十六話 アルテベソッド
「随分と早い再開になっちまったな、リリィ」
私がトマスに連れられてやってきたお店は、この聖都で最も味が良いと評される、天使の一休み亭であり、私の顔を見たジェットは、苦々しい表情を浮かべて軽く笑いを零してそう言った。
「おや、お知合いですか?」
「飢えて死にそうなところを助けてくれたの、まさに、ヒーロー!」
「それはそれは……大事なお客人を助けていただき」
「冗談を真に受けんなトマス!? ただの客と店主の関係だっつーの……まったく、も少しでかくなったら来いって言っただろうに」
「おかしいなぁ、結構大きくなったと思うんだけど? ほら、成長期だし」
「ったく、口が減らねぇなぁ……まぁいい。 トマスの奴がいるなら、今度はきっちりお代はもらうからな……あと、ハンターの奴らも来てる……あんまり目を付けられねぇようにな……まぁ、今日はそこそこまともな奴だが……それでも気を付けろよ」
「うん! ありがとうジェット!」
やれやれとジェットは苦笑を漏らしながら笑い、私とトマスは案内された席に座るのであった。
◇
「さて、それでこれからの行動ですが」
ジェットから出されたシフォンケーキの蜂蜜掛けを食べ終え、食後の紅茶を優雅に楽しむ中、不意にトマスは私に対してそう声をかけてくる。
「何かいい案でも思いついたの? トマス」
「ええ、神殺しへ直接つながるものではありませんが、取り合えず引き続きルードというハンターの捜索を優先したいと思います」
「ルードを? 確かに安否は心配だけど」
「そうではありません……先ほどお話した通り、人狼の群れが現れた件や、リリィさんのカールスタード村が襲われた件……そしてルードというハンターがヴェアヴォルフに襲撃をされた件が人間の手によるものだとしたら……」
「あっ、そっか……わざわざ狙われたルードが、何らかの事情を知っている可能性が高いってことね!」
「そういう事です……この事件がすべてつながっているのだとしたら、襲撃を去れたルードというハンターがこの事件の真相を知っている可能性が高い……」
「でも、なんでそれが神殺しを探すのにつながると思うの?」
「それは決まっています」
「?」
「あの方が、この都市の危機を放っておくわけ、ありませんから……だからきっと、災禍の中心に、あの人は必ずいるはずです」
「それって……」
どういう事?
と私が問おうとした瞬間。
「お前たち、ルードを探しているのか?」
ふと一人の男性が、私たちの机にジョッキを置き、ぶしつけに隣に腰を掛ける。
「……貴方達は」
昨日見たボロボロのローブを身にまとったハンターたちとは異なり、クロスボウや大剣、槍の様なものを背負ったその男の人は、屈強な顔立ちでありながら、どこか優しい微笑みを向けている。
「……俺は踏み砕くベイロスのもんで、アルテ・ベソットっていう……とある金持ちに頼まれてな……今は内密でこの聖都で起こってる事件を調査している」
「アルテ・ベソットといえば……グリフォンの翼の」
「おーよく知ってるねぇ新人君! そうそう! 聖都での戦いで大活躍しちゃったのは何を隠そう、そう、俺ちゃんだよ!」
気さくに笑うベソットさんは、自分の名前が知られていることがうれしかったのか、にこにこと笑顔のままジョッキに入ったお酒を口に運ぶ。
「アンタのことはわかったよ……でも、なんでルードを知っているの?」
「おや、疑うのかい? まぁそれぐらいの方が今のご時世はいいのかもしれねーけどな……まぁでもなんでって言われたら、そりゃ、あの変わり者を知らないハンターはそういないさ……」
「確かに、変わってはいたけど」
トマスの話を聞く限り、ハンターの中でも変わった存在であるみたいだし……私は確かにと一つうなずく。
「納得してくれたみたいだな? まぁそこでなんだけど、探しているなら合わせてやってもいい」
「本当?」
私は急な提案に目を見開いて耳を疑う。
「あぁ、これからルードと会うことになっていてな……知り合いなら連れて行ってやるよ」
「……見返りは?」
「いらねぇよそんなもん……一緒についていくだけだからな……なに、こんなご時世だからこそ、ちょっとした親切心って奴だ」
「……本当?」
私は少し疑惑の視線をベソットに向けるが、ベソットは軽くため息をつくような素振りを見せ。
「おいおい、このアルテ・ベソット様が悪魔憑きになんぞなると思ってるのかい? それに、悪魔憑きや人狼の見分け方は、そこの騎士さんならば重々承知しているだろう?どうだ? 俺から人狼の匂いや、悪魔憑き特有のきな臭い匂いはするか?」
トマスは少しだけ難しい表情をするが、しばらくして。
「いえ……ですが急だったもので……申し訳ありません」
そう謝罪の言葉を漏らす。
しかし、ベソットはひとつトマスの肩を叩きながら。
「なーに、疑うのも無理ねえってことよ、今じゃ誰もかれもが信じられねーからな……まぁだからこそ、仲良くやっていきましょうじゃねえの」
「……」
にこやかに笑うベソットに、私は手を取って感謝の気持ちを伝える。
「ありがとう……その、なんだか疑っちゃってごめん」
「いいってことよ、こんな時代だ……だがまぁ覚えておいてくれや、こういう人間もまだ、残ってはいるってことをな」
「うん!」
私は大きくうなずいて立ち上がると、トマスとベソットはカップに入っていたものを同時に飲み干して、合わせるように立ち上がる。
「……じゃあ、行きますか」
そう口元を緩ませて立ち上がるベソットと共に私たちはゆっくりと、その場を後にするのであった。
◇
「こっちだ」
ベソットに連れられてやってきたのは、ギルドや騎士団詰め所がある中心街から少し離れた住宅街。
中心街の賑わいは少しばかりなりを潜め、人の気配がまばらになるその住宅街を私たちはベソットの後に続いて歩いていく。
「……この角を曲がったところで、ルードと待ち合わせをしている」
「随分と人気のない所に連れていくんですね」
未だに警戒をしているのか、トマスはそうベソットに対して問いかけると。
「お前さんたちが予想してる通り、ルードの奴は狙われているからな……あの姿じゃあ、中心街は目立ちすぎるだろう」
ベソットは気にも留めないといった様子でそう淡々と質問に答える。
その返答に、トマスは無言でこちらを見つめ。
情報があっているのかを確認してくるが、ルードの外見的特徴はその言葉と一致していたため、こくりと一つうなずく。
「そうですか……」
それ以上はどうしようもないと言ったように、トマスはひとつそう漏らすと何も言わず……剣の柄に手を添えたまま路地を曲がると……。
「あれ?」
そこには一人の男性が立っていた、ボロボロのローブを身にまとい、長いひげ、白い髪を垂らしたその老人……。
「……どうやら、話は本当だったようですね……」
その姿を見て、トマスは安堵のため息を漏らし、警戒を解いて柄から剣を離すが……。
「違う……」
その男は、ルードではなかった。
「えっ?」
「ルードじゃない……トマス! にげっ……」
騙された……と気づいた時にはもう遅く。
私の瞳には、口元を耳まで裂けさせて笑みを零す人間の形をした何かが静かに笑っていた。
目の前のローブの男性がふらりと倒れ、同時にごとりと嫌な音をして血がレンガの上を通っていく……。
目が見開かれたままに倒れたその男の人はピクリとも動かない……。
それだけでもう■んでいるということが分かってしまった。
「貴様は!?」
何者だと問いかけるよりも早く、剣を引き抜くよりも早く。
「オソイ……」
アルテベソットは腕を伸ばしトマスを吹き飛ばす。




