2話「魔王は勇者に優しい」
夕食の準備が出来たと伝えられ、3人は食堂へと向かった。食堂には既に他の泊まり客が数組おり、賑わっている。適当な席に着き、料理が運ばれてくるのを待っていると、こちらに気付いたルチアがトコトコと走ってヴァレンティーノの元へ向かった。
「いっしょたべゆ?」
「そうだな。一緒に食べようか」
舌足らずな言葉ながらも意味を理解しヴァレンティーノはルチアの頭を撫でて膝に座らせてやる。ルチアはヴァレンティーノの膝に座りニコニコと嬉しそうにしている。
「……ヴァレンティーノ様、なんか子供の扱いに慣れてない?」
「確かに…まさか、拐かした勇者を育てて慣れたとか……」
先程の勇者誘拐話が現実味を帯びてくる。ヒソヒソとリカルドとウーゴが話していると、聞こえていたらしいヴァレンティーノが否定して来た。
「いや、あの時の勇者はすぐに親元に返したから育てておらぬ。子供はお前達ぐらいだな。赤子があれ程脆いとは思わなかった……」
「あぁ、俺達の相手をしてたからか……って、脆い……?」
何か聞き捨てならない事を言った。脆いとは一体何があったのか。聞きたいような聞くのが怖いような、そんな心情で口元が引き攣った。
見た目20歳前後のヴァレンティーノだが、兄のリカルドが把握しているだけでも十数年は同じ姿をしている。人なら当たり前のように変化していく身体の変化が一切無いのだ。産まれる前だったので俺達は知らないが、両親の話によると新たに目覚めた時点で今と同じ姿だったと。生まれてから成長しない身体。まるで、ヴァレンティーノだけが世界から取り残されているように感じる。
「あれはリカルドが産まれて間もない頃だったか」
「俺!?」
「す、すみません!うちの娘がお邪魔してしまって」
リカルドが悲鳴のような声をあげると同時に、料理を持った男性が声をかけて来た。ルチアの父親だろう。穏やかなそうな顔で、腰にはエプロンを付けている。「僕、次男で良かった」と聞こえた気がするが、気のせいだろう。
「いや、構わぬ。このまま、この子の好きにさせてやってくれ」
「そうですか……ありがとうございます。ルチア、いい子にするんだよ」
「ルチアいいこ!」
ルチアの父親の登場により、リカルドの悲劇(仮定)の昔話は中断された。聞くのはやはり怖いので良しとしよう。
ルチアは父親にも頭を撫でられご満悦のようだ。嬉しそうなルチアを見て顔を綻ばせた父親は次々と料理を並べていった。野菜のたっぷり入ったシチューにふわふわ卵のオムレツ、メインはカリカリに焼かれたチキンのローストと、街中の食堂顔負けの豪勢な料理である。食べてみると味の方も格別だった。食材はこの村で採れるものを使っているのだろう。
育ち盛りのリカルドとウーゴが黙々と食べていると「あーん」という可愛らしい声が聞こえた。見ればルチアがヴァレンティーノに食べさせていた。もう一度言う。ルチアがヴァレンティーノに食べさせていたのだ。言葉を失う兄弟を尻目に、今度はヴァレンティーノがルチアに食べさせた。なんだこの熱々の恋人同士のような光景は。ルチアの年齢が年齢だけに、親子なら微笑ましい光景も赤の他人である大人がやると軽く犯罪である。
「ヴァレンティーノ様、それはさすがに止めましょう。周りがドン引きします」
「そうか?」
他の泊まり客の手が止まり、注目を集めていた。幸いにもルチアの両親には見られていない。見られたら、色々と大変な事になる。周りが2人を親子だと感違いしている事を願おう。
「ふむ。ルチア、我はもう良いから沢山食べなさい」
「はぁい!」
周りを気にしてくれて良かった。さすがにあの状況で食べ続ける程図太い神経は持っていない兄弟であった。 1人で食べ始めたルチアを見つめるヴァレンティーノの目はルチアの父親と変わらない慈愛に満ちたものであった。
その夜、3人は手が空いたのを見計らってルチアの両親を部屋に呼んだ。困惑気味に入って来た2人に椅子を勧め、まずはルチアが勇者として生まれて来た事を伝えた。こういう時は兄のリカルドの出番である。
「勇者……ですか?でも、普通の子供ですよ……?」
「勇者と言われても……」
普通の人に勇者だと言ったところで何も分からない。だが、既に「金の瞳を持つ子供がいる」という噂は3人が住むサルバトーレ領にも届いている。分かる者に知られれば、厄介な事になるのは間違いない。
「ルチアが金の瞳を持っているのが証拠だ。それに、今まで"偶然"怪我や病気にかかった事が無いとか、"偶然"ルチアが生まれてから豊作が続いて生活が豊かになったとかないか?それは創世の神の加護を持つ勇者なら"良くある事"だ」
これはあまり知られていない事だが、魔王も創世の神の加護を持っている。その身を守る為の地味に思える効果かもしれないが、特に後者は喉から手が出る程欲する人がいるだろう。ルチアを守る為にも黙っている訳にはいかない。
「確かに思い当たる節はありますが……。勇者……」
「……それで、ルチアを引き渡せと仰りたいのですか?」
まだ受け入れられない父親と違い、母親は状況をある程度理解したようだ。その瞳は不安気に揺れるのではなく、確固たる意思を持って挑むように鋭い。何があっても手放す気は無いと目が語っている。さて、どうしたものか。
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魔王視点人間の中の重要度
勇者>>ジル子孫>>|超えられない壁|>>その他の人間
魔王「勇者の望む通りにして何が悪い」
赤子リカルドに何があったかはまた次の機会で。