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序 神とパパ

  「パパ!……ねえパパ起きて!」


 小さく、ひんやりとした手が頬を叩く感触に……俺の意識はゆっくりとこちらの世界に引き寄せられる。


 忘れるわけもなく、はっきりと覚えているその小さな手の感触。


 それは……俺の娘、イザヤのものだ。


「んぁっ……あぁ……」


「風邪ひくよ! パパ!」


 可愛らしい甲高い声が耳元で響き、俺は浅い眠りから目覚めて起き上がる。


「あぁ……イザヤ……どうした」


 空を見上げると、雲一つない青空とそんな晴れ晴れしい聖王都の空を歌を歌いながら飛び交う天使たち。

平和の訪れを祝福する歌は、街を包みこむように、満たすように響き渡る。


 そんな歌を、寝起きでぼうっとした頭で聞いていると。


「もう、パパったらこんなところでお昼寝して!」


 耳元で響く少女の声により、俺の意識は現実に引き戻される。


「……すまん……眠るつもりはなかったはずなんだ……たぶん」


 むくれた表情でまったくとため息を漏らす娘イザヤに、俺は口元を緩めながら謝罪の言葉を述べる。


「また遅くまでお酒を飲んでたの? それとも太陽賛歌?」


「あーいや、いや違うぞイザヤ……昨日はだな、えーとそうだ……悪魔の巣が見つかって、騎士団総出で……」


「はい、嘘! 悪魔はこの前パパが全部やっつけたんでしょ? 忘れちゃったの?」


「あー……そうだったな、忘れてた」


「随分とお酒が残ってるみたいね、ねぇ? 聖騎士団長様・・・・・・、自分が世界を救ったことも忘れちゃうぐらいなんだもの」


「そのようだ……あぁイザヤ、今改心したからそろそろ許してくれ」


「調子がいいんだからもう……となりいい?」


「もちろん」


 横に少しずれると、イザヤは隣に座ってもたれかかってくる。


 軽く……小さな可愛らしい頭が、こつんと腕に当たる。


 小さなころから変わらない……イザヤと俺が話をするときは……いつもこうやって話をしていた。


「それで、王女様が仕事を抜け出してここに何の用だ?」


「娘がパパに甘えに来るのに理由が必要?」


「また何かおねだりか?」


「パパにするより、最近は大臣に頼んだ方がいいって気づいたからもうしないわ」


「……それはもっともだ、だが大臣じゃ龍の鱗は取ってこれない……」


「年頃の娘は龍の鱗は欲しがらない」


「そうなのか……それは残念だ」


「パパったら、乙女心が分からないんだから」


「やれやれ……こりゃ参ったな」


 空は快晴、誰もいない庭園で、俺たちは他愛のない会話を続ける。


 悪魔は全て消えた……今あるのは目の前の神と、空をかける天使たちの歌声……。


 世界は平和になった……そして、幸せがいまここにある。


 それを実感しつつ、俺は娘のことを少しだけ強く抱きよせると、イザヤも同じように、すこしだけ力を込めてきた。


と。


「?」


 雨だろうか。


 気が付くと……俺の頬に冷たい滴が流れるのを感じ。


「パパ? 泣いてるの?」


「え?」


 イザヤに問われ、俺は目元に触れてみると、その目から涙が流れていることに気が付いた。


「……悲しいことがあった?」


「いや……何もないさ、こんなにも幸せなんだ。 悲しくなるわけがない」


「そう……それじゃあ、幸せで泣いてるの?」


「あぁ、そうかもしれないな」


「そう……良かった」


 無理もない……長く険しい戦いだった……それが終わって、平和になって……自分でも気が付かないうちに、センチメンタルになってしまっていたのかもしれない……。


 だが、それも平和ゆえだ……。 


 そう、自分の中で考えながら……俺は涙を拭い、再度イザヤの頭を撫でる……。


 瞬間……白い髪の隙間から、ぴちゃりと液体の様なものが手に触れ……。


 イザヤの体が血にぬれ、その白い服と髪が赤色に染まる。


「あっ……え?」


 全身から血を噴き出したイザヤ……。


 そんなイザヤは、そっと俺の手を掴み、目から血を流しながら俺に微笑む。


「……私を殺せて、幸せだったんだね……パパ」

―――――――――――—――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 「今こそ我々は、神殺しを捕らえ、その罪を償わせ、天使の許しを請わねばなりません!!

我らイザヤ教団は!……」


 どこか遠くで聞こえる、不快な演説の声に、男は意識を取り戻す。


「……眠っていたのか」


 幾度となく見た夢の内容に、男はもはや眉一つ動かすこともなく……それよりも、自分がいつの間にか眠ってしまっていたことに驚いたような声を漏らし……ゆっくりと立ち上がる。


「騒がしいな……」


 霧が晴れたとある昼下がり。 


 騒がしい声をたどっていくと、イザヤ聖王都中央広場には大きな人だかりが出来ていた。


 普段ならばこの時間はレンガが敷き詰められた広大な広場中央にある噴水を取り囲むようにして木片とベニヤ板そして色のまとまりがない麻布で組み立てられたつたない露店商が、大声を張り上げて道行く人々に野菜やら果物やらを銅貨や銀貨と交換することにせいを出しているのだが。 


 本日に限ってはそういった商人の姿は見えず、噴水の前に、樫の木で作られた人間一人が乗るがやっとの面積の箱の上に立って演説を続けている男がいた。


 人込みで顔は見えなかったが……それでもその男の割れんばかりの大声は、たった一人ではあるが、確実に聖王都を侵食している。


「悪魔は!日に日にこの町を侵蝕しているのです! 増える人狼 小悪魔 吸血鬼!そしてそれを狩るハンターどもも、信用ならないならず者達、今聖王都は危機に瀕している!」


 五年前ならば誰も見向きもしないような、ちっぽけな教団の演説。


 しかし、今現在、人々はそれがどんなに胡散臭いものであっても、神に仕えるものの言葉をないがしろにしたりはしない。 皆が皆すがるように、そこらへんで拾った本を片手にボロボロのローブを身にまとい、自分で描いた教会の紋章を掲げた老人の言葉に酔いしれ拳を振り上げる。


「神殺しを捧げ! 天使に助命を請うのです!」


【捧げよ! 捧げよ!】


 熱狂する民衆。 天使の渇望……奇跡の懇願。


 しかし、どんなにすがろうとも神は既に死んでいる。


 その現実に眼をそらし、民衆は奇跡を願う。


 もはやこの世界に、神は存在しないというのに。



 神が死に、天使が姿を見せなくなって五年が過ぎた。



 町には天に召されず浮遊する死霊が跋扈し、町には毎晩のように人狼が徘徊し、吸血鬼が天を覆い尽くし、教会には子悪魔が火を放つ。かといって町の外が安全というわけではない一歩でも天使の加護が残るこの聖王都から離れれば、悪魔が喜んでその者の手を引くだろう。 聖騎士は死に絶え、いまや悪魔を討ち取れるものは誰一人としていなくなった。 


 そんな民衆を尻目に、男はもはや用はないというように背を向けて中央広場を離れ、捨てられた木片と動物の死体が散乱する路地裏へとゆっくりと歩いていく。


 その足取りはなにか用事を思い出したわけでも、民衆の愚かさに呆れた様子でもなく、まるで何かから眼を背けて逃げ出すような、そんな重くゆっくりとした足取りであった。



 人は、夜は震えて朝を待つのみの種族に堕ちた。

だが、そんなことになっても、天使は我々を助けはしないだろう。

なぜなら、神を殺したのは、悪魔でも怪物でもなく、人間なのだから。

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