十四話 襲撃の跡
私はトマスに連れられて、昨日訪れた汚水処理施設の前に立つ。
道がうろ覚えであったため、少し迷ってしまったが、それでもお昼になる前には到着できた。
相も変わらずの匂いに私は顔をしかめるが、隣のトマスは涼しい表情のままだ。
「臭くないの?」
「確かに強いにおいですが、こんなことで根をあげたりはしませんよ。騎士ですから」
「我慢強いんだね、騎士って」
下らないことを呟いて、私はトマスを案内するように立ち入り禁止とかかれた鉄の扉を開けて、中に入る。
昼でも光の差さない下水処理施設。 隣を歩くトマスは警戒しているのか、さりげなく剣の柄に手を置いている。
ぴちゃりぴちゃりと水滴が滴るような音が響き、奥からは獣の叫び声のような音が響き渡る。
昨日と以前変わらない地価処理施設を、私とトマスは淡々と歩く。
「あの角を曲がった所に、ルードはいつもいるって言ってた」
「ふむ」
トマスは隠すことなく警戒心を強めて、私は少しそんな姿に不安を覚えながら彼がいた場所に到着する。
「……だれもいないですね」
その場所は、もぬけの殻だった。
いや、正確には荒れ果てていた。
「うそ」
誰かに、いや、何かに襲撃をされたのだろう、焚き火は掻き消えており、私が座ってた椅子や、ルードが生活していた居住スペースは全て破壊されつくされている。
ルードの死体こそなかったが、無事である可能性は低く感じられた。
「これは……古の人狼の毛ですね」
炎の魔法で、焚き火とたいまつに炎をつけ、明かりを確保したトマスが、何かを見つけたようだ。
「古の人狼?(エンシェントワーウルフ)?」
「人狼の最上位種です。 この街には下位種か通常種……まれに上位種が出る程度です……天使の加護の外には何匹か確認されましたが、こんなところにいるなんて」
「そんな……じゃあ、ルードは」
昨日私を助けたばかりにこの場所を発見されてしまったのだろうか……。だとしたら……私の……。
「いえ、そのルードという男は無事のようですよ」
「え?」
震える私をよそに、トマスは淡々と壊れた箪笥や棚を調べてそういう。
「無事って、こんな状況で?」
「ええ、こんな状況だからです。 人狼は基本的にその場で捕食をします、つまり死体は現場に残される。 古の人狼が彼を襲ったのならば、死体は確実にここに残る。 だというのにここには人狼が暴れた形跡はあれど、死体は愚か血痕一つ無い。 となると、彼が不在の間にこの場所が襲撃された……というのが妥当な線でしょう……恐らく、貴方を家まで送っている間に襲撃され、運よく人狼と入れ違いになり、彼はもう一度姿をくらました……こんなところでしょう」
トマスはそう分析をして、私の肩を叩く。 貴方のおかげで助かったんですよと口では言わなかったが、その笑顔がそう告げていた。
「そっか。 よかった……」
「まぁ、安心するのは早いんですけどね」
「え?」
瞬間、トマスは腰の剣を抜き去り、一閃を放つ。
「がっ!?」
背後にいたのは小悪魔 振り下ろされていたのだろう槍のようなものは、その剣閃により両断され、インプは首をはねられごとりという音と共に胴体と頭が地に落ちる。
「ひっ!?」
「どうやら、ここの住人が帰ってきた場合にも襲撃を仕掛ける手筈だったのでしょう……
彼らは日の光に触れられませんが、ここならば活動も出来る」
「そんな」
気がつけば、背後には子悪魔と悪魔憑きが忍び寄ってきていた……入ったときには気付かなかったが、トマスはどうやら気付いていたようで、なんでもないという風に剣を正眼に構える。
「大丈夫です。 これくらいならば僕でも出来ますから」
元気付けるようにトマスは笑い、私に隠れているように指示を出す。
一匹の小悪魔が、槍をトマスに向かって放つ。
以前私に向かって投げられたものと同じような鋭利な鉄の塊。
私のときとは違い、逃げる人間ではなく静止した人間に対して、小悪魔は狙いをそらすことなく真っ直ぐにトマスへと投擲をする。
私のときは逃げることしか出来なかったその槍。
「遅い」
しかしトマスはその槍をその剣で叩き落す。
鈍い金属音が響き渡り、槍は下水道の中へと汚い水しぶきと共に消えてしまった。
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「ああああああああああああああああああああああぁ」
それに続くようにして今度は悪魔憑きが奇怪な声を上げてトマスへと走る。
完全に正気を失った悪魔憑きの手にはナイフが握られ、トマスへと振り下ろすが、トマスはそれを軽くいなし、胴体を両断する。
「そんな姿になってしまっては、もはや人間には戻れないでしょう。せめて安らかに」
その血しぶきをかわしながら、トマスはそう呟いて悪魔憑きの密集している場所へと踏み込む。
遠めで見ていた私でさえその姿を捉えることが出来なかったのだ、当然そこにいたインプや悪魔憑きに捕らえることなどできるはずもなく、微動だにする前に、トマスは敵の体を綺麗に捌いていく。
ものの数十秒。 トマスの刃は気がつけば全ての敵を切り伏せていた。
「ふぅ。 怪我はないですかリリィさん?」
一つ息を吐き出し、トマスは剣を鞘に納めながらそう聞いてくる。
あれだけの敵をなぎ倒して、息一つ切れていない。
「う、うん。大丈夫……騎士見習いの割にはその、すごいんだね」
「はは、まぁ見習いといえど、あの程度なら苦戦はしませんよ」
にこやかに笑いながらトマスはそう私の手を取る。
「後続が来ないとも限りません。 早いところここを出ましょう」
私は無言でうなずいて、トマスに手を引かれながら下水処理施設を後にした。
◇
外は、悪魔憑きに襲われたのがまるで白昼夢であったかのように感じてしまうほどのすがすがしい快晴であった。
待ちゆく人々はつい目と鼻の先で、悪魔憑きと小悪魔が大暴れをしていたことなど露とも知らずに、口元をほころばせながら悪魔と最も遠い時間を楽ルードでいる。
「本当、なんなのこれ」
この街に来てから、人さらいに追われ小悪魔に呪われ、そして今の待ち伏せである。
行く先々で何かトラブルに巻き込まれる自分の運のなさに、私は八つ当たり気味にそうつぶやいて道端の石ころを蹴とばすと。
「……昼間から活動をする小悪魔に、悪魔憑きなど聞いたことがありませんね」
下水道を出るまで考え事をするような素振りをしていたトマスがそう口をやっと開く。
「そうなの? 暗ければ活動ができるんじゃないの?」
私はその疑問に対してそうつぶやくと、トマスはひとつ首を横に振り。
「活動ができると、活動をするのでは大きく違いますリリィさん……確かに悪魔憑きも人狼も小悪魔も日の光が差さなければ活動をすることくらいはできます……ですが、それは自らに危機が迫った時くらいです……特に小悪魔は娯楽で人を殺そうとする魔獣です……自分の睡眠時間を削ってまで熱心に人を襲おうとはしないんですよ」
その言葉に私は目を丸くする。
なぜなら。
「つまり、トマスは誰かが魔物を操っているっていうの?」
自然ではありえないことがおきているときには、そこには必ず人間の影があるということだからだ。
「…………誰かの可能性であることは十分に考えられます」
「人の……?」
トマスの言葉に、私は全身に鳥肌が立つ。
もし、もしトマスの言っていることが本当であるならば……そして、この不可思議な出来事と、私たちの村にあらわれた悪魔が全部……一人の人間の手によって行われているのだとしたら。
私はその想像により、血の気が引いていくのを感じる。
「リリィさん……大丈夫ですか?」
「……え、あ……うん、ごめんなさい」
「具合でも悪いのですか?」
「ううん……大丈夫……うん……大丈夫だから」
「顔色が悪いです……無理もありません歩きどおしでしたし……何よりも何度も人狼や悪魔憑きに襲われたのですから……少し休憩をしましょう」
「……ごめんなさい……トマス」
私を気遣うトマスに対して、私は申し訳ないと思いながらも、その申し出に首を縦に振る。
誰かが、悪意を持って私たちの村を崩壊させたのかもしれない……。
そんな、生まれて初めて向き合う吐き気をも催しそうな人の明確な悪意に……私は自分でもよくわからない感情を抱きながら、トマスと一緒に大広場へと歩いていく……。




