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十二話 トマスと二人

 天使の羽休めの扉は開いていた。


中に人がいるのかと思いきや、ロビーはもぬけの殻であり、操られた私が扉を開けたままだったということは容易に理解が出来、私は内心で謝罪の言葉を繰り返しながら、鍵を閉めて自分の部屋へと戻る。


「……」


部屋に入ると以前のまま、操られて異常な行動をしたのではないかと不安になったが、

どうやらそれは杞憂だったようだ。


「つかれた」


 体の匂いをかぐと、獣の匂いと、下水道のどぶのような匂いがする。


トマスが何時に来るのか分からないが……こんな匂いをしている所を見られるのは嫌だ……。


 まだ眠気が残っていて、座って寝たためにベッドが私に甘い誘惑を仕掛けてくるが、仕方がない……我慢して先にお風呂に入ることにしよう。


                      ■

 「おはようございます! リリィさん」

 

昨日と同じくノックの音で眼が覚めた私は、すこし早足で扉を開く。 

思ったよりもトマスはゆっくり来てくれた為に、眼が覚めても眠気は残っておらず、私は早足で扉を開けると、そこには昨日と同じ太陽のような笑顔の少年がいた。


「お、おはようございます。 トマスさん」


「トマスでいいですよ……お迎えにあがったんですが、起こしちゃいましたか?」


 私は取れるんじゃないかと思うほど首を左右に振るう。


「そうですか、それは良かったです。 そうそうリリィさん、朝ごはんはもう済ませてありますか?」


「へ? ま、まだだけど」


「それは良かった、実は団長から一緒に食事でもしてから来いーなんていわれちゃって、もし良かったら朝ごはんは一緒に食べませんか?」


「はい!!」


 団長……ありがとおおおおぉ!

                  ■

 天使の羽休めに食堂は存在しているが、私とトマスは街に出てどこかで朝ごはんを食べることにした。


 込み合っている……という点と、騎士団の人間がいると周りのお客さんに何かあったのではないかという不安をあおることになるからと気を使ってのことだ。


 昨日の夜とはまったく違う昼の聖王都。 活気があり、家の壁の傷や血にまみれた石畳はすっかりと姿を隠している。


 朝のため、まだ人ごみは出来てはいないが、私はトマスに連れられて食事処へとやって

くる。



 ~飛竜の卵亭~とかかれた看板をくぐり、中に入ると甘い香りが漂ってくる。


「ここは、朝限定のメニューがありましてね、あ、甘いものって大丈夫ですか?」


「大好きです」


「それは良かった」


 村では甘いものといえばテロス芋くらいしか食べたことがないため、甘い朝ごはんなんて言葉を聴いてしまったらもはやよだれが止まりそうにない。


「焼いたパンにバターとリンゴのはちみつ漬けをたくさん乗せた料理がとても美味しくてですね、今日はそれをご馳走しようかと」


 卒倒しかける。


 蜂蜜など、行商人の人が一年に一度持ってきてくれるかくれないかという高級品だ、それにを朝ごはんとして食べられるなんて……しかも、トマスさんがご馳走してくれるなんて。 顔が赤くなるわよだれが止まらないわで新種の病気にかかったのではないかと思うほど頭が混乱する。


「お、トマスちゃんじゃない、今日は可愛いガールフレンドも一緒なのね?」


「えっ!? がかっ!? ガールひゅれ!?」


「ええ、少し緊張しちゃっています……あぁ、いつものお願いします」


「ふふ、相変わらず甘党なのね、お肉とか食べないと、力でないわよ」


「大丈夫ですよ、お昼にはたくさん食べてますから」


「本当かしら?」


 トマスと女将さんは仲が良いらしく、そんな軽口を叩きあいながら、カウンターの席に座る。 


「お嬢さんもトマスちゃんと同じでいいのかしら?」


「あ……うん、それでお願い」


「随分と可愛らしい子じゃないか、どこで見つけたんだい? 隅に置けないねぇ」


「おかみさん、からかうのもそれぐらいにしてくださいよ。 団長のお客さんですよ。私はそのお迎えです」

 そういうと、女将さんはがっかりしたような表情をしてなぁんだと大げさに声に出し、

ついでに私も少しがっかりする。


「てっきりトマスちゃんも立派なナイトになったのかと思ったよ」


「入団して一ヶ月ですよ? そんな簡単に騎士になんてなれるわけないじゃないですか」


「そうかしら?」


「そうです」


「へ? トマスさんって、まだ入団して一ヶ月しか経ってないの?」


 それは初耳だ。


「あれ? 言ってませんでしたっけ? 私は先月入団して、騎士見習い兼伝令係としてガラク団長のお世話になっているんです……それまでは、ガラク様のもとで騎士養成学校に通わせていただいていました」


「でも、人攫いをばーんって」


「あれくらい、騎士なら誰でも出来ますよ……僕なんて、あの時刃物向けられたら、震えちゃいましたし……まだまだです」


「そうやってすぐ落ち込む癖が直れば、騎士になるのもあっという間なんだろうけどねぇ」


「あぁまた……すみません」


「そういえば、トマスさんって、どうして騎士になろうと思ったの?」


 私の質問に、トマスさんは少し困ったような表情をする。 


何か悪いことを聞いてしまったのだろうか。


「恥ずかしいんですけど、弱い自分を叩きなおしたくて……すみません、不順な動機で」


「そ、そんなことないよ! だれだって強くなりたいもの! ね、女将さん!」


「はっはっは、そうだねぇ、お嬢さんのいうとおりさ、自身持ちな!」


 女将さんは苦笑を漏らしながら、リンゴのはちみつ漬けが入ったビンを取り出し、焼きたてのパンの上に乗せていく。

 

あぁ、どうしよう。 すごいおいしそうだ。


「ハイお待ちどう」


大きい。そして蜂蜜の匂いとリンゴの甘い香りが鼻をくすぐってよだれが止まらない。

 私はその場でパンを受け取り、口にほおばる。


「お……おいしい」


 リンゴの酸味が、蜂蜜の甘さを上手く抑え、バターの塩気と絡み合って口の中でとろけていく。


 さながらリンゴの果樹園と養蜂場の出会い……真っ赤なリンゴとミツバチが手を取り合ってダンスを踊るような幻想的なハーモニー……見える、私には見える……。


「大丈夫ですか? リリィさん」


「はっ!? ご、ごめんなさい! 美味しくて」


「ははは、そんなに喜んでくれるとおばさん嬉しいよ。お腹いっぱい食べな」


「うん!」


私ははしたないと分かっていながら口いっぱいにパンをほおばる。こんなに美味しいものを出されたら、だめだと分かっていても焦ってしまうのはしょうがない。


 そう、しょうがないのだと自分に言い聞かせながら。

                ■

「いやぁ、おいしかったですね」


「う、うん!」


 満腹になったお腹をさすりながら、改めて私とトマスは騎士団の本部を目指す。


相も変わらず不恰好なつくりの本部の門をくぐると、今日は昨日よりも人がばたばたと出入りしている姿が見て取れた。


「あれ? 今日は随分と人が多い……ですね?」


「そうですね……何かあったのかな?」


 脳裏に不安がよぎる……もしかして昨日ばらばらにした空ダルが原因なんじゃないだろうか。


そんな不安を募らせながら、私は忙しそうな騎士団員達を尻目に団長室前に到着する。


「失礼します」


 トマスはドアをノックすると、そのまま返事を待たずに入室する。


と、そこには書類とにらめっこをしながら難しい表情を浮かべているガラクがいた。


「おう、お前らか。 良く来たな……といいたいところだが」


「何かあったんですか?」


「まぁ……少し問題が起きてな」


 表情からするとかなり自体は深刻なようで、緊急連絡用のタリスマンがあちこちでなり続けている。


「朝からこの通りでな、悪いが神殺しの探索に俺がついていくことは出来なさそうだ……悪いな」


「大丈夫、仕事大変そうだしそっち優先してよ」


「そういってくれると助かる。 その代わりといっちゃ何だが、トマスを貸してやる」


「本当!?」


「だ、団長!私では、またあの人攫いが現れたら……」


「抜剣を許可する」


「へ?」


「言葉の通りだ、自分の判断で抜剣を許可する。それなら守りきれるだろ?」


「……し、しかし、民に騎士が剣を向けるなど」


「俺がいいって言ってんだ、いいか、男だったら女を守れ!!騎士道はそれを守れて始めて口に出来るんだ」


「だ、団長……わかりました」


 半ば強引な説得の仕方であったが、トマスは何か納得をしたような表情で命令を了承する。 


「うし、ってことでリリィ、今日はトマスと神殺しを探してくれ。


こっちも仕事しながらハンター達に話を聞いてみるから。すまないな」


「う、うん!ありがとうガラク」


「団長!!最終地点特定しました、ご同行願います」


「やっとか……今行く! じゃあ、後は頼んだトマス!」


 私がお礼を言うと同時に扉が勢い良く開き、ガラクは騎士と共に部屋から立ち去ってしまった。



 残された私とトマス。私は、今この町で何が起きているのか知りたいという衝動に駆られるが。


「いきましょう。私達には私達のやることがある」


 私の肩に手を乗せてささやかれたトマスの言葉に私は小さくうなずき、ガラクのいなくなった騎士団本部を後にした。



 ◇

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