十話 謎のハンターと夜会話
男が私を小脇に抱えること数分。 走る速度を落として、ゆっくりとおろされる。
どうやらもうここは安全のようだ。
結構ゆれたため、ふらつく足を整わせて前方を見ると、そこには鉄格子と立ち入り禁止の文字があった。
「ここは」
「下水道への入り口だ、俺の知る限り、聖王都で一番安全な場所はここしかない」
「げっ……最悪な匂い……」
一瞬私は身をこわばらせる。 当然だ、先ほどまでふわふわのベッドで寝て幸せを感じていたと思ったら、今度は村でも経験したことのない下水道へと身を投じることになるとは……。
皮肉なものだ。
しかし、私を二度も助けてくれ、人狼を素手でノックアウトするような人物の発言が、嘘である確立は本当に低く感じられ、汚く臭い匂いがするが、私はそのまま案内されるがままに下水道の奥へと進んでいく。
ぴちゃりぴちゃりと水が滴る音が響き、空洞に響き渡る不気味な重低音が不安をかき立てる。
一見すると街よりも危険な場所に感じるが、ハンターさんは暗い道をなれた足取りで歩いていく。
しばらく進んだ所で明かりが見える。それは街頭のものではなく、もっと原始的なもの。
ぱちぱちという音が聞こえ始めた所で、それが焚き火の音だということに気がついた。
「ようこそ、お姫様。 ここは孤独なハンターの隠れ家さ」
「ここが、あんたの住んでるところなの?」
「そうだ。 昼も夜も誰も近づかない……人間は汚さを、人狼は匂いを嫌ってな」
なるほど、人狼は腐臭や毒の匂いに関して異常なまでの警戒心を抱く。
インプや悪魔憑きも、こんな所に人間がいないことは分かっているから近づくこともない……意外だが、こういう場所のほうが安全というのも納得だ。
「座れ、疲れているだろう」
「あ、ありがとう」
差し出されたボロボロの木の椅子に私は腰をかけて、下水道内の寒さをしのぐために焚き火の前に手をかざす。
「で、なんであそこにいた」
「さっきも言ったけど、気がついたら街のど真ん中に立ってたの」
「随分と寝相の悪いお姫様だな」
「それならまだ笑い話で済むんだけどね、でも、思い出したけど目が覚める前になんか私を呼ぶ声が聞こえた気がする」
そういうと、ハンターの目が変わる。
「どうやら笑い話じゃなさそうだな、誘導の魔法だ……子悪魔や悪魔憑きが使う。 お前、昼に騒ぎを起こしただろう。それで眼をつけられたんだ」
「……はぁ、最悪。 不幸の連鎖って奴だね、人攫いの次はインプと人狼で、今は下水道。 本当最悪」
「そのおかげで今夜は生き残れる。 ほら、飲め。 あったまる」
「……ありがとう」
差し出されたスープを受け取り、口をつける。
中身はオニオンスープだったようで、体が少し火照る間隔が飲んですぐに訪れる。
「アンタは……その、人狼専門のハンター?」
「いいや、俺は狩りはしない」
「え? あんなに強いのに?」
拳一つで人狼をノックアウトする人間なんて今まで聞いたことがない。
「俺の仕事は、お前みたいな夜の迷子に朝日を拝ませることだ」
「そうなんだ……じゃあそのおっきな剣は飾り?」
「見てのとおりのさび付いたなまくらだが、盾にはなる。 なんせ盾を買う金がないからな」
「ふーん」
余裕が出てきたのか、あたりを見回すと色々なものが見えるようになっていた。
下水道管理の為に作られたのであろうこの部屋は、すでにこのハンターのいいように使われてしまっているようで、寝床や干し肉、野菜などがつるされていたり、私物が散乱している。
「……この街の人間じゃないな。 言葉のなまりもそうだが何より……」
「みすぼらしいって言うんだったらあんたには言われたくないんだけど」
「いいや、品がない」
「そういうアンタは大人気ない」
「やれやれ、で、どこから来た?」
「……東のカールスタード村」
「あの予言の村か……のどかでいい村だ、さしずめお前はそこの悪ガキって言った所か」
「まぁね、良くダリアさんの家の鶏の卵を盗んでた」
「食いしん坊だな」
「違うよ、ひよこが生まれる瞬間が見たくて、暖めてたの」
「で、結果は?」
「全部無精卵、気付くのに半年も掛かった」
「ふふっ。 そんな田舎からこんな危険な街に何しにきた」
「使命でね、村長からこの街で人探しをしろって」
「始めてのお使いにしては随分とハードだな」
「私もそう思う。 けど、私しかいなかったから」
「……なに?」
「知らないの? カールスタード村は先週悪魔に襲撃されて滅んだの……私はその生き残り」
「なっ!!?」
今まで飄々としていたハンターは驚いたように立ち上がり、私の肩をつかむ。
「みんな死んだのか!?」
「うん……私以外」
「そんな……馬鹿な」
ぎりっと音がし、ハンターの腕が肩に食い込む。 すごい力だ。
「ちょっ、痛いよ叔父さん」
「あっ……あぁ……すまん」
肩を落としたハンターは、椅子に腰掛けてそのままうつむき顔を手で覆う。
「どうしたの?」
「あそこの村長とは友達だった」
「……そうだったんだ」
「あぁ、もう何年もあってなかったけどな……良い奴だった」
「知ってる」
村長の思い出が一瞬頭の中をよぎり、私もうつむいて椅子にもう一度腰掛けなおす。
オニオンスープを口に運んだが、不思議と味がしなかった。
「……で、あいつは最後になにをお前に託したんだ?」
しばらくの沈黙の後、ハンターは決心したようにそう口を開く。
「……ガラクに会えって……そして、エルディヴァイス様を探せって」
「……神殺しをか。そうするとどうなるって?」
「分からない……ただ、会えば分かるって」
「そうか」
「叔父さん、エルディヴァイス様の居場所を知らない? 噂ではハンターをやってるって聞いたんだ
けど」
一瞬、ハンターは口を開き何かをつむごうとするが、一度口を閉じて再度開く。
「……知らないな。 そもそも生きているのかすら分からん」
「そう……だよね」
まぁ、初めから期待はしていなかったが、そんなに簡単に見つかるわけもない。
「ガラクは」
「え?」
「ガラクは元気そうだったか?」
「え、うん。 今日も人狼の群れを討伐してきたって」
「……そうか、強くなったんだな」
昔を懐かしむような台詞をハンターは漏らす。
「もしかして、叔父さんは元聖騎士?」
「あぁ、そんなようなもんだ。もっとも、ガラクは俺のこと覚えてもいないだろうな。
なにせ下っ端だったから……」
「へぇ……悪魔って殺したことあるの?」
「あぁ……」
「……信じられない。村の人たちが、戦いながら槍とか剣とかを突き立てても、死ななかったのに」
「人間の力では殺せない。 そういう生き物なんだあいつらは、ガラクもきっと歯がゆい思いだろう」
「そうなの?」
「あぁ……俺のような下っ端でも、天使の力があれば悪魔を祓うことが出来ていた」
「……だけど今じゃ」
「あぁ、加護の中で震えて眠ることしか出来ん」
「……今はもう倒せないの?」
「無理だな。 天使の力を授けてくれる神……イザヤ姫は死んだ」
「エルディヴァイス様は、魔王を退け、神を殺した……どっちの味方なんだろう」
「さぁな。 ただ、人間の味方ではない。それだけは確かさ」
「そんな人にあって、何が分かるんだろう」
「……それは…………」
長い沈黙……私は、その次の言葉を待って身構えていたつもりであったが……気が付けば目の前が真っ暗になってしまっていた。
◇
何かをハンターは言おうと口を開きかけ、その言葉を閉じる。隣を見やると疲れていたのだろう、寝息を立てる少女の姿があり、男はそっとコートをかける。
「俺にもわからないよ……」
誰に言うでもなく、男はそう呟いた。
音を立てて燃える焚き火はまだ消える様子はなく、耳を澄ませば獣の遠吠えがこんな所まで響いてくる。
男はいつもと同じように、神に祈りをささげることはなく、少女の後を追うようにまぶたを閉じた。




