぁな、俺のは少し特別だ」


「あぁちょっと待って、その、あぁもう色々ありすぎて何が何だか……って、ちょっとルード、トマスをどうするつもり?」


混乱する私にルードは鼻を一つ鳴らし、いつか私が経験したように、小脇に抱えて歩き出す。


「お前ひとりじゃ運べないだろうリリィ……安全な所まで送っていく……ついでに悪魔にやられた傷の処置をする」


「安全な場所って?」


「ついてくればわかる」


「あぁ、そう……まさかまた、あの壊れた家のある下水道じゃないよね」


「あぁ、安心しろ……違う下水道だ」


「はぁ、最悪」


私はそう呆れかえりながらもゆっくりのそのそと歩いていくルードの後ろをついていく。


突如現れた悪魔……そしてそれを倒してしまったルード……。


精一杯強がって見せてはいるが、まだひざは震えていて……。


トマスの怪我や悪魔のことを考えれば考えるほど……混乱で眩暈がしそうになったが。


「か……家畜に……もっと優しくしておいてあげれば」


担がれながら漏らしたトマスの寝言のせいで……すべてが吹っ飛んでしまった。


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