十五話 イザヤ教団の狂気
【大広場】
「……混んでいますね」
「うん……いつもこうなの?」
「いいえ……疲れた女性を人込みに連れていくほど、無神経ではないつもりです」
「そう……何をやっているんだろう」
私はそう首をかしげると。
「今はね……イザヤ教団の演説を行っているんだよお嬢ちゃん」
私のつぶやきが聞こえたのか、一人のボロボロのローブを羽織った老人が私とトマスにそう教えてくれる
「イザヤ教団? 今、王都で話題になっている新しい団体ですか」
「おぉ、アンタは聖騎士団の人か……アンタも聞いていくと言い、イザヤ様はもうすぐ復活なされるんだ」
「イザヤ様が復活なされる? どういうことですか?」
「驚くのも無理はない、だがイザヤ教団の司祭様は……素晴らしい力を操る、神の御業をお使いになられるんだ……」
「御業?」
「見ていればわかるよ」
そう言うと、男はまた前に向き直り、祈りをささげる様なポーズをとる。
「神の御業とはいったい」
トマスも、その言葉に引っ掛かりを覚えるようで、少し考える様な素振りを見せる。
「少し見てみようよ……何か分かるかもしれないし」
私はそうトマスの手を引き、その司祭とか言う奴の顔を拝みに行くことにする。
神殺しを探している……という時点でルードの居場所を知らないことは確かであったが、もしかしたら今この街で起こっていることの手がかりになるかもしれない。
「あっ、ちょっとリリィさん!」
トマスの手を離し、私は人混みをかき分けて司祭が演説をする壇上へと向かう。
人々の足元をすり抜けるように潜り抜け、私はトマスの手を引いて先へと進んでいく。
「すみません! すみません!? ちょっと通ります!」
小さい私は、足元を簡単にすり抜けることができるが、体が大きく、しかも鎧を着こんでいるトマスはそうではないらしく。
後ろから少し迷惑そうに唸り声をあげる人や、咳ばらいをする人々の声が聞こえ、同時に平謝りをしながらも私を追いかけるトマスの謝罪の声が聞こえてくる……。
後で謝らなきゃ。
私は自分の行動を少し反省しつつ、同時にここまで来ちゃったらもう同じだよねという開き直りをして、人混みをかき分けていく。
人間の足でできた林をかき分けること一分ほど……ようやく茶色や灰色だけで構成された世界が消え去り、同時に一人の男性が立つ壇上へと私は到達する。
そこにいたのは、ボロボロのローブを身にまとい、飛び出そうなほどに剥きだされた眼を有した……一人の司祭。
「今こそお見せしましょう神の御業を! これこそが、私が神に選ばれた信徒であることの証! いざっ!」
両手を掲げた男……ちょうどその御業というものが発動する瞬間であったのか、私はその手から光が輝くのを見守る。
「これこそが! 神の光!」
その瞬間……彼の手から一羽のハトが飛び立つのが分かる。
「うおおおおおおおおおおおおぉぉぉ!」
湧き上がる大歓声……その声援に男は口元を緩めてその喝采を浴びる。
「今こそ! 今こそ神に祈りを! 祈りと共に救済を懇願するのです!」
論じていることは正論……言い分も聞き方によればわからなくもない……だけど。
そこに私が感じたのは狂気と、執念……そして、燃え上るほどの怒り。
一目見てわかった……この人は、決して神の復活など信じてはいない。
心から渇望し、しかしそんな奇跡が起こるはずもないと理解した先にある怒りの塊こそが……彼なのだ。
神への祈りなどこの男には何一つ存在していない……しかし、そこには我欲も存在していない。
何が彼をそこまで惹きつけるのか、何が彼をその行動に至らせるのか。
一目で解る……。
理解ではなく、直感で感じとる。
この男は、神の復活など信じていない……ただただ抑えきれない怒りに身を任せているだけなのだと。
目的も明快、理由は単純。
唯々……自分から神を奪った神殺しへの復讐……彼はそんな人々の怨嗟をすべて吸い上げたかのような化け物だ。
だからこそ私のこの男の第一印象は……怖い……ただそれだけであった。
「っ……」
声にならない声が響き渡り、私は言葉に詰まりながらもその存在を凝視する。
と。
「……我々は…………」
壇上前に躍り出た私に、男はぎろりとその眼を向ける。
敵意でも、興味でもない……まさに観察という言葉がぴったりと当てはまるその視線に、私は全身にまたもや鳥肌が立つ。
狂気に染まった瞳、だけどその瞳には、一かけらの悪意はない。
いや、そもそも私など見えていない……。
「おやおや……此度は随分とまた可愛らしいお嬢さんがオーディエンスに交じっているようだ。 我が神言はもはやこのような幼き童女にも行き渡っている……それはすなわち天におわす主神が我が言を真と認めている証拠にほかなりません! 皆さん! 神への祈りを! 神殺しへの誅罰を!」
「「「「「祈りを! 祈りを! 祈りを! 祈りを!」」」」」
「さぁ、お嬢さんも……」
伸びに伸び切った長い爪……その五指を私に向けて、目の前の狂気は私をいざなおうとする。
神を奪われた怒りをよこせと叫ぶが如く暴力的なそのいざない。
真っ直ぐと私を見つめるその瞳に光はなく……。
その手には、翼が折れ涙する天使の刺青があり……まるで、この男に翼を折られ、囚われているかのように……私は感じた。
「狂ってる……」
私はそう言葉を漏らし、一歩後ずさる。
と。
「やっと追いつきましたよ……リリィ」
そんな狂気の波から、トマスはそっと私を抱き留めてくれた。
「……はぐれたら大変です……これからは私の手を離さないでください……ほら、顔色が悪い……行きましょう」
「おや残念……お連れ様がいたようですねぇ」
「えぇ、どうやら迷ってしまったらしくて……お邪魔をして申し訳ございませんでした」
「いえいえ、構いませんよ、聖騎士団様にはお世話になっておりますゆえ……えぇ」
「そうですか……では」
トマスは私の手を引き、そっと狂気の波から私を連れ出してくれる。
人々は神の御業を見た熱狂と興奮により騒ぎたち、既に私の姿など見えていない。
私はそんな大声援を聞きながらも、トマスに連れられて去っていく。
「日に日に、信者が増えていきますね」
トマスはぼそりとつぶやき、広場へと振り返り苦々しい表情を作る。
悪魔の存在、狂った聖都……そして夜中に徘徊する悪魔憑き達。
かつて聞かせてもらったおとぎ話の聖都……。
だけど、それは今、もう壊れてきてしまっているのだと子供の私でも簡単に理解ができた。
◇
大広場を抜けた先にある、セレーネ川……。
その橋の上で私たちは風に当たりながら心を落ち着かせる。
街は依然活気づき、見ているだけでは私が村長たちから伝え聞いていた町が……平和で神に祝福された聖都が広がっている。
だけど、目を凝らせば家の壁には小さな爪跡が残り……日の当たらない日陰には……誰のものか、何のものかもわからない血痕が見える。
私とトマスに会話はなく……私はただただ町の人々の笑顔を見つめている。
あの中に……悪魔憑きがいるのかもしれない。
そう思うと、この街の人たちは……もう正気を保っていないのではないか……そんな考えさえも浮かんでしまう。
「怖いものを見せてしまってすみません……リリィさん」
そんな絶望にも似た想像を浮かべていると、沈黙を破りトマスは私に謝罪をする。
「トマスは悪くないよ……」
私はトマスが気にしない様にそう言ってみるが……やはり心は晴れない。
「……すみません……我々騎士団がふがいないばかりに。 神殺しの件もあり……人々は以前より、聖騎士団を信用してくれなくなってしまったのですよ」
「……そう、なんだ」
歯がゆそうに苦笑を漏らすトマス。
きっと、あの光景は町を守るトマスにとっては、身を引き裂かれそうな光景だったに違いない……。
トマスたちは、街の人たちの為にこれだけ身を粉にして戦っているというのに……。
「ねぇ、トマス」
「なんですか?」
「……私はなんで、ここに来たんだろう……ルード様……神殺しに会って……何が変わるんだろう」
「それはわかりません……ですが、貴方は予言により選ばれた……だからこそあなたがなすべきことはきっと……人々の為になる。私はそう信じています」
「人々の為になる……」
現れた悪魔に、燃え盛る村を私は思い出す。
私以外はみんな死んでしまった……。
【聖都へと行き、ガラクと共にエルドリヴァイス様に会いなさい……会えばすべてが分かるから】
村長であるエルザおばあちゃんの言葉を私は思い出し……一つ息をつく。
「悪魔を倒す……ううん……この街を救えるのかな?」
そんな疑問……誰にもわかるはずはないのに、私はそうトマスに甘えてしまう。
「ひょっとしたら、世界を救ってしまうかもしれませんよ?」
だけどトマスは、そんな甘えを叱るどころか、優しく包み込むようにそう答えた。
「珍しいこともあるんだね……トマスが冗談を言うなんて」
そんなトマスに似合わない言動が面白くて、私は少し笑ってトマスにそう言うと。
「いいえ……本心です」
「え?」
トマスは優しく微笑んで、そう言ってくれた。
「貴方はきっと、私たちの光になる……なんとなくですが、私はそんな気がしています」
「……トマス」
それが、私を慰めるための優しい嘘なのか……本当の言葉なのかは今の私にはまだわからない。
だけど私にとってその言葉は……一歩先に踏み出すには十分すぎる言葉であった。
「ありがとう……さて……と、休憩終わり! 何はともあれ……神殺しを見つけないと始まらないものね」
「その意気ですよ、リリィさん……」
「でも、私頭悪いから……まず何をどうすればいいか……」
「疲れていては良い情報は得られません……もうお昼の時間ですし、風に当たるのもいいですが、甘い物でも食べて作戦会議と行きましょう」
「お昼はお肉を食べるんじゃなかったの?」
「きょ、今日だけは特別です」
慌てるトマスに私は苦笑を漏らし、その手をつないで繁華街へと向かうのであった。




